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第八十八話 ダフード最後の夜


 カリンと別れて向かうのはフランドル商会だ。


「いらっしゃいませ、ファーガソン様」


 フランドル商会は基本的に何時でも営業している。深夜だろうが早朝だろうがそれは変わらない。ビジネスチャンスを逃すまいという姿勢なのだろう。その商魂のたくましさには頭が下がる。


「夜分遅くにすまないな。リリアはいるか?」

「はい、すぐに呼んでまいります。少々お待ちを」



「いらっしゃいませファーガソン様、明日は早いのではなかったのですか?」


 いつもの制服姿ではなく、明らかに寝間着姿のリリアが姿を見せる。


「寝るところだったのに悪かったな。色々世話になったから出発の挨拶と、これはリリアに土産だ」


 もちろん向こうは商売ではあるのだが、リリアは本当に期待以上によくやってくれた。こうして少しでも返したいと思うほどには。 


「それはご丁寧にありがとうございます。とても嬉しいのですけれど――――」


 どこか困ったように微笑むリリア。相変わらず十代の少女には見えない。


「もしかしてこういうのは禁止されているのか?」


 たしかに度が過ぎれば賄賂や不正の温床になりかねないが……


「いえいえ、そんなことはありません。ただ……私も同行させていただきますので、お気遣いは無用かと」

「ん? 同行……? まさかリリアも一緒に行くのか?」


「はい、ウルシュ経由で王都へ向かうと伺っております。私も南回りで王都へ向かう予定でしたので、ご一緒させていただくことにいたしました。もちろんアリスターさまには同行する旨、許可をいただいておりますのでご安心を」


「リリアも王都へ……もしかして王都で行われる大規模なイベントと関係あるのか?」

「ええそうです。これ以上ないビジネスチャンスですからね。それに――――」

「……勇者か?」

「はい、例のオコメの件を含めて王都で色々と勉強する予定です」


 なるほど……フランドル商会の将来を背負って立つ逸材だからな。今の内に学ばせておくつもりなのだろう。


「わかった。いわば移動式フランドル商会といったところだな。頼りにしているよ」 

「私もファーガソン様ご一行には期待しております。これは商人としての勘ですけれど」 


 そちらが本音か。まあ良いだろう、商会のネットワークや情報は役に立つ。これから先、リリアの世話になる事もでてくるだろうしな。


「じゃあまた明日、おやすみリリア」

「はい、おやすみなさいませファーガソン様」




「お帰りなさいファーガソン様」

「ただいまハンナ」


 結局、宿に戻ったのは日付が変わる直前になってしまった。あと数時間後には宿を発たなければならない。


「皆さまはもう寝てらっしゃいます。ファーガソン様はいかがなさいますか?」

「そうだな……部屋に戻って仮眠をしても良いんだが……今夜は眠れそうにない」


 紺碧亭で食べたガルガル焼きのせいで眠れないとは言えないが。


「それなら私の部屋で――――」

「待ちなさいハンナ、ファーガソン様は私の部屋に来るのです」

「くっ……サラさま、ずるいです!!」


 むう、これは少しハンナが可哀想だな。


「サラ、どうだろう。ハンナも一緒というのは?」

「ええっ!? ですが、ファーガソン様もお疲れですし……」

「ハハハ、それなら気にしなくていい。二人でも四人でも余裕だからな」


「まあ……たくましいのですね。わかりました……ハンナ、今夜は特別ですよ?」

「わああいい!! ありがとうございます!!」


 大喜びのハンナとその様子を微笑ましく見つめるサラ。こうしてみると仲の良い姉妹のようだ。


「ところで、今更なんだが、宿の方は大丈夫なのか?」


 二人一緒に抜けてしまったら受付に人が居なくなってしまう。


「大丈夫ですわ。当宿は本日ファーガソンご一行様貸し切りですので」


◇◇◇


「ファーガソン様、そろそろ皆さまを起こさないと間に合わなくなりますわ」

「そうだな。サラ……本当に世話になった。またこの街にやって来る時は、必ずここに泊らせてもらうよ」

「はい、お待ちしております」


「ハンナ、元気でな。滞在中快適に過ごせたのはお前のおかげだ」

「うわあああん……寂しくなります!! どうかお気を付けて」



「ふわあああ……まだ眠いよファーギー……」

「あはは、ほらチハヤさん、冷たい水で顔を洗えば目が覚めますよ」


 寝ぼけ眼のチハヤへファティアが冷たい水の入った桶を渡す。ドラコはチハヤの頭の上で丸くなってスヤスヤお休み中だ。


「ひえっ!? 本当に冷たい!? リエン、お湯にして!!」

「……朝から魔女使いが荒いな……ほれ、こんな感じで良いか?」

「わあ……丁度良いよリエン、さすがだよね」


「リエンさん、あまりチハヤさんを甘やかさないでくださいよ……」

「まあ良いじゃないか。ほらファティアのもお湯にしてやったぞ」

「……温かい……これは人間が駄目になりますね……」 


 この時期、朝方は結構冷え込むからな。


 正直に言えば、俺もお湯にしてもらいたいところだが、ファティアの言う通り人間が駄目になりそうなのでやめておく。



「旦那ああ!! おはようございます!!」


 出発の準備をして、ナイトとスノーを馬車に繋いでいると、息を切らしながらサムが走ってきた。


「おお、サムか!! もしかしてわざわざ来てくれたのか?」

「へい、夜明け前の出発じゃあ朝食も満足に食べられないんじゃないかって思いやして、焼きたてのパンを差し入れでさあ」


 何の大荷物かと思ったらパンだったのか。


「わああ!! パンだ!! ありがとうサム」

「こんなにたくさん……ありがとうございますサムさん」

「おお……食べたことが無い種類もあるな。でかしたサム」


 喜ぶチハヤたちを見てサムも嬉しそうだ。


「ギルドに預けて行こうと思っていたんだが、みんなで集めた感謝の気持ちだ。受け取ってくれ」


 中身はアライオンの森で採ったキノコや果実。比較的日持ちがするものを選んだ。チハヤたちも自分が採った分から少しずつ出し合ったので、結構な量になってしまった。後で中身を知ったら腰を抜かすかもしれないな。


「ううう……こんなアッシのような底辺冒険者風情になんという……ありがたくいただきやす!!」


 典型的な悪党面のサムが泣くとかなり怖い。だが外見とは違って本当に良い奴なんだ。



 思えばこのダフードで出会った人たちは皆素晴らしかった。


 今はこの街が俺たちの本当のホームのように感じる。旅を続けてきたが、こんな感情を抱くのは初めてかもしれない。


「また戻って来ようね」

「はい、必ず」

「そうだな、私もこの街が好きだ」


 皆も同じ気持ちのようだ。


「さあ行くか。依頼人が待ってるぞ」

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