第九十二話 ファティア特製ランチを召し上がれ
「ファーガソン、今日の目的地は宿場町だったな?」
「ああ、バールという中規模の宿場町だ。ダフードの外郭都市としての機能もあるらしい。特産の酒が旨いらしいから楽しみだ」
今日の目的地は宿場町バール。途中休憩をはさみながらでも夕方までには余裕をもって到着できる距離だ。
バールまではダフードの一部という扱いとなっており、付近には小さな集落や村が点在しているのが見える。この辺りでは滅多に魔物の被害も無く、予算をケチってバールまでは護衛を雇わないケースも多いと聞いて驚いたが、実際に通過してみると納得できるほど、国内でも屈指の安全なエリアだと感じる。
「酒か……飲まない私にとってはどうでも良い情報だが、酒が旨い場所は料理も美味いというからな。食事には期待したいところだ」
「うーん、どうだろうな? 宿場町はどこも飯はそれなりというところが多いからな。あまり期待しない方が良いかもしれん」
「そうなのか? ところで……皆ずいぶんと気を抜いているんだな」
談笑しながら歩く冒険者たちを眺めながらリエンがポツリとつぶやく。
「まあな、見晴らしも良い場所だし異常があればすぐにわかる上、こののどかな田園風景だ。警戒しろという方が難しいだろう。だが、ああ見えて何かあれば瞬時に切り替えられるのが冒険者だ。ずっと気を張っているといざという時に疲れてしまうからな。オンオフの切り替えもまた冒険者に必要なスキルだな」
「なるほど……たしかにその通りかもしれない。その辺の感覚は魔法を使う時に似ているな」
リエンにはああ言ったものの、実際には本気で気を抜いている冒険者もいる。まあ魔物どころか地元の人々が普通に移動しているのが見えるのだ。正直街中の方がまだ緊張感があるからやむを得ない部分もあるが。
「経験上、そういう時に限ってイレギュラーなことが起こる――――ことが多いんだが、ドラコとシシリーがいるおかげでその万一も起こりそうもないからな」
竜とマダライオンという強力な魔物の気配を感じて普通の魔物は襲い掛かるどころか近寄ってさえ来ない。もしそれでもあえて近づいてくるならば、それこそ災害級の敵ということになるが、そんなモノがこんなところに出現するようならとっくに街は滅んでいる。
以前、リエンが言っていたが、竜同様に強力な魔物は魔力濃度つまり人間が住めないほど魔素が濃い場所にいるのだろう。
「たしかにな……索敵の魔法もまったく異常なしだ。ここまで平和だと眠くなってくる」
苦笑するリエン。お前の索敵魔法もあるから余計に気が抜けてしまうんだがな。
実際それからしばらく何事も無く一行は街道を進んでゆく。
『ふぁーぎー、りえん、りりあからさしいれ』
変化のない時間を打ち破ったのは、可愛らしい鳴き声。パタパタ飛んでくるドラコの手にはバスケットがぶら下がっている。
「おお、お使いありがとうドラコ。中を見ても良いか?」
『ふふ~どうぞ~』
ちゃんとお使いが出来て嬉しそうなドラコの頭を撫でると目を細めて舌をちょろっと出すのが実に可愛らしい。
「おお、焼き菓子か!! しかも焼きたてじゃないか。これは美味しそうだ」
中身を見るなり無表情だったリエンが大いに瞳を輝かせる。
「ホットシトラもありがたいな」
エリンから譲ってもらった湯を沸かす魔道具は思った通り大活躍だ。もちろんリエンに沸かしてもらうことも出来るが、やはりいちいち頼むのは面倒だし彼女の負担も大きい。
『はあ……羨ましい。私もファーガソン様のパーティーに入れてもらいたいわ」
『たしかにねえ……ああ……良い香りがしてきて……お腹が……』
むう、俺たちだけ食べているのはなんか申し訳ないな。
「ドラコ、たくさん入っているみたいだから、他の冒険者にも焼き菓子配ってくれないか?」
『あい!! わかった~』
焼き菓子をもらった冒険者たちは大喜び。ドラコもすっかりみんなの人気者になっている。
『ボクもナニカホシイ……』
「ああ、気が利かなくてごめんねシシリー」
リエンが頑張ってくれているシシリーに大好きな干し肉を与えている。
さあ、あと少し頑張れば休憩地点だ。
「そろそろ休憩するぞ」
周囲を見渡せる小高い丘陵地帯に差し掛かったところで一行は馬車を停める。
この場所で昼食を兼ねた最初の休憩をとるのだ。まだ太陽の位置はそれほど高くないが、出発したのが夜明け前なので早めの昼食、場合によっては遅めの朝食といったところだ。
例のごとくアリスターさんの護衛任務は食事付きなので、冒険者たちは瞳をキラキラさせながら集まってくる。やはり食事は一番の楽しみだからな。
今回もファティアは料理人として雇われているので、慣れた様子で大人数の食事を準備してゆく。
「おお、昼食はローラーか!!」
集まった人々から歓声が上がる。
「はい、ダフードで食べたローラーが美味しかったので、それを参考にアレンジしてみました。皮と具材を分けてありますので、お好みで自由に包んで食べてください。赤いのはガラムという辛い香辛料ですので、苦手な方は付け過ぎないように注意してくださいね」
積み上げられた皮、野菜、味付けされた肉類、なるほどセルフサービスなら手間も減る。考えたなファティア。
「きゃああっ!? 何このスープ……こんな美味しいの生まれて初めて……」
「大袈裟ね。どれどれ……ひうっ!? あわわ……お、美味しい……美味しいよ……」
ローラーに人々が群がる一方で、先に熱々のスープを飲んだ女冒険者たちがあまりの美味しさに涙目になっている。
あまりにも反応がすごいので、それならばとスープにも列が別れて出来る。
「ファーガソンさんとリエンさんもお疲れ様です」
ファティアがローラーとスープを運んできてくれた。
「わざわざ悪かったな。自分で取りに行ったのに……」
「いいえ、パーティーの食事は私の担当ですからね!! 戦闘でお役に立てないのですから、頑張らせてください」
胸を張って張り切るファティア。それにしても明らかに俺たちのだけクオリティが違うな……滅茶苦茶美味そうだ。
「美味しい……リエン、あのスープ、昨日のキノコの残りを使ったな?」
「ふふ、さすがリエンさんですね。はい、昨日余った切れ端や使わなかった部分が勿体無かったので使いました」
なるほどね。これは貴族でもめったに食べられないレベルのご馳走だな。
「しかし上手いこと考えたものだな。自分で作らせるとは」
「えへへ、あれはチハヤさんに教えてもらったんです。えっと……たしかビュッフェスタイルとか言うらしいです」
ほう……チハヤの世界は食も進んでいると聞いてはいたが、食事スタイルも進んでいるんだな。