11.いつか必ず、この優しい友の夢が叶いますように
全てを聞き終えた後。
憎悪と憤怒に歪んだ、ドミナスにそっくりな顔を母に見られたくなくて、オレは秘密の場所に逃げるように足を運んだ。
『それでボクのところに来たの?』
「うん。ルイなら忌憚のない意見をくれるだろ? 他に相談したいこともあったし」
ここは、森の中に建てられた小洒落た小屋は、朽ち木や石に彫刻するのが趣味の水妖精、ルイのアトリエだ。
涙もろいから『涙』と呼ばれる水妖精は、どこか達観していて何でも知っている。ストーカーにサイコパスやロリコン、サイコホラーなどの、子どもには難解な言葉だって面倒くさがらずに丁寧に教えてくれた。
何でもはっきり言う性格が好ましく、よく相談に乗ってもらっている。
丸太の椅子に二人並んで座り、母から聞いた地獄について一通り話した。
「……ってことなんだけど、これで全部じゃないよね。母様はまだ話していないことが、隠していることがあるような気がするんだ」
『うん。そうだね。隠しているというより、子どもの君に配慮してある。R-18G相当……不適切な表現、性描写、猟奇的で暴力的、過激な内容を意図的に薄めてぼかしてあるからそう感じるんじゃない? 水神様に尋ねてみなよ。あの方は水を通して情報を収集している。もう少し君が成長したら、R-15くらいには踏みこんだ内容を教えてくれるよ』
相変わらずルイの言い回しは高尚過ぎて難しい。でもやはりというか、母が語った以上に凄惨な目にあっていたのはわかった……。何故あんなに優しい人が地獄を見なければならなかったんだ?
ドミナスへの怒りが湧くと同時に、母への申し訳なさを覚える。
前世の記憶を取り戻したオレは、母が命懸けで守り、愛してくれたフェリシタスだと胸を張って言えるのかな……。
「……ねえ、ルイ。実はオレがあの鬼……ドミナスに殺された誰かの生まれ変わりだって言ったらどうする?」
母や他の水妖精には言えないこともルイには話せる。だって家族であり、一番の親友だから。
『そうだね。フェーリーは今幸せかな? それによって話が変わるんだけど』
「そんなの……幸せに決まってる。友達がいて、家族がいて、大好きな母様がいるんだ。だからこそ、あの鬼が憎くてたまらない……」
前世のオレの死が霞むぐらい、あの鬼が母にした仕打ちが赦せなくて。
母は自分のための復讐なんて望んでないだろうけど、今すぐにでも殺してやりたかった!!
『だったら、生まれ変わりが、幸せな来世があるとわかっただけでも嬉しいな。君はボクら水妖精にとって希望だよ。──ボクはね、本来生まれてくるはずだったのに生まれることが叶わず、時空の狭間を漂っていた魂だった。ボクだけじゃないよ? スィやテキ、シズク達は産まれてすぐに水神様に捧げられたけど、神域に辿り着けずに水の泡になった命だ。……水妖精は、今にも消えそうな子どもの魂を哀れんだ、水神様の救済の形なんだよ』
思わぬ事実に愕然とする。
水妖精は水神様の眷族と聞いていたが……水子や、人柱で赤ん坊の内に死んだ魂だったなんて。
『ボクらは神域で心と魂を休めて、満足したら輪廻の輪に還ることになってる。人の世を覗いて、テキみたいに好きなことを見つけて実践して、擬似的でも人の真似事をして、もっと生きたかった、産まれたかったという未練が無くなったら水の体は消えるんだ。本当に次の命があるのか不安に思っている子もいるから、生まれ変わりの実例を、フェーリーのことを知ったら喜ぶ子は多いと思うなぁ』
オレは寂しげなルイの小さな体を抱き締めた。
ぼろぼろと涙がこぼれる。ルイも、つられて泣いていた。
『ボクはね、今のフェーリーよりはちょっとだけお兄さんだから。君の母様のことも、君のことも大好きで、ずっと見守りたいと思ってる。……ボクらのために泣いてくれるフェーリーに、幸せになってほしいんだよ』
「オレも、ルイが、皆が、大好きだよぉ……」
……怒りも復讐も今だけは心の奥底に押しこんで、オレもルイもわんわん泣いた。泣きじゃくった。
『……生まれ変わりのことだけど、やっぱり君の母様には、スイレンには話さない方が良いかもしれない』
ひとしきり泣いた後でルイは申し訳なさそうに言う。
『フェーリーはゴミカス、じゃなくてドミナスに殺されたって言ったよね? スイレンが攫われる前、ドミナスが直接手に掛けたのは、水神様が騎士にと見込んでいた少年だけだって。……水神様は眠りにつく前に、少年が自然の迷宮になっている地下洞窟を踏破して、地底湖に辿り着くよう手筈を整えていた。もしも少年が生きていたら。あの日、あの時、スイレンが出逢うのは、ドミナスなんかじゃなくて前世の君だったのかもしれない』
