第八十六話 戻って来なくてはいけない理由
「あら、ファーガソン様!! どうなさったんです? 今夜は領主さまのお屋敷に行ってらっしゃるとばかり……」
冒険者ギルドに入ると、受付には驚いた表情のローラの姿が。
「いや、世話になった礼に土産を持ってきた。大きな声では言えないが、アライオンの森で採ってきた貴重なキノコや珍しい果実だ。良かったら受け取ってくれ。自分で食べても良いし、売って資産を増やすのも良いだろう」
「わわっ、これはちょっと表には出せないですねえ……貴重なものをありがとうございます。それにとても可愛いバスケットとラッピングですわね」
アリシアのおかげで見栄えがすごく良くなっている。そのままピクニックに出かけたくなるようなバスケットにお洒落なリボンがかけてある。もし中身が空っぽでも俺だったら嬉しい。
「今日はシンシアはいないのか?」
「シンシアは今日はお休みですわ。私から渡しておきましょうか?」
ふむ、休みだったか。
「いや、丁度店まで行く用事があったからその時渡すよ」
「そうですか。それより……今夜が最後ですよね?」
「ああ、そうだな」
「今日は暇なんです。VIPルーム……行きませんか?」
暇か……俺の後ろにローラ目当ての長蛇の列が出来ているように見えるがおそらく幻なのだろう。
「そうだな、頼むよローラ」
◇◇◇
「ファーガソン様、私、結婚することになったんです」
「それはおめでとう……といって良いのか?」
「はい、領主さまの親戚筋のご令息で、家格も上ですし申し分ない縁談ですからね。仕事も続けて構わないと言ってもらえましたし、この街から離れなくても済むのは本当にありがたいです」
「良い話じゃないか。面識はあるのか?」
「何度かお食事を共にしたくらいですけれど。最初は断ろうかと思っていたんですけどね……」
たしかにローラは結婚は考えていないというような話をしていたな。姉二人がしっかりしているので両親も本人の自由にさせてくれているとも聞いた。
「なんで結婚する気になったんだ?」
「ん~聞きたいですか? 私が結婚するって聞いて気になっちゃいますか?」
ニマニマ嬉しそうなローラ。
「まあ、気になるな」
「ふふふ、嬉しいです。実はですね、ファーガソン様の子どもを後継ぎとして認めてくれるって約束してくださったので」
ぶふぉっ!?
飲みかけたシトラ水を噴き出した。
「妊娠したのか、ローラ?」
「その予定です。自信があります」
「そ、そうか、なかなか器の大きい男だな」
「器が大きいというよりも、ファーガソン様の血が欲しいだけだと思いますよ? そもそも結婚しても一緒に住まないですし」
同居しないケースというのは珍しいことではない。貴族における結婚というのは、あくまでも契約の一つであって、恋愛とは関係がないからな。
「ファーガソン様」
「なんだローラ?」
「自信はありますけれど、確信が持てないのでもう一度ファーガソンお願いします。私の幸せな結婚のためにも」
「わかった……俺の全力を出すと誓おう」
「確信きましたよ!! 絶対にまたダフードへ来てくださいね!! 今度は可愛い赤ちゃんの顔を見に来てください」
「ああ、俺も命の女神ラヴィアに祈るよ。ローラ似の可愛い女の子が来てくれるように」
「あら? それでは私はファーガソン様似の男の子を願いますわね」
うむ……冷静になってみると、割と大変な状況を作ってしまった気がする。可能性だけなら二桁超えてしまう。
いや、考えるな。金さえあれば大抵は何とかなる。何人生まれても良いようにもっと稼がないとな。
「あら? ファーガソン様!! 良かった!! まだいらしたんですね!!」
ローラと別れてVIPルームを出たところで、グレーの髪をアップにした受付嬢とバッタリ会ってしまった。
「やあ、ジル。最後の挨拶に立ち寄らせてもらったんだ。明日も来るが夜明け前には出てしまうからな」
髪色はアリシアと似ているんだが、アリシアが肉食獣だとしたらジルは草食獣だ。知的なブルーの瞳が何やら期待に満ちている。
「聞きましたよ、ローラにお土産を渡したんですよね?」
まずい……さすがにジルの分までは用意していない。
「ふふふ、気にしないでください。お土産なんて期待してませんから」
優しく微笑むジルの姿に心が痛い。
「だからね、ほら、ちょうどそこにVIPルームがあるじゃないですか? ふふ、期待……して良いんですよね? ファーガソン様」
訂正……ジルも立派な肉食獣だった。
「ありがとうございました。私だけタイミングが合わなくて悔しかったんですよ。また来てくださいね? いつでも待ってますから!!」
満面の笑みのジルに見送られてギルドを出る。
いかん……すっかりギルドで時間を使ってしまった。
急いでシンシアの母テレシアさんが営む『紺碧亭』に向かう。
「あら嬉しい!! ファーガソン様がわざわざ来てくださるなんて!! 今日は閑古鳥が鳴いていたからね、すぐに店を閉めて来るからちょっとだけ待っていておくれ」
太陽のような眩しい笑顔のテレシアさん。
閑古鳥か……俺の目には満席で店に入れなくて行列している光景が見えるのだが、きっと疲れているのだろう。
「わあ!!ファーガソン様、いらっしゃいませー!!」
タイミングよく買い物から帰ってきたシンシアもボフンと胸に飛び込んでくる。
「ふふ、本当に仲が良いねシンシア。ファーガソン様は食事は済ませて来たのかい?」
「一応は」
「そうかい、それじゃあとびっきりの用意したから食べておくれよ」
ドンとテーブルに大皿が置かれる。
前回食べたガルガル焼きよりも大きいんだが……今の質問の意味は?
「相変わらず美味そうだな。いただくよ」
今日は肉類を食べていないので問題なく食べられる。
「……呆れたね。全部食べちゃったよ」
「本当ですね……人間に食べ切れる量じゃないのに……」
……なぜそんな量を出したのか聞いてもいいだろうか。
「ふふふ、準備万端だね、今夜が最後なんだ。思い残すことがないようにね」
「私ね、明日早番になるために今日お休み取ったんです。だから明日は私がファーガソン様を御見送りしますね!!」
「ありがとうテレシア、シンシア、また美味いガルガル焼きを食わせてもらいに必ずまた戻って来る」
「おや? 私たちはおまけなのかい?」
やれやれ、勝てないな。
この街に戻って来なくてはいけない理由がまた一つ増えてしまった。