第九十九話 奇病
「……実は、妻のアニタが奇病を患っているのです」
マルコが苦渋に満ちた表情で打ち明ける。
「アニタさんがっ!? そ、そんな……」
セリーナにとっては姉か母親代わりのような存在だったのだろう。激しく動揺しているのがわかる。
「マルコ、俺は医者ではないが冒険者として多くの奇病を見てきた。そして世間では知られていない情報もたくさん知っている。良かったらアニタさんに会わせてもらえないか? 何か役に立てることがあるかもしれん」
俺が治す必要はない。治せる医者を探すための人脈はあるし、依頼する金もある。何とか力になってあげたい。
「わかりました。こちらへどうぞ」
マルコの表情は硬いままで淡い期待すら抱いてはいない。おそらくは出来ることはすでにやっているのだろう。
アニタさんは何があっても大丈夫なように、ギルドマスターの執務室に寝かされているらしい。
「アニタ、入るよ」
薄暗い部屋の明かりを灯すと、ベッドの上の人影がなぜか光に反射して光る。
「こ、これは……酷い」
セリーナが絶句する。
ベッドに寝かされたアニタさんの身体の半分ほどが銀色に変色している。辛うじて呼吸はまだ出来ているようだが、すでに意識は無いようだ。
「くそ……銀結晶症か……」
「ファーガソンさま、知っているのですか?」
「ああ、体内で銀の結晶が生成され続けてゆく奇病だ」
「な、治す方法は? 助かるんですよね、ファーガソンさま!!」
「…………」
「セリーナ、銀結晶症は治療法が見つかっていないんだ……可能な限り腕の良い医者にも見てもらったし、ギルドの情報網を使って治療法を探したけど駄目だった……」
悔しそうに俯くマルコ。
「神殿には確認してみたのか?」
医者が見放すような病や怪我でも神殿に所属する神官ならば魔法で治せるかもしれない。神殿の本来の仕事は魔族に汚染された土地やモノの浄化であるが、怪我や病気、呪いなどの治療も神殿の運営費や建設費を稼ぐために行っている。もちろん医者に診てもらうよりもはるかに高額な治療費を要求されるが、金で済むなら安いものだ。
「はい……銀結晶症に関しては神殿内部でも検証が進められているようでして、最高レベルの治癒魔法によって症状の進行を止めることは出来たそうなのですが、アニタの場合はすでに手遅れだと言われました。あとは聖女様の奇跡に頼るしかないと」
たしかにこの状態で症状を止めたところで、アニタさんが苦しみ続けるだけだ。聖女に頼ると言っても今代の聖女はいまだ見つかっていないのだ。新しい聖女が生まれるまであと十年なのかもっとかかるのか。歴史上百年以上空位だった時期もある。期待するのは現実的ではない。
「そんな……それではアニタさんは……」
この様子だと持って一月……いや半月かもしれない。心臓が結晶化してしまったらもう生命維持は出来ないのだ。
いや――――待てよ
「ちょっと待ってろ、すぐに戻る」
「ちょ、ファーガソンさま!?」
「ファーガソンさん!?」
すっかり失念していた。
知り合いに聖女は居ないが、いるじゃないか。
俺たちには――――魔法の天才が。
「リエン、悪い、すぐ来てくれ!!」
「ええ!? 今注文した飲み物来たところなんだが……」
「チハヤにくれてやれ」
「わーい、やったね」
恨めしそうなリエンを連れて部屋に戻る。
「ファーガソンさん、この方は?」
「俺の仲間のリエンだ。金級の魔法使いというだけでなく、俺が知る限り大陸一の天才だ」
「そんなすごい方が……リエンさん、いかがでしょうか?」
マルコに促されてアニタの様子を観察するリエン。
「……銀結晶症か……厄介だな」
難しい顔をするリエン。少なくともこの奇病のことは知っているようだが……
「リエン、お前が最後の頼みの綱なんだ。何とかならないか?」
医者が駄目なら魔法しかない。天才のリエンが駄目ならもはや打つ手は残っていないことになる。
「うーむ、やってみなければわからないが何とかなる可能性はある……」
「本当ですか!!
「本当なのリエン?」
リエンのつぶやきに反応するマルコとセリーナ。
「ただし問題はある。前にも言ったかもしれないが、私はあまり治癒系統の魔法属性と相性が良くない。そしてこのレベルの病魔を完治させるには治癒魔法ではなく神聖魔法が必要だが、神聖魔法は知っての通り基本的に神官などの女神に仕える信徒が使うことが出来る魔法。しかも今回必要なのはただの神聖魔法じゃない。本来は聖女しか使えない高位の神聖魔法だ。まあこれでも私は幼いころから神事に携わってきたから神聖魔法は一通り使えるし、無理をすれば高位の神聖魔法だって使えないことはない。なんたって私は天才だからな」
「使えるんなら問題ないんじゃないのか?」
「馬鹿言え、魔法属性との相性というのは無視できんのだ。例えば三角形の穴に丸いモノを無理やり通すようなもので、馬鹿みたいに魔力を消費して発動を阻害する要因を吹き飛ばせば使うことは出来るが、その反動は魔力消費だけではなく肉体にも跳ね返ってくる。いわば力業だからな」
なるほど……魔力の勢いで無理やり発動させるのか。普通ならそんな芸当は出来ないだろうからやはり天才ということなのだろうが。
「となると、魔力が足りなくなる可能性がある、ということか?」
「まあ簡単に言えばそういうことだ。正直やってみないければわからないがな」
くそ……魔力か。せっかく糸口が見えたと思ったのだが……
いや――――待てよ
「ちょっと待ってろ、すぐに戻る」
「ちょ、ファーガソンさま!?」
「ファーガソンさん!?」
そうだよ、いるじゃないか。
俺たちには――――無尽蔵の魔力お化けが。
「チハヤ、悪い、すぐ来てくれ!!」
「ええ!? 注文したデザートが来たところなんだけど……」
「ファティアかリリアにやれ」
「そんなああああ!!!」
「ファーガソン、私も行って良い?」
「構わないが、リュゼが来るならファティアとリリアも来るか?」
「ええ!? 構いませんがデザートはどうするんですか?」
「全部ネージュにくれてやれ」
「にゃああああん!! やったあああ!!!」
ネージュは黒豹獣人じゃなかったのか? 最近すっかりネッコみたいになってるが。