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4- 事の進展は早い

「ふ、ふふ。ああごめん。あのね、ふふ…私、27歳。27歳なの。君の、12個上。私」


ぽかん。

本当にその言葉通り、衝撃で固まってしまう。当の本人である舞は「ふふ、ふふふ」とずっと口に手のひらを寄せて、身体を丸めて笑っている。


「え、だって、え?」


目の前にいる、27歳を自称する女性は見るからに、少なく見積って私よりも5cmは背が低い。童顔だし、髪や肌にしっかり若さ故の艶がある。まろい頬は、思春期の少女のようだ。長い髪を後ろでお団子のようにまとめ、リボンで縛っている。黒いワンピースとワイシャツを身に纏い、中指に指輪をかけ眼鏡をして、こちらに背を向けてソファに手をかけ、笑いこけている。

そんな風貌の女性が私より12個も上の、27歳。

到底信じられる言葉じゃないし、信じられるとも思えない。実際、今も信じられてはいない。

くつくつと笑う舞は、眼鏡を外し指で目尻を拭くと、一息ついてから話し始める。


「はー、あー面白い。そう、私アラサーなの。27なのもう!ふふ、ごめん、あーごめんね。これについては魔法少女の性質について話さないといけないんだ」


まだツボが抜けないのか、舞は時折笑いながら話し始める。


「魔法少女はね、後天的になることが多いんだよね。私は16歳の時に魔法少女になったの」


「はい……」


頷きながら話を聞く。猫背になっていてなんだか情けない。まあ、目の前で足を組んでいる舞に比べればマシなのかもしれないが。

失礼なことを考える私のことを知りもせず、舞は身振り手振りをしながら話す。


「で、でね。魔法少女って、なった時から身体は成長しないんだよね。まあ10歳になるまでに魔法少女になってたら10歳までは普通に成長してそっから止まるんだけど」


「え、成長しないって…背とか、伸びないん…ですか」


「そーそー、伸びないんだよね。だからさ、ほら。私チビじゃん。152cmしかないの」


16歳で152cmも小さい方だとは思うが、黙る。変に怒らせたら怖い。

成長しない。それは、背だけの話なのだろうか?


「成長しないって…身体がってことですか?」


「うん。髪は伸びるよ。爪も伸びるし風邪も引く。ただ、もう背は伸びない。私が知ってる…てか理解してんのはそれだけ。詳しいことはノーマに聞けば分かるんじゃないかなーー」


膝を抱えこめかみをうりうりと抑える舞は、これ以上は分かりませんと言わんばかりに片手を上げる。

この人は、中々話を聞く態度が悪い。

ぱっと姿勢を正し、肘掛けに左肘を乗せ、また足を組み頬杖をつく。結局態度は悪い。


「それじゃ、私の話をしてもいーかな?」


薄く笑って、こちらを見る。顔は笑っているのに、笑っているようには思えない。

がたがたの爪をいじりながら、舞は話し始める。


「まず、君はアヴァに襲われたよね」


「……はい。それで、舞さん…に、助けて、もらっ、いました」


「そつだねー。で、君アヴァの攻撃受けてたじゃん?肩ズバーッてさ。あー思い出しただけで気分悪い」


思い出して、肩の内が痛い。外は冷たく感じるのに、内側が熱くなる。手が、少し、震える。

音が遠くなって、目の前に近づいた死を思い起こしてしまう。

───私は、死ぬところだった。私は死にたかった。

でも、生き残ったら死ぬのが怖くなって、でも生き残ってしまったから死にたくなった。

私は情けない。死にたいのは死にたくないのか分からない。もう傷なんてない。すこし、怪我をしたところだけ色が違ったり、感触が違うだけ。少しえぐれたくらいで、腕が取れてしまった訳でもないのに、こんなに痛がって馬鹿らしい。



「痛いよね。わかる。─私もずっと痛いから」


舞は私の傷ついた部分の輪郭をなぞって、憂鬱そうな顔をした。

下を向いてからはあ、ふうとまたため息をついて話を始める。


「で、まあ結論からざっくり言っちゃうと、君はアヴァとかエバに今襲われやすくなってるの」


「え」


「アヴァの攻撃の残滓?残り香?っていうの?が、君の体……特に傷跡にね、いーっぱいあるの。ネームド…まあ結構強いアヴァだったから、めちゃめちゃ狙われやすいってコトね」


理解ができない。

つまり、どういうこと?なんでただ、家族のお見舞いに行こうとしただけなのに、へんな化け物に襲われて死にかけて、その上またそんな化け物に狙われやすいってどういうこと?

