2- レポート -情けない私について
「おーい。おーーい!!ねーえーー!起ーきてよっ!」
うるさい。高い声が聞こえてくる。
「ねえ、ノヴァー!!どうしよう全然起きないよー!心的外傷のせい!?もしかして…死んじゃった!?」
「死んでないから落ち着け。体力が戻ったら起きるだろ」
「そっか!そうだよねー!!じゃあ私実験に戻るね!ノヴァその子見ててねー!」
「はっ?おい待て…おい、ノーマ!!」
ドタドタと走っていく音がする。
多分、ノーマって呼ばれてた女の人が何処かに実験とやらを、しに行ったんだろう。
ゆっくり、身体を起こす。
「ああ、やっと寝たふりをやめたか」
「あ…」
私の前にいるのは、背の高い、長い髪を三つ編みにした…男性。
気持ち悪い。気分が悪い。
嫌なことが頭を埋めつくして、涙が目を焼いている感覚がする。喚かないようにするため、私は呼吸の仕方を忘れてしまった。
は、はとつぎはぎな呼吸を繰り返していると、顔を少し歪めた目の前の男性が目を伏せ顔を背けた。
「…俺じゃないほうが良さそうだな。他に誰か呼んでくる…俺はそんなに暇じゃない。聞きたいことがあったら、ソイツに聞け」
『はい、どうぞワタシにお聞き下さい!!』
「!!」
恐らくノヴァと呼ばれていた男性がドアを閉め出ていくと、機械音のようなものが後ろから聞こえる。
バッと後ろを振り向いた。なんの気配もしていなかったが、そこには確かに背の高くて、髪の長い中華服を来た人が、いた。
驚いている私を見て、カラカラと笑っているが、声が出ていない。髪留めのようなものに付いた鈴が、コロコロと音を出している。
『ああ、すみませんね!あまりにテンプレ通りの驚き方をするもので、ついつい笑ってしまいました!』
長身の人は、喋っていない。声はするのに、男性の口は一向に開かない。中性的に感じさせる機械音の声が、その人の花の装飾品から聞こえてくる。
目も、口も開けていないのに、まるで見ているかのように語り、動き、生きている。
その人は近くにあったパイプ椅子に腰を掛け、朗らかに挨拶をしてくる。
『どうも、ワタシは「花」と申します。この"対魔法少女組織"の研究チーム管理人です』
「たい、まほ………かんり……?」
『ああ、申し訳ありません!あなたは元々関係ない一般人の方でしたね!なら、簡単に説明いたします』
その人…「花」と言った人は、やはり話さない。身振り手振り、機械音の声に合わせて手が動く。その度、鈴もコロコロと音を鳴らしている。
『先程いた人は、ノーマサンとノヴァサンです。2人はご兄妹で、それぞれ情報チームと研究チームのメンバーです』
2人が出ていったドアに手を向け、髪をふわりとさせる。
「あの……対、魔法少女…組、織?って…何……で、ていうか、あの、さっきの…化け物って……なん、ですか」
『では、そちらの説明をいたしましょうか』
「花」は、近くのチェストを開け、教科書ほどの分厚さがある説明書のようなものを渡してきた。
『コチラ、対魔法少女組織や所属構成員をまとめた書類となります。簡単なことや上部の方、功績を残した方などしかまとめておりませんが、まあないよりマシだと思います』
『ま、こんなもの今読む気にはならないでしょうし、簡単にワタシから説明を』
「ぁ……は、い…」
またチェストを開け、同じ紙を取り出してバラパラとページをめくる。「花」は再びこちらを向き、そのなびく白髪を手で払い、紙に指を巡らせる。
『対魔法少女組織は、魔法少女のデメリットに対応するための組織です。そして魔法少女とは、18歳までに特別な要因で、所謂魔法を授かった女性のことを指しています』
魔法。魔法少女。
まるで御伽の噺だ。自分自身、実際にその魔法や、怪物をなければ信じなかっただろう。
しかし、私はもう見て、その人に触れてしまった。
触れてしまえばもう逃げられない。近づいて、見て、触れてしまえば、もう知らないふりも何もできないと私は知っている。
「花」は、こちらを閉じた目でチラリと一瞥し、紙に視線を戻した。文章をなぞり、口で要約して説明をする。
『魔法少女のデメリットとはマレという、力を使えば使うほど魔法少女を蝕むものです。マレを溜めすぎると、マレはシチという物質に変化し、シチに脳を侵されるとエバという怪物に変貌してしまいます』
エバ。また違う言葉が出てきてもう大混乱だ。マレ、シチなんて単語まで出てきて、もうなにがなんだかわからない。私がそこまで頭が良くないし読解力も無い故か、それともみんなこうなのだろうか?
