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第八十二話 食前湯


「夕食の準備が出来るまで、皆さまはゆっくりと汗を流してくださいませ」

 

「わーい、アリシアさん、また大浴場入って良いの?」

「もちろんでございますチハヤ様」


 お風呂に入れるとあって、チハヤのテンションは高い。異世界では庶民であっても毎日風呂に入るのが普通だったらしいから、王族であるチハヤが風呂好きなのも理解できる。かなり文明の進んだ世界だったのだろう。


「領主さまのお風呂は最高でしたよね……」

「うむ、中々良き風呂ではあったな」


 ファティアとリエンも嬉しそうにしている。やはり女性は風呂が好きなようだ。これから先、宿を探すときは風呂があるかを最優先で探した方が良さそうだな。


 俺も一度入ったことがあるが、この領主の館には、大人数で入れる立派な大浴場があるのだ。両手足を思い切り伸ばしても余裕がある風呂というのは伯爵家で育った俺ですら知らない世界だった。維持管理は大変だとは思うが、その快適さはクセになる。


「私たちも一緒に入るわよ、ネージュ!!」

「はい、お嬢様」


 リュゼとネージュも加わって、チハヤたちは、大喜びで風呂へ向かった。今日は半日森で土にまみれて汚れただろうし、明日は夜明けには街を出発するから、今の内に少しでも身体の疲れを抜いておくべきだろう。

 


「ではファーガソン様、私たちもお風呂に向かいましょうか」

「わかった」


 マリアの言っている風呂とは領主専用風呂のことだ。大浴場よりは狭いが造りの豪華さや快適さは上をいく。


「うむ、今夜は特別に私が調合した薬湯になっているからね、期待してくれていいよ」

「エリンも一緒に入るのか?」


 いつの間にか当たり前のように三人で風呂に入ることになっているが……


「今更何を言っているんだファーガソン? それに大事な話をするなら風呂が最適だからね」


 なるほど、レイダースの連中の処遇をどうするか決めなければならないんだったな。


「エリンと一緒にお風呂入るなんて久しぶりよね?」

「そうだね、時間が合わなくて今月はまだ入ってなかったからね!!」


 ……あまり久しぶりじゃないような気がするのは俺だけなのか?


「そういえばエリンはどこに住んでいるんだ?」


 ずっとギルドに居るイメージがあるが、さすがにあそこに住んでいるわけではあるまい。


「え……? ここだけど? 家賃タダだし。でもまあ半分くらいはギルドで暮らしているようなものかな。生活に必要なものは全部揃っているし」


 まさかギルドマスターが領主の屋敷に居候みたいな生活しているとは……。


「エリンとフリンは、私が生まれるずっと前からこの屋敷に居たのですよ、ファーガソン様」

「あはは、そもそもこの屋敷建てたの私たちだからね? 領主家に屋敷は譲ったけど、住む権利は手放していないし」


 なるほど、そういうことか。ということは……


「お帰りなさーい、ファーガソン、エリン、マリア」


 脱衣所で待っていたのは、他でもないエリンの姉、商業ギルドマスターのフリンだった。すでに一糸纏わぬ姿で準備は万端のようだ。


「まさか……ずっとその格好で待っていたのか?」

「ふふふ、違いますよファーガソン。私は家ではずっとこの格好なのです」


 ……いや、それはさすがにどうかと思うぞ、フリン。俺は気にしないが。


「ほら、時間無いんだから早く!!」


 エリンに急かされて、俺とマリアも風呂に入るため服を脱いで風呂場へと向かう。



「おお……実に良い香りだな……」


 色とりどりのタイルが敷き詰められた浴室には、エリンが調合した薬湯の香りが湯けむりと共に充満していた。


 吸い込んだだけで疲労感が無くなり、信じられないぐらい活力が湧いてくる気がする。これがエリンの言っていた薬湯の効果なのか?


「ふふふ、リバイタリーリーフを主成分とした薬湯だからね。強力な滋養強壮作用があるんだよ」


 ぴたっと密着された背中にエリンの柔らかい感触を感じる。


「あら~、エリンったらやる気満々ね。私も興奮してきちゃった」


 ぎゅっと右腕を組まれると、右半身がフリンの柔らかさに支配される。


「私のことも忘れないでくださいね、ファーガソン様?」


 残る左半身もマリアの温もりに満たされる。


「……レイダースの件は?」


「「「あ・と・で」」」


 なるほど、まあレイダースの方は差し迫った脅威ではないし問題ないだろう。



◇◇◇



「ふう……運動の後の風呂は実に良いものだな……」


 薬湯の効果で緊張がほぐれた身体に湯の温かさが深く染み渡るような気がする。


「ですねえ……入浴前のファーガソンは最高です」

「史上最高のファーガソンだったね」

「ファーガソンした後のお風呂はクセになりますね」


 ……もはやツッコむまい。

 


「ところでレイダースの件だが……」


 危険極まりない連中だ。本当は森の中で始末してしまった方が安全ではあったのだが、辺境伯派の連中が帝国と手を結んでこの国を転覆させようとしていることを信じさせるには生きた証拠が必要だった。


 最大勢力を誇る国王派であっても、決して一枚板ではない。中途半端な情報ではかえって分断を招く恐れがある以上、レイダースは真実を知る証人としてこれ以上ない利用価値があるのだ。


 それに……リエンのことを考えれば簡単に死なせてしまうわけにはいかない。もしかしたら重要な情報をまだ他にも知っているかもしれないからな。実際、滅ぼされたフレイガルドに関しては、まったくと言っていいほど情報が無いのだ。帝国とは国交がなく、国境の往来は禁じられている以上、情報も中々入って来ない。


「そうですね……私としては王都へ送って取り調べを受けさせるべきだと思いますわ。一応冒険者ギルド所属の連中ですからエリンの意見も聴いた方が良いとは思いますが……」


 そう言ってエリンの反応を伺うマリア。彼女の主張は真っ当なものだ。国家に関わる重要なことである以上地方領主の権限を越える。王都で正式に取り調べを受けて処罰されるべき案件だろう。


「うん、良いんじゃないかな。連中、ギルドが禁止している暗殺行為を繰り返していたようだから、当然冒険者としての資格ははく奪されるからね。王宮なら真偽判定が出来る調査官もいるから隠し立ても出来ないはずだよ」


 不愉快そうに整った顔を歪ませるエリン。


 無理もないか。最大戦力の一角であるレイダースが犯罪集団だったと公になれば、冒険者ギルドにとっては大打撃となるだろう。ギルドの責任が問われるだけではなく、冒険者という存在自体の信用が低下することになるのは間違いない。やれやれだな。

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