やっぱ外なんてロクなものじゃない。勘弁して欲しい。

弱気になって、急に涙が出る。人前でみっともない。咄嗟に拭きたいけど、自分の服じゃなくて押し留まってしまって、変な格好で動きが止まった。


「いいよ、拭いて」

「いっぱい泣けよ、子どもなんだから。服くらいちょっと汚れても、気にしないよ」


あくまでこっちは見ないで、手を見ながらしっかり私に話しかけてくる。

情けなくて、涙が出る。ほんの少ししか出ないのに、それが何か悔しい。目が熱い、痛い。

人前でほんの少し、少しだけ声を上げて泣いた。


落ち着いたのかどうかの確認もせず、最後だと思う涙を拭う私を一瞥して、舞は話し始める。


「冬樹くんは今すごく危ない状況だから、私が冬樹くんを守る。これだけ分かってくれてればいい」

「君がどこかに行くなら着いていく。気まづいなら近くにはいるけど、同じ部屋とかにはいないし、私が嫌なら別の魔法少女が守ってくれる」

「どのくらい理解出来た?冬樹くん 」


淡々と義務的に、舞は話す。

目を伏せ、足を組み爪をいじる。到底真面目話をしている態度では無いが、話は頭に入ってくる。


「8割……7割、くらい」


「うん、上出来」


ぱっと笑い。やっとしっかりこちらを向く。目は閉じられていて口は緩く弧を描いている。

舞は手を払い、しっかりと目を開ける。空の、窓の外の夜空色をした目が、私を見ている。

また薄く笑って、身を少しこちらに乗り出して舞は手を伸ばす。


「話、わかってくれて私でいいなら、しばらく宜しく」


今。

今手を払いのければ、多分すぐに死ねる。それはきっと願ってもないことだ。

でもまだ何も出来ていない。楓真と楽々の見舞いも、何も。

それが終わったら死のう。もう来なくてもいいよと言われるまでは。


私は少し躊躇い気に、舞の手を取った。


「よろしく……おねがぃしま、す」


「うん、よろしく」



─────


コンコンコン。

手を離し、少しお茶を飲んで落ち着いた私たちに、突然ノック音が響いた。

少し扉が開けられ、男性の声が飛んでくる。


「……終わったか?」


扉の隙間から、白髪の美麗な男性が覗いて見える。



「ちょっと社長、早い。もうちょっと待って、あとー…んー……5分」

「わかった。5分経ってもノックがなかったら、今度は勝手に入るからな」


パタン、と扉が閉まり、忘れていた呼吸を再開する。少し見えただけ、声が聞こえただけでこの様だ。未だ叫ぶように響くつんざく耳鳴りを無視して、震える喉に無理矢理ぬるいお茶を流し込んだ。


