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第八十五話 アリシアとセバスチャン

 

「あれ? ファーギー、もう行っちゃうの?」


 料理を目一杯詰め込んでいるせいでクリスのように両頬が膨らんでいるチハヤ。


 談笑している邪魔をしないように気配を絶って立ち上がったんだが、あっさり腕を掴まれた。天才的に勘が良いのか、転移者ゆえの特殊能力なのか? 本人は無自覚だろうが、時々感じる規格外の能力には驚かされる。


「ああ、遅くならないうちにあちこち土産を配らなくてはならないからな。チハヤたちはゆっくり食べてから宿に戻っていてくれ」

「うん、わかった」


 最初から別行動することは決まっていたので、あっさりと解放してくれるチハヤ。一瞬目を離しただけなのに、両頬の膨らみが消えているが、まさか食べたのか? それともクリスのようにどこかへ隠したのかもしれないが。



「アリシア、ファーガソン様をお願いします」

「かしこまりましたマリア様」


 マリアが気を遣ってアリシアに声をかけてくれた。これでマリアとこの街で会うのは最後になるだろう。さすがに領主という立場だ、この場で抱擁し合うわけにもいかない。部屋を出る最後の瞬間まで、せめて視線だけは外さない。


『またお会いしましょう』


 マリアの唇はたしかにそう言っていた。



 

「悪いなアリシア、忙しいのに」

「いいえ、ファーガソン様は当家にとって一番大切なお客様ですから、この私が対応させていただくのは当然のことです」


 アリシアは屋敷に百人以上いるメイドのリーダーというだけでなく、マリアの身辺警護のサブリーダー的な役職も兼ねるという激務をこなしている。サラッとこなしているように見えるが、あれは数手先まで予測することで無駄な動きをしていないから可能な芸当。おまけに信頼できる人柄となれば替えが効かない人材だ。


 俺にとっても、アリシアがマリアの側に居てくれることでどれほど安心できるのか、言葉にするのは難しい。



「ファーガソン様がお持ちになるお土産ですが、こちらにまとめてありますので」

 

 そんなアリシアだが、俺たちがゆっくり風呂に入っている間に、土産用に分配して綺麗にラッピングまでしてくれていたのだ。そのままのブツを手渡ししようとしていた自分が恥ずかしい。


「それから、こちらがマリア様から預かった紹介状です。この先、ウルシュまでの各領主宛てのものとなりますので、少しでも旅先でお役に立てればと。すでに先行した早馬にてファーガソン様一行のこと、連れてらっしゃる魔獣の件も伝わっているはずですので、その点もご心配なく」


 マリアの心づくしの配慮が本当にありがたい。


「マリアによろしく伝えてくれ。もし困ったことがあれば、すぐに駆け付けると」

「はい、そのように伝えます」


 決して表情を変えないアリシア。そのプロ意識は見上げたものだが、実際ここまでビジネスライクに接されると少しだけ寂しくもある。アリシアとも最後になるのだから、少しぐらい本音で話しても良いだろう。


「アリシアにも滞在中世話になったな。何か礼がしたいが、欲しいものがあれば遠慮なく言ってくれ」


 あまり大したことは出来ないが、可能なものなら報いてやりたいと思う。


「ふふふ、私にそれ聞いちゃいますか? そんなの決まっているじゃないですか」


 アリシアの赤みを帯びた肉食獣のような瞳が光る。



「ずっと我慢していたんですよ。最後にチャンスを下さったマリア様に感謝です」


 編み込んだ灰色のおさげ髪をするすると解いて妖艶な笑みを浮かべるアリシア。


 なるほど……最後まで彼女らしいな。


「また足腰が立たなくなるんじゃないか?」

「あはは、望むところです!!」




「申し訳ございませんファーガソン様……ここでお見送りさせていただきます」


 足腰が立たなくなったアリシアを置いてゆくのは若干申し訳ない気がするが、本人は満足そうなので良しとしよう。


「達者でなアリシア。またダフードに来るつもりだ。もし王都まで来るのならその時に会えるかもしれないが」

「はい、王都までは私も同行いたしますので、楽しみにしています」


「レイダースの輸送、くれぐれも慎重にな。心が折れ切っているとはいえ、油断は禁物だ」

「ご心配なく。エリン様より古の魔道具を借り受けて使用いたしますので、万が一にも逃げられる可能性はないかと思います」


 それなら良かった。古の魔道具とやらが気になるが、おそらくはリエンが付けられていた首輪のような拘束、もしくは封印系のものだろうか。


「アリシア、お前に出会って俺は初めてメイドが居たらと思うようになったよ」

「それは私について来いとおっしゃってます?」


 アリシアの瞳が期待でキラキラと輝いている。


「いや、お前にはマリアの側に付いていて欲しいと思っている」

「はあ……そうだと思いました。お任せください、それが私の仕事であり恩返しでもあるのですから」


 酷くガッカリした様子のアリシア。ちょっと可哀想だったか。


「だがな、お前に付いてきてほしいと思ったのは本心だよ、アリシア」

「……馬鹿。気持ちが揺らぐじゃないですか……ですが、ありがとうございます」


 そっぽを向いてしまったアリシアがどんな表情をしていたのかわからない。


 また王都で再会出来ることを願って部屋を出た。




「ファーガソン様、誠にお世話になりました。どうか道中何事も無く目的地に到着されますよう。目的が達せられることを祈っております」


「セバスチャン、こちらこそ世話になった。俺が言うことじゃないが、マリアとこの街を頼む」

「はい、この命に代えましても」


 ずっと無表情だったセバスもだいぶ素の表情を見せてくれるようになった。一度男同士酒でも飲みかわしたいと思っていたが、また次回に持ち越しだ。


「それからこの剣を使ってくれないか?」


「これは……『アイスブレイカー』ではありませんか。かような名剣、私のようなものが使うわけにはまいりません、どうかファーガソン様がお持ちになってください」


「この剣を使ってマリアとこの街を守って欲しいんだ。頼む」


 アイスブレイカーはたしかに名剣だ。だが俺にはすでに相棒がいる。持っていても使う場面が限られるぐらいなら、セバスのような信頼できる達人に使ってもらいたい。それによってマリアのリスクが少しでも下がるかもしれない。


「……かしこまりました。そういうことでしたらファーガソン様が再びこの地へ戻って来られるまでこのセバスチャンがお預かりさせていただきます」


 意図を汲み取ってくれたのだろう。あくまで『預かる』という形ではあるが、受け取ってもらえてホッとした。


「ありがとうセバスチャン」


 

 さて、遅くならないうちに別れの挨拶終わらせておかないとな。

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