第九十二話 神速の風と勝負の行方
「ファーガソン、約束だ勝負しろ」
昼食がひと段落したところで碧眼の刃セリーナ・ブレイドがやってきた。
やれやれ食後はゆっくりしたかったんだが仕方がない。約束したのは俺なのだから。
「ファーガソン、誰この女?」
「さっき話した碧眼の刃セリーナ・ブレイドだ」
「ああ……なるほど、この女が……」
リエンが見定めるようにセリーナをじっと見つめている。
「お前に用は無い、ファーガソンと勝負しに来たのだ」
「というわけだ。ちょっと行ってくるからその間ここを頼めるか?」
「わかった。任せて」
セリーナと二人でその場を離れる。
「武器はどうする? 摸擬刀は生憎用意していないが」
「真剣勝負だからな。手加減は無用だ」
真剣勝負と言われてもな……任務中にそういうわけにもいくまい。
だが言って聞いてくれるとは思えないし引き下がることは無いだろう。ならばここでケリを付けておいた方が良いか。
「わかった。だが、ここでは目立ちすぎる場所を変えるぞ」
「私はどこでも構わんが好きにしろ」
「この辺りで良いか……」
木々に囲まれた適度な広さの平地、戦うのなら丁度よい。
「よし、いつでも始めて良いが、一つ聞いて良いか。なぜお前は俺との勝負にこだわっているんだ?」
「……私に勝ったら教えてやる」
まるで俺に親を殺されたかのような凄まじい殺気だ。心当たりはまるでないが、どこかで恨みを買ってしまった可能性もある。
――――消えた? いや、高速で移動しているだけだが……速い!!
一瞬考え込んだ隙を突いてセリーナが仕掛けてきた。一瞬でレンジ内に入った、なんという瞬発力だ。
「シッ!!!」
ものすごく低い場所からカチあげるような軌道で細身の剣……おそらくはレイピアが迫る。
かわすか受けるか、考える時間は一瞬もない。
バックステップで皮一枚かわす――――が、追撃が止まらない。
無駄の無い最小限の動きで繰り出される剣舞のような連続攻撃……思わず見惚れそうになるが、そんな余裕はさすがに無い。
なにせセリーナは速いだけでなく常に影になる位置から的確に刺突を繰り出してくるのだ。おまけにその速さは落ちるどころか上がる一方だ。少々彼女の力量を舐めていたかもしれない。
(それにしても体の使い方が上手いな……スピードだけなら氷剣に近いレベルか……)
正直、銀級レベルではない。このまま活躍を続ければすぐに金級にも手が届くだろう。
「逃げてばかりだなファーガソン、剣を抜け!!」
激昂するセリーナの速度がさらに上がる。
(魔法剣士か……厄介だな)
おそらくは風の魔法を使っている。リエンのことを知らなければ気付かなかったかもしれない。
風が剣速を引き上げ動きを高めているだけでなく、風で音が消されるので予備動作や剣筋が非常に読みにくい。
「はああああっ!!!」
セリーナの雰囲気が変わった。何か仕掛けてくるつもりだ。
あまりの速度に残像がブレて二人に分かれたように見えるセリーナが左右同時に襲い掛かってくる。この期に及んでまだスピードが上がるのか……!?
「チッ」
風で軌道が変わるのかよ!?
ギィイイン!!!
「さすがだな、これを受けられたのは初めてだ」
たまらず予備の剣で受けた――――が、剣先を滑らせるようにして避けにくい身体の中心を狙った追撃が来る。
体重の乗った重い一撃だ。これは躱せない。
しかしその動きのクセはそれまでの手合わせで読んでいる。
ギリギリの間合まで引き付けてから戻した剣の柄で刀身を弾く。
ガギィイイン!!!
「くっ……!?」
セリ―ナのレイピアが宙に舞う。
ふう、勝負あった――――
――――が、セリーナが笑った!?
まずい、セリーナの動きの本命は他にある!!
「死ね」
セリーナが隠し持っていたもう一本の剣が完全な死角から突き上げられる。
二刀流――――すべての動きはこの時のこの技のためのフェイクだったか。
神速ともいえるスピードから繰り出されたまさに必殺の剣。
意識外からの一撃、避けることはもちろん受けることすら難しい。
ギィイイン!!!
「なっ!? 受けた……だと」
セリーナの手首を掴んで脚を刈る。
「がはっ!?」
地面に押さえつけるように馬乗りになる。
「これで……勝負あり……だ。お前は素晴らしい剣士だなセリーナ」
お世辞や慰めじゃあない。タイミングも完璧だった。油断させてからの見事なコンビネーションも非の打ちどころがなかった。
ただ――――身体能力の差、潜り抜けてきた修羅場の数の差が出ただけだ。
「…………負けたか」
セリーナの先ほどまで纏っていた焼けるような殺気は跡形もなく霧散した。
「私の負けだ。殺すなり好きにするがいい」
「いやいや、仕事の仲間を殺してどうする。別に何かを賭けて戦ったわけでもないのだから気にするな」
「馬鹿を言うな。真剣勝負だと言ったはずだ。私はお前を本気で殺す気で剣を振るったのだ。何もなしでは筋が通らない」
うーん……本当に真っすぐというか実直というか。
「そうだな……それならバールへ到着したら酒をご馳走になろうか。それと……なぜ俺との勝負にこだわっていたか、聞かせてもらえるんだよな? セリーナ」
「酒か……わかった。街に着いたら必ずご馳走してやる。そしてお前との勝負にこだわっていた理由か――――」
セリーナは遠くを見つめてから大きく息を吐く。
「少し長くなるが良いか?」
「ああ、構わない」
思い詰めたような表情には若干の戸惑いと迷いのようなものが見える。あまり話したくないことなのだろう。俺が姉上のことを他人に話したくないように、誰にだって話したくない過去はある。今更だが聞かない方が良かったかもしれない。
「――――十年前のことだ」
しばしの沈黙の後、意を決したようにポツリと話し始めたセリーナ。
「私には婚約者がいた」
「……婚約者? セリーナお前……やはり貴族だったのか」
「ああ、ブレイド伯爵家……今はもう残っていないが……な」
吐き捨てるように自虐的な笑みを浮かべるセリーナ。
その悲しげな表情を見た瞬間、俺の記憶の中で何かが繋がったような気がした。