「ごめんね。あの人社長。くろって人。この対魔法少女組織のトップ」


申し訳なさそうに眉を八の字に曲げ、湯のみの縁をなぞる舞。

ああ、トップは男性なんだ。


「で、聞き忘れててごめんね。この後とか直近で決まってる予定ってある?あと、一人暮らし?」


「明日……家族のお見舞い、に、行きたいな…って」

「で、で…ぁとは一人暮らし……です」


服の裾を掴んで離して言葉を続ける。

舞はよかった、と言い話す。


「あのね、危険から守るために、結構常に近くにいたいんだ。ここの方が安全かもしれないけど、住み慣れた家の方が安心だし、一人暮らしなら家族の説得とかもいらないし」

「だから、君の家に……転がり込む、って言い方じゃ変だけど、同居?みたいな形を取りたいんだ。もちろん、冬樹くんがいいならねっ」


また身振り手振りで必死にこちらに話を伝えようとしている。

正直私自身、男性がいるここよりも自分の家の方が安心だ。本音は他の人を家に上げるのは正直嫌だが、それは割り切る他ないだろう。


「いい……です、けど、うち汚いし…あんまり物も、ないですよ。収納スペース……は、ぁるけど」


「大事大事!私荷物そんな無いから!大体本だからさ」


舞は顔の近くでピースをして、眉を下げて笑って見せる。

また顔が幾ばくが幼く見えて、尚のこと年上と思えない。


「で、家族のお見舞いに行きたいんだっけ。うん、明日行こう。私も着いていくけど、病室には入らないよ。あと、お見舞いの品も買い直す。林檎だったよね」


「…はい、ありがとう……ございます」


よかった。一先ず、お見舞いには行けるんだ。楽々と楓真には、会える。外に出た理由はちゃんとある。

やっとほんとにやりたいことができる。


「じゃあ、今日はここに泊まっていっていいから。さっき寝てた部屋で寝て…あ、服……服どうしようか」


「使ってたヤツ、は、もう……」


「うん、だめだね。破れてるし血塗れだし。明日、早くにやってる服屋で冬樹くんが着てたのと似たようなもの探してくるわ。なかったら、ごめんだけどまた私の着て」


また眉を下げて笑っている。

そうか、あの服はもうダメになってしまったんだ。ずっと使っていた服だった。あの服以外は、あまり着ることがなかった。あの服を着ると外でも少し安心できたのに、少し不安だ。

心に不安が滲み出して、突然止まらなくなった。きゅ、と唇を強く閉じ、震える喉を殺す。


「じゃあ、部屋戻っていいから。ごめんね、急に」

「先生呼んでおくから、私社長と話に行くからお茶好きに飲んでていいよ。これからよろしくね、冬樹くん」


舞は扉を開けながら、また顔の近くでピースをして、今度はへたくそながらウィンクまでして見せた。

ウィンクをやめ手をパタパタと振り、そのまま扉の向かいにするりと消えていった。

バタン、と扉の閉まる音が響いて、私は部屋に1人になった。


「……っはぁあ…」


一安心、と言うべきか。不安が増えたと言うべきか。

お見舞いには行ける。でもこれからあの化け物やそれに近いものに襲われやすい。でも守ってくれる人が近くにいる。でも常に。その人と、一緒に住む。

今日一日でこんがらがり過ぎだ。事の進展は普通こうも早いものだっただろうか?

疲れた、休みたい。

腿の上に湯呑みを乗せ、両手で多い熱さを感じ、椅子にもたれ掛かる。少し背伸びができて、リラックスができたような感覚がする。


コンコン。

ノックの音が響いた。舞が入っていった扉からでは無く、私が入ってきた扉から。先生…「花」が来たのだろうか。

私は、驚きで少し震えた声をひねり出して応えた。


「っはい……」


最初よりはマシになった。マシになったんだ。

そう言い聞かせて、情けない私を忘れる。少しでも今自分を励まさないと、おかしくなりそうだ。


「花」だと思って返事をした。当然だ。舞が呼ぶと言ったのは「花」だし、ここの部屋まで連れてきてくれて、尚且つ沢山のことを教えてくれたのも「花」だ。

だから私は、扉の向こうにいる人は「花」だと思って返事をした。

でも、私の予想は大外れだった。


「やっほーーー!!お話終わった?終わったよね!舞いないもんね!じゃあ、私の番だよね!」


バンッ、ダダダダダダダ、なんて効果音がつきそうな勢いでこっちに走ってきたのは、見覚えのない容姿端麗の女性だった。くせっ毛の黒髪に、丸い白い模様の入った、燃えるような赤い瞳。首輪のようなチョーカーをして、だらしなく胸元がはだけるTシャツを着ている。ショートパンツから見える生足がとても健康的で、良くも悪くも女性らしい。


見覚えのない女性。しかし、声には聞き覚えがあった。

あの男性に、恐らくノーマと呼ばれていた人。

「花」の言っていた、研究チームのメンバーの、魔法少女。

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