第九十五話 運命の依頼
結局、その後セリーナとファーガソンが会うことは無かった。
ファーガソンは勉強を抜け出したことがバレて謹慎させられていたから。
「結局ファーガソンに会えなくてごめんなさいね、また絶対に遊びに来てねセリーナ。誰が何と言っても貴女は私の可愛い妹なんですからね」
「はい、エステル姉さま」
実のところ、セリーナとファーガソンを会わせなかったのは、イデアル家の意向によるところが大きかった。
イデアル家としては、ブレイド家の弱みに付け込むような形でセリーナを受け入れることをしたくなかった。財政が好転し落ち着きさえすればいくらでも婿入りの話は舞い込むはずだし、成人するまでにセリーナに良い人が現れた時、ファーガソンさえ知らなければいくらでも取り消すことが出来るようにと考えたのだ。したがってファーガソンはセリーナが婚約者であることを知らない。
エステルはそのことを知りつつも、セリーナがファーガソンの婚約者に相応しいと一目見て気に入ったし、将来二人が結ばれることを疑っていなかった。ずっと妹が欲しいと願っていた補正はあるかもしれないが。
しかし――――両家の想いや願いは最悪のカタチで終わりを迎えることになる。
イデアル家は王弟ヴィクトールに嫁いだファーガソンの姉エステルが無実の罪で婚約破棄されたことをきっかけに反逆罪によりお家取り潰しの上領地没収となり、イデアル家の援助に頼っていたブレイド家は財政破綻の上、イデアル家との共謀罪に問われ領地没収となる。
当時十二歳だったファーガソンは姉を救い出すという執念で血反吐を吐くような努力をして冒険者となり大成したが、まだ9歳だったセリーナにとって状況はあまりにも悲惨であった。
父や兄を失い唯一の頼りだったセリーナの母は、とある貴族家の使用人として働きに出た。
慣れない環境にもめげることなく懸命に働いていたが、セリーナに手を出そうとした貴族から守ろうとして殺された。
ただ一人生き残り、天涯孤独の身となったセリーナは必死で逃げた。
ゴミを漁り何とか命を繋ぎ、野良ネッコやイッヌと寒さをしのいだ。絶望していたが生きなければと思った。生きなければ母はなんのために殺されたのかわからなくなる。
「……エステル姉さま……ファーガソンさま……」
また会いたい。消えそうな心の灯をギリギリで繋ぎとめていたのは温かい思い出。
だが……そんな生活が長く続けられるわけもない。やがて動けなくなりそのまま人知れず死を迎えるはずだったセリーナがギルド職員に拾われたのは奇跡のような偶然だった。
いや、それすらも運命の女神トレースの仕業だったのかもしれない。
幸いセリーナには天賦の才があった。
武に秀でたブレイド家の血を色濃く受け継いだ剣の才。そして母から受け継いだ魔法使いとしての才。
セリーナを拾ったギルド職員は、その優れた容姿を生かして将来受付嬢になることを期待したが、彼女は剣の道を選んだ。
寝る間も惜しんでひたすら鍛錬を重ねる日々、それは鬼気迫るものであった。意識を失うまでひたすら剣を振る。目が覚めたらまた同じことを繰り返す。何千回何万回……
すべては己の家族と人生を滅茶苦茶にしたものを打ち倒す力を得るために。
「なあ碧眼、お前から見て王国で一番強い冒険者は誰だと思う?」
「……知らん。私は自分が強くなることしか興味がない」
「かあ……相変わらずだなお前は。そんなんだから恋人の一人も出来ないんだぞ? 容姿は抜群なのに勿体ない」
「生憎だが色恋にはもっと興味がない。用件がそれだけなら行くぞ」
「わわっ、待てって。実はな、今回の依頼に関係がある事なんだよ」
「……なんだ、だったら回りくどいことを言わずに最初から言え」
「実はな、王国最強と言われる白銀級の『氷剣』お前も名前ぐらいなら知っているだろ?」
「知らん」
「……お前は普段何をしているんだ?」
「鍛錬だが?」
「……そうだったな。まあいい、実はこの街の近郊でキラーアントの巣が発見されたんだ。幸いまだ初期状態だから兵隊が揃うまでにはかなり猶予はある」
「なるほど、それで私に駆除しろと?」
キラーアントは災害級指定の魔物で、一度巣が完成すると大規模な騎士団でないと対応できない。しかも女王が繁殖期に入ると餌を求めて街を襲って壊滅させる。その増殖能力は凄まじく、早期に対応することが推奨されている。
「違う。キラーアントの女王は討伐推奨レベルが金+だ。いくらお前が強くても依頼は出来ない」
討伐推奨レベル金+とは、金級ならば最低でも複数、単独ならば白銀級の冒険者が必要とされる。
「ならば私を呼び出した理由はなんだ?」
「駆除を『氷剣』に依頼したんだが断られた。そこでもう一人の白銀級に依頼することにしたんだが、奴さん旅の冒険者でな、中々足取りが掴めなくて苦労しているんだ」
「話が見えんな。私に関係無いではないか」
「いや、そこで今回の依頼だ。お前にはその白銀級に会って依頼を受けるように説得してもらいたいんだ」
「断る」
興味がないとばかりに踵を返すセリーナ。
「待てよ、お前の探している情報に関係があるかもしれないんだぞ?」
「……何だと?」
碧眼の目の色が変わる。
「お前がずっと探している『エステル』の行方、その男も探しているらしい」
「……話を聞こうか」
「ああ『白銀の貴公子』ファーガソンっていう若い冒険者なんだが、こいつが化け物でな? 史上最年少で白銀級まで上り詰めた――――」
「……待て、今なんと言った?」
「だからファーガソンって男に会って説得――――
「その男の特徴を教えろ」
鬼気迫る碧眼に気圧される男。
「あ、ああ、俺も会ったことは無いんだが、柔らかいプラチナブロンドに水色の瞳が特徴的らしい。その整った容姿から付いた二つ名が『白銀の貴公子』とにかくモテるらしくて――――」
「余計な情報はいらない。依頼は受ける」
「おお、受けてくれるか!! 助かったよ碧眼」