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3- 人は見かけによらない

「私…わたし、をっ……助けてくれ、た人…ま、ぃさん………に、会って…会って話して、みたい、です」

「できます…か」


「花」は少し肩を揺らし、考えるような素振りをしながら髪をくるくるといじると、話し始めた。


『できる…とは思います。舞サンは今暇でしょうし、討伐に駆り出されているわけでもありませんから。ですが……今は、社長に…この対魔法少女組織のトップにお会いしていると思われます』


会える。会えるなら、会いたい。

謝って、感謝をして、先に謝るべき?感謝を伝えるべき?どう謝ればいいの?そもそも、謝るって何に?私は、私は外に出ただけなのに。

社長と言われている人がどんな人なのかわからない。けど、次会えるような気がしない。私自身外に出ないし、あの人が生きている気がしない。

なんだか、私が言えた立場では無いのかもしれないが、いつの間にかふらっと死んでいそうな不安定さだった。


「っ会える、なら……会いたいです…」


『…わかりました。一応、連絡しておきます。私は部屋の外で連絡をしていますので、アナタはお着替えをなさってください。舞サンの服かノーマさんの服しかなくて申し訳ないのですが、あとはもう無いのです。どうか、ご容赦を』


「花」はスマホをチラリと見せると、紙束の説明書を椅子に置いて扉の外へ出ていった。個室には、私だけになった。

沢山のものが敷き詰められた薬棚とチェスト、椅子だけが私を見つめている。


なんだか必死すぎて言葉のいい初めが大きくなってしまった。恥ずかしい。みっともない。

ただ、いつまでも恥ずかしがっている訳にもいかない。とっとと着替えて、挨拶をして少し話をして、そうしたら明日はちゃんと、楓真と楽々のお見舞いに行きたい。

2つのカゴに置いてある服をそれぞれ手に取る。

1つは黒のタートルネックインナーと灰色をベースにして、ワンポイントに花の形で白や水色などのデザインが施されたパーカーに、黒のガウチョパンツ。

もう1つは白いYシャツに梅の花の刺繍が施されていて、布地の赤いベスト、黒いリボンとショートパンツに長いソックス。その上に、メモ書きで「好きに着ていーよ! ノーマ」と可愛いうさぎのようなイラストとともに走り書きされていた。


どちらも好みではない。だが、そんな我儘を言える立場でも状況でもないのだ。

ショートパンツは嫌なので、まだ肌を隠せる黒ベースの服を手に取る。患者服のような服を脱いで、少し肌寒い。

ちらりと腕に巻かれた包帯を見る。足の手当てを見る。

色んなところに小さな擦り傷がある。肩を触れれば包帯のザラザラとした感触が手を迎えている。肩を覆う違和感から、きっと痕ができたのだろう。

まあ、私にとっては変わらないし、むしろ良かった。

インナーを手に取り頭から被る。頭をすぽんと出して、袖を手首まで伸ばす。人の服だから、少し大きいかとも思ったが、思ったより小さい。

舞、という人は私より背が小さいのだろうか。あんなに強いのに、魔法少女って不思議だ。

近くのトレーのようは物の上にあった眼鏡を手に取ったが、レンズが割れて、少しフレームが歪んでいる。これでは使い物にならない。まあ、元々伊達メガネだったし支障はないのだが、この顔の軽さに未だ慣れていない。

