第九十八話 宿場町バール
宿場町バールは、ダフードとメルキオール間に点在する町の中では最大の規模を誇る。
王国有数の要衝都市ダフードから南部へ街道を進んだ場合、余程の急ぎでなければバールで宿をとるのが普通。したがって宿場町ながら非常に栄えているというわけだ。ダフードにはバールのような外郭都市が東西南北に存在し、一つの経済圏として支え合っている。
王都が政治的・軍事的な中心地だとすれば、ダフードは経済の中心地のひとつと言われてさえいる。
もっとも、バールの場合通過する人数が多いだけで、町の人口はさほど多いわけではない。大半の住人は、旅人相手の宿泊業や飲食店に従事しており、残りは名物である地酒の生産者だ。すぐ近くにダフードがあるのにわざわざバールに好き好んで居を構える必要性は薄い。ダフードに住みながら定期的にバールへ出稼ぎに通っている人間の方が多いくらいである。
「ファーガソン殿、冒険者の皆さん、本日の警護お疲れ様でした。皆さま今夜は名物の地酒を楽しまれるでしょうから、明日の出発はゆっくりお昼を予定しています」
思ってもいなかった予定変更に冒険茶たちが沸く。アリスターさんは本当に素晴らしい人物だな。こうして気を使ってもらうと、頑張って迷惑をかけないようにしようと自然に思ってしまうものだ。
「とはいえ、飲み過ぎは禁物だぞ。それから時間は厳守だ。くれぐれも遅れないように」
冒険者リーダーとしては最低限これぐらい言っておかないとな。
「「「はーい!!」」」
今日の任務はこれで終了。到着が思ったよりも早かったので、まだこれから時間はたっぷりある。
「早く遊びに行こうよファーギー!!」
「お買い物楽しみです」
チハヤたちは早くも観光気分だ。
「私ももちろん行くわよネージュ」
「はい、わかっておりますとも」
リュゼも合流して意気も高い。
「盛り上がっているところすまんが、セリーナのパーティー登録手続きがあるからちょっと待っていてくれ」
「え~わかった。セリーナ頑張ってね!!」
「えっ!? あ、ありがとうございますチハヤ、頑張ります!!」
すっかりセリーナと仲良くなっているチハヤと困惑しながらもハイタッチに応じているセリーナ。相変わらずチハヤのコミュ力は異常だな。初対面でも十年来の友人のように打ち解けてしまう。まるで悪意というものを生まれつき持っていないかのような気がしてしまうのだ。
しかし頑張るとはいっても登録するだけだなんだがな……一体何を頑張るのかわからないがまあ楽しそうだからいいか。
「すまないが手続きを頼めるか?」
しかし冒険者ギルドの受付嬢というのは全員美人じゃないといけない法律でもあるのだろうか? この町の受付嬢も例外なく実に麗しい。
「えっ!? あ……は、はい……やだ、カッコいい……あの、もし良かったら今夜一緒に――――ひぃっ!?」
受付嬢にレイピアを突き付けるセリーナ。
「ファーガソンさまは手続きをしたいと言っているんだ、仕事をしろ!!」
「も、申し訳ございませんっ!!」
真っ青になって受付を始めるお姉さん。うちのセリーナがすまんな。
「まったく……ファーガソンさまはモテるのだからあまり顔を出さない方が良いですよ。手続きなら私がやりますから!!」
「お、おう……そうだな、頼むよ」
まるで護衛騎士のように俺から離れないセリーナ。声をかけようとする素振りを見せようものなら、鋭い殺気が飛ぶ。
なんというか……新鮮な感覚だな。
「は、はい、お待たせしました。これでパーティー登録の手続き完了です」
「ありが――――」
「ご苦労だったな。行こうファーガソンさま」
受付のお姉さんはまだ何か言いたげだったが、ぐいと腕を掴んで行こうと促すセリーナの圧に押されてしまう。
それにしてもすごい迫力だな。これが碧眼の刃の圧か……。
「ふーん、この町の冒険者ギルドはずいぶんと様子が違うんですね……」
周囲を見渡して掲示されている依頼票を眺めるセリーナ。
冒険者が新しい街に着いて最初にやることはその街のギルドに出されている依頼内容を確認することだ。その街の状況や依頼の相場など、依頼内容から多くのことを汲み取ることが出来る。
「本当だな。依頼も酒造りの手伝いとか馬の世話とかそんなのばかりだ」
物騒な依頼がほとんど無い。とても治安が良い証だが、冒険者にとっては旨味が少ないかもしれない。
「ハハハ、この町は治安も良いし、魔物も滅多に出ないから冒険者ギルドというより労働者ギルドなんて揶揄されたりするんですよ」
後ろから声をかけて来たのは三十代くらいの男性ギルド職員……いや、ギルドマスターか。
「……マルコ!!」
「ん? 知っている人なのかセリーナ?」
「久しぶりだねセリーナ。元気そうで良かった」
セリーナを見つめる眼差しがとても柔らかく優しい。知人というよりは身内の人間に向ける感じだ。
「ああ、それにしてもマルコがギルドマスターになっていたとは知らなかった」
「ハハハ、ギルドマスターって言っても、小さなギルドで見習いをしている段階だけどね」
「いや、その歳でギルドマスターを務めるのは異例の早さだ。誇るべきだろう」
どの街のギルドでもギルドマスターは大抵老齢に差し掛かっているベテランが務めている。通常は現役を引退した冒険者が実務経験を積んでからなることが多いので当然ではあるのだが。ダフードのエリンやフリンは年齢不詳なのでカウントしてはいけない。
「あはは、史上最年少で白銀級となったファーガソンさんに言われると嬉しいな」
「俺のことを知っているのか?」
「いや、むしろギルド関係者で知らない方が問題ありますよ。見た目も派手ですしね」
俺の見た目は派手だったのか!? セリーナに視線を送ると呆れたように頷いている。ちょっとショックだ。
「ファーガソンさま、マルコは私を拾って育ててくれた恩人なのです」
なんだって!! それを最初に言ってくれ!!
「マルコ、このファーガソン、心より感謝申し上げる。俺に出来ることなら何でも力になるから遠慮なく言って欲しい」
「いや、そんな礼を言われるようなことはしていませんよ。セリーナだってすぐに独り立ちしてしまいましたし、しかも彼女からは私がかけた養育費を何倍にもして返してもらいましたからね」
本当に腰の低い良い男だな。さすが若くしてギルドマスターに抜擢されるだけのことはある。
「そういう問題じゃない。マルコは俺にとって恩人だ。何でもいい、何か困っていることはないか?」
恩人を困らせるつもりはないのだが、恩人に対して何もしないというのでは俺の気が済まない。
「困ったこと……ですか。あるにはあるのですが……」
朗らかだったマルコの表情が曇る。
「話を聞かせてもらえないか」
俺が力になれることだと良いんだが。