“──同じように高い水の素養から、水竜騎士に任命しようと見込みを付けていた少年がいました。彼はスイレンと顔を合わせることなく、フルドミナトゥスに殺されてしまいましたが──”
水神様が以前言っていたことを思い出し、ハッとする。
前世のオレが殺された動機は謎に包まれていた。
しかし、母の騎士になるオレが邪魔だったからだとしたら? そう考えると辻褄は合う。
でもそうなると、オレも知らない事実をドミナスは知っていたことになるのか。……怖いけど、思い切って水神様にお伺いしてみようかな。
「……前世のオレのことを知ったら、母様は絶対に気に病むだろうね。ちっとも悪くないのに。母様がオレのために無残な仕打ちを包み隠したように、生まれ変わりのことはこれからも黙っておくよ。……でも、復讐はやめない。やめられそうにないから」
『いいと思う。それにスイレンも復讐は否定していないもの。周りを巻きこまず、サクッとドミナスだけぶち殺……倒せばいいんじゃない? 世間は混乱するかもしれないけど、君の腹違いの姉が、由緒正しく正統な血筋の姫君が大切に育てられているはずだから、滅亡まではしないって』
ルイの茶化すようでいて真摯な言葉は、オレの心を幾分か軽くしてくれた。
そういえば母の話で預言のことにも少し触れていたっけ。
詳しい内容は知らないみたいだったけど、正室の方の産む子どもにはドミナスを越える力があるとか、英雄になるとかいう内容のはず。
とはいえ母が唯一心開いた正室の血を引く人だ。復讐は必ず決行するけど、腹違いの姉に対して考慮はしたいと思う。
「そうだね。母様を冷遇した鬼族に対しては色々思うところもあるけど、滅亡しろとまでは思わない。オレにはまだまだ修行が必要だし、仇を討つ頃にはオレの姉も成長してるはずだし、どうにかなるか!」
『……まあ、鬼族に関してはスイレンが去った後に報いを受けているしね』
「え?」
『それもきっと水神様が教えてくれる。全ては因果応報だよ』
そう言ってルイは意味深に笑った。
オレとしても深く追及する気は無い。
何よりも優先するべきはドミナスへの復讐だから。
『ボクとしてはスイレンが悲しまなくて、フェーリーが満足するならそれでいいんだよ』
「母様を悲しませたりはしないよ。……むしろ誰よりも幸せになってほしい。そうだ。辛い思いをした母様を労いたくて、喜んでほしくて、ルイに手伝って貰いたいことがあるんだ。母様に特別なプレゼントを贈りたいなって」
前世取った杵柄で、オレは組紐作りが得意だ。それにルイの彫刻を組み合わせたら、きっと素敵な物が作り出せるはず。
『そういう話ならいくらでも協力するよ』
ありのままを受け入れてくれる、ルイの存在はオレにとっての救いだ。
満たされて転生する方がルイにとってはずっと良いとわかっていても、まだ側にいてほしい。
「……ルイは、当分は居なくならないよね? せめて、オレの復讐を見届けるまでは」
思わずこぼしてしまった弱音を受けて、ルイはその体のように澄んだ笑みを浮かべる。
『君達をずっと見守りたいって言ったでしょ? ボクの未練はスイレンやフェーリーの寿命が尽きた後でも無くならないよ。神域で叶えたい夢もあるからね』
「それはどんな夢? ルイが彫刻が好きなのと関係ある?」
『彫刻はね、ボクが存在したという証を刻みつけておきたいだけ。夢というよりは趣味だね。ボクの夢はまだ秘密。……復讐を終えた、いつかの遠い未来で教えてあげる』
「ずるいなぁ」
『スイレンにも君にも隠しごとはあった。誰にでも秘密はあるんだから、ボクにだってあるさ。聞き出すのは無粋だよ。いつかは必ず話すから』
ルイはオレとそんなに年齢が離れていないのに、まだ若い水妖精なのに、全てを見通す水神様に通じる落ち着いた雰囲気があった。
時空の狭間で無数の世界を見て知って、広い価値観を得たからかもしれない。
『なんなら、指切りで約束しようか?』
「……それはいいかな。今は指切りが嫌いになりそうなんだ」
『だよね。その気持ちわかるよ』
「わかってるのに聞いたのかよ」
似た者同士のオレ達は、涙を流して笑い合う。
ルイのおかげで、オレは昏い感情に飲まれず、思い詰めずにすんだ。だからこそ祈らずにはいられない。
いつか必ず、この優しい友の夢が叶いますように。
次からはスイレンが居なくなった後、どうなったかが判明する、リアン視点とアシオー視点。




