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第八十九話 夜明け前の冒険者ギルド


 街全体が深い眠りについている夜明け前だが、冒険者ギルドのある一角はこの時間が実は一番騒がしく活気があったりする。


 というのも、街を出て旅をする場合、出来るなら夜営は避けたいし、日が落ちるまでに少しでも移動時間に余裕がほしい。ダフードの場合、最寄りの町や村であれば、夜明け前に出発すれば日が出ている間に到着することが出来るため多くの隊商や旅人はこの時間に出発するのが基本なのだ。それは彼らに伴って移動する冒険者たちもまた同じわけで。


 ギルド周辺には、冒険者や依頼人である商人たちを目当てに露店や屋台が並ぶ。この暗くて寒い時間に食べる熱々の料理は他に代えがたいほど美味いんだが、今日はサムの差し入れがあったのでまた次回の楽しみに取っておこう。


 どの街にも言えることだが、冒険者ギルド近隣の酒場は仮眠できるスペースを設けているのが普通だ。ダフードの場合はギルド自体に立派な仮眠室があるが、あそこは冒険者しか使えないからな。


 俺はこの暗さの中にわずかに明るさの予感みたいなものが溶け込んだこの時間帯独特の空気感が好きだ。


 馴れ親しんだ場所を離れる寂しさはもちろんあるのだが、どうしようもなく胸が躍ってしまう。


 まあ、そんなヤツは俺ぐらいで、ほとんどの人々は何事も無いようにと旅の無事を祈るものだが。



「おはようございます!! ファーガソン様」


 昨晩言っていた通り、今日の早番はシンシアか。


「おはようシンシア。今日も綺麗だな」

「な、ななな何を言っているんですかっ!?」


 いつものように完璧な営業スマイルを浮かべていたシンシアが真っ赤になって慌てている。


「ハハハ、お前でも動揺することがあるんだな」


 普段冷静沈着なシンシアのレアな反応が最後に見られて良かった。


「もうっ、貴方のような人はグラッセルスタッグにお尻をかじられてしまえばいいんですっ!!」  

「それは怖いな。奴らの牙は返しがあるから噛まれると酷いことになるらしいぞ」


 さすがギルド職員だ。ずいぶんとマニアックな魔物を出して来たな。


「……本当に気を付けてくださいね? 約束ですよ」

「ああ、もう一度シンシアに会うまでは死ねないからな」



「朝っぱらから息を吐くように受付嬢を口説くとはさすがだね、ファーガソン」

「エリン……わざわざ来てくれたのか?」

「わざわざもなにも、ここが私の居場所だからね」


「あれ? ギルドマスター今日はお休みでしたよね?」

「……シンシア余計なことを言うんじゃない」


 照れくさそうに頬を染めるエリンとはこれまたレアだな。


「まあファーガソンについては殺そうとしても無理だから全く心配していないが、仲間はそうじゃないからね? 気を付けて行くんだよ」


 エリンの言うとおりだな。どんなところに落とし穴があるかわからない。これまでの一人旅とは違う。油断大敵、気を引き締めていかないと。


「ありがとうエリン。魔王城に乗り込むつもりで警戒するよ」

「うん、それでいい。ほら、依頼人を待たせちゃだめだよ?」


 エリンの目線の先ではアリスターさんが微笑ましそうな様子でこちらを見守ってくれている。


「それじゃあ行ってくる」


 さよならは言わない。


「行ってらっしゃいファーガソン」

「行ってらっしゃいませファーガソン様」


 二人の声に背中を押されて受付を後にする。これで本当にしばしお別れだな。


 

「もっとゆっくり話してもらっても良かったですのに」


 人の良さそうな笑顔でそんなことを言うアリスターさん。


「ハハハ、さすがに俺の都合で皆を待たせるわけにはいかない」

「あはは、そんなこと気にしないでください。雇っているといっても、こちらがお願いしている立場ですから」


 相変わらず腰が低くて好感の持てる人物だ。こういうタイプは商売の垣根を超えて自然と協力者に恵まれるから、きっと成功するだろう。


「まあ護衛として雇われた以上は全力で守らせてもらう。たとえグリフォンや竜が相手でも、な」

「それは頼もしいですね!! まあ私自身、ファーガソン様がいらっしゃる時点で何も心配していないわけですが」


 隊商を率いるリーダーというものは、商売だけではなく大勢の命を預かることになるため並大抵ではない重圧がのしかかる。どの程度護衛を雇うのかというのも、費用と安全をいわば天秤にかける行為であるから、常に難しいのだ。費用だけでなく信用できるのかという部分で人を見る目も問われることになる。自分で言うのもなんだが、通常白銀級が護衛に付くことはまずない。あったとすれば王族クラスくらいのものだろうから、アリスターさんが日程をずらしてまで待ってくれたのにはちゃんと合理的な理由があるのだ。


「ところでアリスターさん、今回の護衛は何名雇っているんだ?」


 大きな隊商ともなるとそれなりの数の冒険者が護衛として雇われる。当たり前の話だが、荷物が増え人数が増えれば、目が届かなくなるし、守り切れない部分が出てくる。


「はい、一応ファーガソン様のパーティを除いて二十名です」

「二十名? ずいぶん少ないが大丈夫なのか?」


 この規模だと万全を期すならば五十名は欲しい。俺たちがあてにされているのかもしれないが、それにしても若干少ない気がする。


「ははは……まあそうなんですけどね。ですがほら、あの方々がいらっしゃるので……」

「ああ……なるほど……すっかりそのことを失念していたよ」


 少し離れたところに集まっている武装した集団。高価そうな装備一式を身に纏い、訓練の行き届いた所作はあきらかに異質でギルド内ではかなり浮いている。その中の一人が俺の視線に気付いて駆け寄ってきた。


「おはようファーガソン殿、一緒に旅が出来るのは嬉しいぞ」

「おはようトラス。まさか本当に付いてくるなんて思わなかったが」

「ははは……お嬢様には勝てないからな」


 両手を上げてお手上げだと苦笑いするトラス。


 数日前、突然リュゼが一緒に付いてくると言い出したのだ。


 普通ならそんな勝手な行動が許されるはずも無いのだが、リュゼの場合すでにお見合いという仕事は終わっており、王都でのイベントに間に合えば良いだけという状態。トラスによれば、元々用事が済んだら後は好きにして構わないという実質休暇扱いの今回の旅程。リュゼの希望を阻む理由は存在しないのだ。


 それに加えて宰相がグリフォンに襲われて死亡したこともあって、護衛騎士団が俺たちと一緒の方が安全だと判断したことも大きい。また先日のようなケースが起こらないとは誰にもわからないのだから。


 俺としても大歓迎だ。リュゼが側に居ればあらゆる悪意、災害から守ってやれるし、チハヤたちも一緒に旅が出来ると喜んでいたしな。

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