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第八十四話 キノコのパイを召し上がれ


「ファーガソンさま、夕食の準備が整っておりますので冷めないうちにどうぞ。皆さますでに揃ってお待ちですよ」


 着替えているとメイド長のアリシアが呼びに来る。


「ありがとうアリシア、すぐに行く」

「あら、まだ髪が濡れているじゃありませんか。乾かしてしまいましょう『ドライ』」


 乾いた風が頭を包み込んで水分を吹き飛ばす。


「アリシアは魔法が使えたのか?」

「魔法と言っても濡れた髪を乾かすくらいしか役に立ちませんが」

「いや、羨ましいよ。俺は簡単な生活魔法すら使えないからな」


 アリシアが使った『ドライ』のように、戦闘や治療には使えないが日常生活に役立つ魔法のことを生活魔法という。


 魔法という名前で呼ばれてはいるものの、生活魔法が使えるからといって通常魔法使いということにはならない。


 しかし、身に付けておくと仕事に困ることは無くなるし、給金も上がるので需要は非常に高い。メイドや料理人はもちろんだが、冒険者にとっても使えればその分荷物が減らせるので馬鹿にならないのだ。


「ふふ、その強さで魔法まで使えたら不公平というものですよ」

「それもそうだな」


 アリシアが用意してくれた新しい服は、派手さはないものの、上質な生地で仕立ても極上だ。サイズもピッタリなので、マリアが手配してくれたのだろう。


「こういう服を着るのは久しぶりだからちょっと恥ずかしいな」

「いいえ、とてもお似合いです!!」


 俺の胸にぼふっと顔を埋めるアリシア。


「アリシア、そろそろ行かないと……」

「あと五秒……いえ、十秒……」


 なぜ増やした?



 

「ファーギー遅い!! せっかくの料理が冷めちゃうよ」

「すまん、先に食べてくれて良かったのに」


「あはは。さすがにファーガソンとマリアが居ないのに食べ始めるわけにはいかないよ」


 エリンがニヤニヤしながらサラダを食べている。


「あ、今、サラダを食べているじゃないかって思ったでしょ? エルフにとってサラダはシトラ水みたいなものだからね。食事には入らないよ」

「そうだったのか、いい勉強になった」


 種族が違えば文化も習慣も異なるのは当然のことだ。平和に共存してゆくためには相互理解が不可欠だ。


「ファーガソン、エリンの言うことを真に受けすぎたら駄目ですよ~。冗談に決まってるじゃないですか」


 くすくす肩を震わせているフリン。


 ……あまりにも自然に冗談を言うのでまったくわからないんだが。



「彩りキノコのパイでございます」


 ようやくマリアも席について料理が運ばれてくる。


 当然というか、今日収穫したキノコを使ったメニューがメインとなっている。


「わあ……美味しそう。私、昼間あんなに食べたのにもうお腹が空いているのよ、ファティア」

「キノコや果実はお腹に溜まりませんからね。私もお腹がペコペコですよ、リュゼさん」

 

 焼きたてのパイは、こんがりフォクシー色。実に食欲がそそられる。


 パイ生地の表面はさっくりとしているのに、中はもっちりとしている。切り分けられた断面には贅沢に使われたキノコたちがぎっしりと詰まっていて、熱々の湯気がまだ温かいことを知らせてくれるのだ。キノコの旨味をたっぷりと吸い込んで今にも滴り落ちそうなソースがキラキラと輝いていて実に美味そうだ。



「……これはすごい。味はもちろんだが、一気に魔力が回復したのがわかる。普通なら回復に一晩かかるから」


 一足先に食べ始めたリエンが興奮で頬を赤く染めている。なるほど……リエンの言う通り、力が漲るような感覚がある。これが魔力なのだろうか? 


「ブラッドキノコが入ってますからね。少々辛いですけれど、魔力回復にはとても効果があるのですよ」


 マリアは辛いのが苦手なようで、パイの中からブラッドキノコを取り出しては俺の皿に移動させる。


「ファーガソン様、私からのプレゼントですわ」

「……ありがとうマリア」


 少し甘みのあるパイ生地とバター、クリームによって食べやすくはなっているが、こうやって単体で食べると火を吹くほど辛い。舌がヒリヒリしてくる。正直なところ、俺もあまり辛いのは得意じゃない。


「ファーガソン、私からもプレゼントだよ」

「ファーガソン、私からも心を込めて」


 エリンとフリンからもブラッドキノコが回ってきた。どうやらエルフは辛いのが苦手らしい。繰り返しになるが、俺も辛いのは得意じゃあない。


 見たところ、リュゼやチハヤ、ファティアは美味しそうに食べているので辛いのは大丈夫なのだろう。


 手分けして食べてもらいたいところだが、人からもらったものを更に人に回すのはさすがにマナー違反だ。



「ファーガソン様、良かったらそのキノコ……」


 おお!! ネージュよ。お前が食べてくれるなら助かる!!  


「もちろん構わないぞ」 


 気にせず全部食べてくれ。


「ありがとうございます。私、獣人なので辛いの駄目なのです」

「そ、そうか……」


 また……増えてしまった。


 この量を食うのか……? 俺一人で……?


 毒々しい紅いキノコを見ているだけで腹を壊しそうだ。


 味は悪くないんだ、味は。だが、一口食べるともう味がわからなくなる。辛すぎる。


 冷や汗が出てきた。手が震えて目が霞んできた……ヤバいな、かなりの破壊力だ。



『ふぁーぎー、それどらこもたべたい!!』


 なんだって!? そうか……魔力がたくさん含まれている食材ならドラコは食べるんだったな。


「ドラコは辛いの大丈夫なのか? チハヤ」


「ん~? 大丈夫だと思うよ。私辛いの大丈夫だし」 

 

 ドラコの能力や特性は魔力親であるチハヤの影響が大きい。


『おいしい~!!』


 試しに一つ与えてみたが、どうやら問題なさそうだ。


「ドラコ、そんなに好きなら全部食べて良いぞ」

『わーい、ふぁーぎーすき』


 もしゃもしゃとブラッドキノコを平らげるドラコ。見ているだけで辛そうだが、平気なんだな。



『ふぁーぎー、どらこ、ひふけるようになった』


 口から楽しそうに小さな火を吹いているドラコ。キノコを食べて火が吹けるようになった? そんなことが有り得るのだろうか。


「これは興味深いな。食材から新たな特質を得たのか……それとも元々の能力が食材によって覚醒したのか……いずれにしてもドラコは普通の竜とは全く違うのかもしれん」


 リエンが興味深そうにドラコを眺めている。


「まさか……毒キノコを食べさせたら毒を吐くのか?」

「わからないが可能性はあるな」


 うーん、竜にとってキノコの毒などほとんど効かないだろうが、興味本位でドラコにリスクのあるものを食べさせるわけにはいかないからな。


 まあ、ドラコのことは少しずつ分かってゆくだろう。


「ほら、温め直してあげたから」


 リエンが魔法で温め直してくれた残りのパイにかぶりつく。


「うん、やっぱり温かい方が美味いな!!」


 ただし……温めるとブラッドキノコの辛さが増すみたいだがな。

  

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