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第八十一話 楽しい帰り道


「ところでファーギー、食べ切れなかったキノコとかはどうするの?」


 チハヤは森で収穫したドラグーンベリーを頬張りながら、忙しくお茶を堪能している。行きは御者をしていた彼女だが、帰り道はアリシアと交代して馬車の中でくつろいでいるのだ。


「リエンに保存の魔法をかけてもらうから必要な分はそのまま馬車に積んで行こうと思ってはいるが、残りはお世話になった街の人たちにお土産として配ろうかと思っている。お前たちが採った分は一部フランドル商会に買い取ってもらうと良い。少しは現金を蓄えておくことも必要だろう?」


 旅をするうえで必要なものは当然俺が支払うつもりだが、やはり自分の自由になるお金があった方が良い。俺に伝えにくい買い物もあるだろうし、今後別行動する機会もあるだろう。将来のためにも貯蓄はいくらあっても困るものではない。


 今日収穫したものはすべて希少な高級食材、もしくは薬用となるものばかり。一部を売却しただけでもそれなりの財産になるはずだ。



「そっか……そうだよね!! 私、自分でお金稼ぐの初めてだからワクワクする」


 嬉しそうなチハヤ。平民であれば彼女の歳でお金を稼ぐのが初めてということはあり得ないが、異世界で王族だったチハヤならそれも納得できる話だ。リエンも元王女だから似たようなものだが、それでもこの世界の人間だ。知識は十二分にあるのだから、世間一般の常識にさえ慣れてしまえば問題なく対応できると思っている。


 だがチハヤは違う。決して不安を表に出すタイプではないが、だからといって不安でないわけではないのだ。少しずつでもこの世界に馴染んで行けるように、これからも俺たちが十分気を付けてサポートしてやらないとな。



「私もいずれ自分のお店を持ちたいですから、少しずつですが貯金しているのです」


 ファティアの表情も明るい。メインストリート沿いは難しいだろうが、物価の高い王都でも小さい店ならば今回の収穫の売却代金で十分開店出来る資金が貯まるはずだ。


「もしファティアが店を出すのなら、俺も喜んで出資するよ」


「わあ!! 本当ですか、ファーガソンさん!!」

「ああ本当だ。まあファティアの手料理が毎日食べられなくなるのは残念だがな」


「だ、大丈夫ですっ!! ファーガソンさんの料理は私がずっと作りますから!!」

「そ、そうか? それは嬉しいが無理しなくて良いんだぞ?」

「無理じゃありませんっ!! 私がそうしたいんですっ!!」


 なぜかムキになって反論してくるファティア。顔が真っ赤だが、何か変なことを言っただろうか?



「あらあら、ファーガソン様も罪なお方ですね、ふふふ。ところで先ほどの売却の話ですけれど、わざわざフランドル商会に売らなくても私が喜んで買い取りますわよ? もちろん市場で売るよりも何割か高く」


 青空のようなスカイグレープを房から摘まんでは口に入れるマリア。その完熟した真っ赤なアポーのような艶のある唇に、思わず目が釘付けになる。


「それはとても有り難いが……良いのかマリア?」


「もちろんですわファーガソン様。正直なところを申し上げれば、これらの希少な品はあまり不用意に市場へ流したくないのです。どこからか噂が流れてアライオンの森が荒らされてしまうかもしれませんし、荒らされるだけでなく、同時にマダライオンが居ないことがバレてしまう可能性もあります。だから私が少しずつ信頼できるルートやオークションなどを通して出所がわからないようにするつもりです。もちろん私にも大きな利益が見込める話ですのでご心配なく」 


 お金を出しても手に入らない希少な品というものは、ある意味で現金以上に戦略的な切り札になることがある。マリアの利益にもなり、森の平穏が保たれるということなら有難く話に乗らせてもらおう。フランドル商会も信用しているが、多くの人間が介在する以上、マリアの言う通り絶対ということはない。


「ファーガソン、もちろんギルドでも秘密が漏れないように細心の注意を払うから安心してくれ」

「ああ、そちらは心配していない。なんたってエリンがいるんだからな」


「ふふ、信頼してくれているようで嬉しいよ。ただし、アライオンの森への依頼を禁止することは難しいな。禁止するとかえって注目を集めて藪蛇になる可能性がある。まあ滅多に依頼自体無いし、あっても受ける冒険者はまず居ないから、あまり心配していないけどね」


 万一依頼が入ったとしても、エリンのことだ、散々脅し透かしして上手く誤魔化してくれるだろう。


 視線を向けると、エリンはウインクしながら手にした半透明のエーテルマンゴをーぎゅむっっと絞り飲み干す。


 

 それにしても、こういう時、領主とギルドマスターがいると話が早くて助かるものだな。



「水臭いじゃないファーガソン、お金が必要なら私がいくらでも用意してあげるわよ?」


 リュゼはもぎたてのゴールデンアポーをシャリシャリとかじりながら、興味深そうに話を聞いていたが、自分も役に立つというところを見せたかったのだろう。私に任せなさいと鼻息を荒くする。


「そうだな。本当に必要な時は相談させてもらうよ、ありがとう」

「そう? 本当に遠慮しないでよ」

「ああ、頼りにしている」


 別にリュゼからお金を借りようというわけではなく、その予定もないのだが、おそらくは近い将来、リュゼに頼まなければならないことが起こりそうなのだ。残念ながら間違っても良い相談になることはないだろう。


 彼女を巻き込むつもりはもちろんない。だが、この国を守るためには彼女の父親アルジャンクロー公爵の協力が不可欠となるのだ。


 馬車の中は談笑に包まれ、ワイワイ賑やかしいままダフードへと無事到着した。



「あの……領主さま、こちらは?」


 さすがにシシリーは目立つ。当然入り口を守る衛兵たちに尋ねられるが―――――


「可愛いネッコでしょう?」


 マリアがニコリと微笑みかければ、崇拝する主に魅了された屈強な衛兵たちが胸を抑えて膝から崩れ落ちる。さすが魔性の力半端ないな……。



 夕食を兼ねてマリアが送別会を開いてくれるというので、このまま領主の館へと向かうことに。



 馬車の車窓から見えるこの街の景色も、一旦見納めかと思えば特別なものに映るものだ。この何とも言えない寂しさに似た感覚はいくら旅を続けても慣れることは無い。


 それでも旅を続けるのは、まだ見ぬ景色、食べたことが無い料理や食材との出会いへの憧憬、そしてやるべき目的があるからだ。


 だが―――――


 ダフードには愛すべきものが多すぎる。


 まさか……こんなにも離れがたくなるとは思わなかったよ。

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