パーカーのチャックを開け上から羽織る。袖を通し、インナーが出ていることを見る。やはり小さい。

ガウチョパンツを履いて、床に足を下ろす。ひたと感じる床の冷たさに身震いした。

近くにあったサンダルを足で寄せ、なんとかサンダルを履く。足首にある包帯が情けなくて、必死に隠そうとしてもヒラヒラとするガウチョパンツが鬱陶しい。

暫く服の感覚を味わっていると、コンコンとノックの音が響いて、頭が真っ白になった。


「は、ぃ」


弱々しくそう返事をすると、扉がまた私に返してきた。


『お着替え、終わりましたか?舞サンが会えるよ、とお返事をくださったので、丁度いいのでしたら向かいましょう』


ノックをしたのも返事をしたのも扉じゃなかった。分かりきっていることなのに恥ずかしい。

弱々しく「はい……」と返事をし、ゆっくりベッドを降りる。なんだか急に重力が上から押し寄せてきたようで、途端に息が苦しい。

ずりずりとサンダルを引きずりながら、ドアノブに手をかけ扉を開けた。

視界いっぱいに「花」のたくさん刺繍の入った袖が目に入り、くらりとする。


「…っすみませ」


『では、こちらに着いてきてください』


咄嗟に謝るが、「花」はまるで気にもとめていないかのように話し、こちらに背を向けると歩き出した。

私もその背を追うように、2、3歩離れて着いていった。


『そういえば、アナタお名前はなんと言うのですか?』


唐突な質問だった。気まづい空気が流れていた訳でも無く、当然の静寂の間。それを突き破って、「花」は聞いた。

当然の質問だし、答えていなかった私に非がある。


「…柊、冬樹です。季節の冬に、樹木の樹」


『冬樹サンですね。素敵なお名前です』


「花」は歩き続けたままうんうんと頷き何度か『冬樹』と覚えるように口にしては、また何度か頷く。

変な人だな、と思っていたら、また質問が飛んできた。


『冬樹サンは、おいくつなのですか?』


「…15です。今年で、16になります」


少し目線を落とし手元に目をやる。指を絡めて爪をいじって、私は何をしているのか。


『まだまだお若いですね。それなのに、アヴァなんかに襲われてしまい…これは、私たち側の観測…対策不足ですね』


その言葉で黙りこくる私に「花」は質問するでもなく、適当に聞いた事のない鼻歌を歌いながら進んでいく。

やがて扉の前に辿り着き、「花」の歩みが止まった。


『こちら、応接室になります。隣に社長室…いえ、トップがおられる部屋がありますが、どうかお気になさらず』


「あり…っがと、ございます……」


やはり喋り方がたどたどしい。こんな状態で話して、呆れられないだろうか。変な奴だと思われたりしないだろうか。

そんな思考をめぐらせる前に、扉はもう目の前にある。ここから逃げるには、私が望んだことなのにあまりにも手遅れだ。


「失礼、します…」


少しガタついた扉を力の限り押し退け、眩む視界を無視して足を踏み入れる。貧弱な引きこもりには、少しキツイ重さをしている。


簡素なソファと机と、棚の間に置かれているソファ。あとは背の低い棚があるだけの質素な部屋だった。

部屋の右側の壁には扉が、左側には背の低い棚が、正面には窓が、私がいる側には本棚があるだけで、他には何も無い。


少しボロっちい棚の間に置いてあるソファに、スマホをいじりながら足を組んであぐらを書いている女性がいた。

そこから少し見上げれば、見覚えとある顔だった。私を助けてくれた人。魔法少女。「花」に、舞と呼ばれていた人。

2歩前に進んで止まった私を、スマホから上げた目線ですこし見つめた後、スマホを伏せて手をひらひらと力無く揺らし、話しかけてきた。


「あ、コンチワー。私が舞ね、君を助けた魔法少女」

「まあお話は座ってからにしよっか。好きなところに座っていいよ」


舞は両手をソファに向けて伸ばし、自分も棚の間のソファから立ち上がった。

私が座るのを待っているのか、舞はスマホをポケットに仕舞い、胸の前で腕を組んだ。

私はソファと舞を交互に見て「好きに座っていいよ」と眉を下げで笑う舞を見て、下を向きながらソファになんとか座った。

舞も私が座ったソファの反対側に座り、膝の上で手を組んで身体をゆらゆらとさせている。


「えーっと、お話があるんだっけ?」

「あ、忘れるところだった。私舞ね、舞。対魔法少女組織所属の魔法少女でーす。ぴーすぴーす」


「ぇ、と……アヴァ、から…助けて、いただいた…冬樹、です」


たどたどしい。あまりにもたどたどしすぎる。なんで粗末な自己紹介だろうか。

ああ、あんなに頭の中で反復練習していたのに。考えでは、上手くいったのに。どうして私はこんなにできないんだろう。弱々しく唇を噛む。


「冬樹、冬樹くんね…で、冬樹くん。メインのお話は?まあ私からもお話あるし、いくらでも待つけれど」


話。そうだ、話。話をしなくちゃ。ありがとうって、助けてくれてありがとうって言って、スーツをダメにしてごめんなさいって。


「…っあ、ぁりがとう、ござい……ます。助けて、くれて、私…なんかを」


「別にいいよー。それも魔法少女…いや正確には魔法少女院の仕事だけど…ま、魔法少女の仕事だしね」


舞は一瞬ブツブツと呟き一言言い切ると、とてもとても小さな声で「チッ、クソブラックが」と吐き捨てた。


「あ、と…ごめん、なさい。……スーツ、灰色のスーツ、だめに…して、しまっ、て」

「弁償はできない…と、思うので………ごめんなさぃ」


怒られるのが怖くて語気が小さくなっていく。なんて、弱々しい。馬鹿みたいだ。

怖い人ではない。男性ではない。わかっている。

でも怖い。怒られると怖い。誰かが手を上に振り上げるだけで、怖い。

怒鳴られたら、どうすればいいのかわからない。


「いいよ、別に」

「あの服ずっと捨てようと思ってたけど、機会がなかったっていうか、踏み切れなかったっていうか。むしろ、ありがと」


爪をいじりながらこちらをチラチラと見て話を聞いていた舞は、爪をいじるのをやめてパッと笑ってみせた。嘘くさくて弱々しい笑いだが、私を安心させるには十分だった。私も、単純だ。


「そういえばさ、関係ない話なんだけど冬樹くん何歳なの?」


本当に唐突だ。関係がない。

というか、さっきも年齢を聞かれた。対魔法少女組織は、そんなに年齢が重要視される組織なのだろうか。


「15…です」


「えっ若い。思った数倍若い」


舞は指を折りながら「私の何個下…?」とひぃふぅみぃと数えている。私よりいくらか、背が小さい舞が私より年上とは思えず、思わず脳を介するより考えが口に出る。失礼かと思うが、そんなことで咄嗟の疑問は止められるわけはなかった。


「私、より…年上なんですか?」


舞は目をぱちくりとさせ、少し笑って、困ったように眉を下げながら自身に指を差した。


「ふ、ふふ。ああごめん。あのね、ふふ…私、27歳。27歳なの。君の、12個上。私」

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