「ぁの、…私が、あった化け物…は、あのスーツの、人は、ぁ…アヴァって言ってたん、ですけど。アヴァとは、違うん、ですか」
人と話すのは久しぶりすぎて、たじたじになってしまう。普段は暗い部屋で寝ているか、本を見ているかだけだ。
話すことを忘れている喉には、かなりの重労働だった。
『ええ、違います。エバはシチに身体を侵食された魔法少女が、精神に一定以上の負荷がかかると現れる怪物で、魔法少女の脳に作用を起こし身体を乗っ取ります。ですが、アヴァは個として活動し、発生源の分からない怪物です。エバはある程度の発生理由や条件がわかっていますが、アヴァの発生源などは、殆ど分かっていません』
『アヴァには、姿を現し直接襲いかかるタイプの"ヴィル"と、姿を隠して人に寄生しようとする"リグ"がいます。いずれも、何故人を襲うのか分かってはいません』
『アナタを襲ったのは、"ヴィル"タイプのアヴァですね』
そんなデータ化されるくらい、アヴァとエバという化け物は多くいるのか。
でも、私は今まで15年間生きてきて、そんな化け物を見たことは無い。ニュースやネットにも、そんなものはなかったように思える。
「あの、今まで…そんな、私が見たような化け物がたくさん、ぃ、いるなら…なんで、ニュース、とかならないんです、か」
「花」は紙束を閉じ、こちらを向いてモノクルの縁を指でなぞり、呟くような声で言った。
『一般人には見えないんです』
『魔法少女や、その血縁者、長い間近くにいた人や、魔法少女の影響を受けた人、魔法少女と密接な関係の人でないと、アヴァやエバは見えないんです』
『アナタのように、一度襲われたり直接触れられたり、魔法少女の魔法を直接受けると、アヴァやエバが見えるようになります』
私は今まで、まるで何も知らなかったようだ。
いや、元々知っていることなんてほとんど無いのだが、ある程度の一般的なことは、知っている方だと思っていた。勝手に、思っていたのだ。
そんな化け物がいるなんて知らなかった。魔法少女なんて、魔法なんて夢の話だと、まるでありえない話だと思っていた。
信じられていない。まだ、集団幻覚や何かしらの社会実験に巻き込まれ、監視でもされているのかと感じている。
いつもと同じ世界にいるのに、あまりに非現実すぎる。
頭の中がこんがらがって、黙ってしまう。また手をさすって、抓って、痛みが現実だと教えてくれる。でも非現実が過ぎるからか、この痛みも夢に思えてくる。
『アヴァやエバについての説明は、詳しいことはもう分かっていませんので、次は対魔法少女組織内部について、簡単に説明致します』
『魔法少女に関することは、魔法少女本人に聞いた方がいいでしょう』
モノクルを今一度かけ直し、紙を目線を落としまたパラパラとページをめくる。私は、また指を傷や処置のためのテープをいじる。
爪で剥がそうとしたが、怪我の処置をした時に切り揃えられたのか上手く剥がせない。
剥がしたところで無駄が増えるだけなのだが、何かをしていないと脳が、私が死んでしまいそうだった。
『では、ここにある事を説明させていただきます』
「…は、い……」
また文をなぞる。私も手元の紙束を拾い上げて、表紙の『魔法少女に関して』と淡々と書かれた大きな文字を1文字ずつ指で追う。もう脳がこんがらがって、文字が文字として認識できなくなってきた。
脳が疲れてしまっている。
『先程説明致しました、ワタシやノーマサンやノヴァサンは、それぞれ所属があります。まあ…学校でいう、部活や委員会のようなものです』
『改めて、ワタシは研究チームの管理人です。ノーマサンは研究チームのメンバー、ノヴァサンは情報チームのメンバーです』
管理人、メンバー。研究チームや情報チームは、何となく意味はわかる。多分、魔法少女やさっきの化け物に関する研究をしたり、情報をまとめたりしているんだろう。
『チームは、研究チーム、情報チーム、訓練チーム、安全チーム、総括チーム、そして、無所属の人たちです。無所属の人達はエバなどの討伐をしたり各チームの補助・サポートをします』
『ちなみに対魔法少女組織は日本には4つありますよ。組織内の名称は上から、トップ、サブ、チーフ、管理人。その下は名称はありませんが、メンバーと呼ばれていますね』
専門用語がばかりで、一度に覚えるには難しい。トップ、サブ、チーフ……では、管理人は?一体何?
…あの女の人は、さっき言われていたどのチームにもなんとなく所属している気がしない。なら私を助けてくれたあの女の人は、無所属ということなのだろうか。
「あの、助けてくれた…まぃ、さん?は、無所属……ってこと、ですか?」
話すなんて怖い。ああ、結局お見舞いにも行けなかった。折角頑張って買った林檎もダメになった。
何をしてももうダメだ。私、何ができるのかわからない。
『ええ、舞サンは無所属の魔法少女です。舞サンは…他チームの補助などは出来ないので、1番討伐に駆り出されていますね、恐らく』
舞、という女の人に、会ってみたい。
1度助けてもらったから、服をダメにしてしまったから、傷を治してもらったから。
思いなんて無数にあるが、それを口に出して言葉として発することが出来ない。恥ずかしい、じゃない。怖い。
でも、今言わなきゃ謝れない。私には分かっている。人生にはタイミングがある。
「ぁの……、あの…っ」
『はい、なんでしょう』
「花」は捲っていた紙から手を離し、こちらに向き直る。「花」の目が開いていて、眼球がこっちを覗いていたら、怖くてきっと目を閉じてしまっていただろう。
「私…わたし、をっ……助けてくれ、た人…ま、ぃさん………に、会って…会って話して、みたい、です」
「できます…か」