第八十話 かけがえのない君
「みんな、ただいま!!」
『ただいま まま』
「わあ!!お帰りファーギー、ドラコ!! って、リエンは大丈夫なの?」
真っ先に気付いて駆け寄ってきたチハヤが心配そうにリエンを覗き込む。
「ああ、ちょっと魔力を使い果たして疲れて眠っているだけだ」
「そっか。それじゃあ聞くけど、あの猫は何? モフって良いの?」
リエンが寝ているだけだとわかると、好奇心が抑えられないというように尋ねるチハヤ。
「ねこ? ああ、ネッコのことか。あれはリエンの新しい使い魔のシシリーだ。モフって良いかどうかは、直接本人に聞いてくれ」
好奇心旺盛な、それこそ仔ネッコのようなチハヤの姿に苦笑いするファーガソン。異世界の猫は大きいんだなと内心驚きつつも危険はないので止めることはない。
「うん、そうする!! おーい、シシリーちゃん!! モフらせて~!!」
『ハウッ……モフルッテナニ?』
いきなりボフッと抱き着いてきたチハヤに動揺するシシリー。
「大丈夫、怖くないよ~お毛毛をちょっと撫でるだけだから~」
『ソ、ソレクライナラ……』
あまりの押しの強さに困惑して固まっているシシリーを容赦なくモフり始めるチハヤ。撫でるだけと言いつつも、実際はそんな生易しいものではなかった。顔を突っ込んだり、すりすりしたり、寝転がったり……ありとあらゆる大型モフならではの味わい方で堪能してゆく。
初めて体験するこの状況にシシリーは放心状態で為すがまま。この世界では危険な魔獣ではあるが、チハヤに撫でられている姿は大人しいネッコそのものに見える。
そんな様子を見て安心したのだろう。遠巻きに見ていた他のメンバーも我先にとシシリーを囲んでモフに加わってゆく。
「大丈夫かな……シシリー」
逆にシシリーが心配になってくるファーガソン。さすがにあれだけモフられるちょっと可哀想になってくる。
「お疲れ様でしたファーガソン様、そこにいる連中が異変の正体でしたのね?」
気を失って縛り上げられている六名を見下ろしながら労わりの言葉をかけるマリア。鋼の意志で名残惜しそうにモフるのを途中で切り上げてやって来たのだ。先ほどまでの蕩けそうな乙女の表情から、すっかり領主の顔へと戻っている。さすがの責任感と言わざるを得ない。
「マリアも聞いたことがあるかもしれないが、氷剣とその仲間レイダースだ。詳しいことは後で説明する」
「わかりました」
リュゼに暗殺のことなど聞かせたくない。未然に防げたのだからそれでいい。マリアもファーガソンも気持ちは同じだ。
『ししり、ばっかりずるい、どらこももふる』
皆に撫でまわされているのが羨ましくなったドラコが、自分もモフって欲しいとお腹を向けて寝転ぶ。
どうやら、いつの間にかキノコ狩りからモフりタイムに突入したようだ。
「マリアも行って来ると良い。今日までしか味わえないのだから」
「ふふ、ありがとうございますファーガソン様、それではお言葉に甘えて」
マリアも我慢できずに飛び込んでゆくのであった。
「ん……? ファーガソン、ここは?」
「お、目が覚めたのかリエン。ここはキノコ狩りをしていた森の入り口だ」
「そうか……戻ってきたのだな。連中は?」
「あそこに縛ってまとめてある。一応目隠しと猿ぐつわをしてあるが、あの様子だと当分目を覚ましそうにないな」
心が折れたという表現が生易しいほどの地獄を味わったのだ。当分帰ってはこれないだろう。
「なあ、ファーガソン、私はやり過ぎたのだろうか……」
「いや、そんなことはない。俺がお前の立場なら同じことをしただろう。お前が責められるなら俺もまた同罪だよ」
レイダースは完全に報いを受けただけだが、心優しい王女にここまでさせてしまったことはファーガソンにとっても辛いことであった。
「こんなことをしても皆が還ってくるわけではないのにな……」
ファーガソンは小さく震えるリエンの肩をしっかりと抱きしめる。
「そうだな。だがなリエン、きっと皆どこかで見ていてくれたと思うぞ。それにお前自身の心を救ったんだ、たとえわずかでも良い、よくやったよお前は」
少なくともリエンの家族を直接殺した連中はこの先日の光を見ることは無いだろう。それはわずかであってもリエンの心の安らぎになるかもしれない。気休めであったとしても無いよりはずっと良い。ファーガソンはそう思っている。
「たしかに実行犯は倒した。だが―――――」
「わかっているさ。辺境伯、そして帝国、お前が望むなら俺が滅ぼしてやる。お前が望むなら喜んで盾となろう」
「ファーガソン……私は……お前に助けてもらってばかりだ……」
泣き出したリエンの頭を優しく撫でるファーガソン。
「何言ってるんだ? お前にはたくさん助けてもらっているし、チハヤだってファティアだってそうだ。ドラコのこともそうだし、シシリーはお前が身体を張って助けなければこの世には居なかった。お前は十分よくやってる。俺にとってはかけがえのない存在、そう思ってるよ」
「そ、そうか……うむ、わかった。そういうことなら私も応えねばなるまい。すまないが成人するまで待ってくれファーガソン」
顔を赤くしながら下を向くリエン。
「……よくわからないが楽しみにしているよ」
「っ!? 楽しみ……う、うむ、私も楽しみだ」
フレイガルドにおいて、かけがえのない存在という言葉はプロポーズの定番文句だ。ファーガソンがそんなことを知る由もないが。
「よし、それじゃあ帰ろうか」
「おお~!!」
「はーい!!」
予期せぬハプニングで途中中断はあったものの、想定以上の成果に大満足の一同。
食べ切れなかったモノは馬車に積み込んでアライオンの森を出発する。
「マダライオンが居なくなってしまった以上、また森は荒れてしまうのでしょうか……」
不安そうに遠ざかる森を見つめるマリア。
「大丈夫だ。一度マダライオンが住み着いた森にはまたマダライオンがやってくる。それまで隠しておけばいい、俺たちさえ喋らなければどうせ誰も確認出来ないのだから勝手に警戒し続けてくれるだろう」
「それを聞いて安心しました。ところで、あの連中は大丈夫なんですの?」
アリシアの入れたお茶を飲みながら馬車の後ろを気にするマリア。
「レイダースのことなら心配ない。元々頑丈な連中だし、念のためリエンがアンデッド・フィールドをかけているからな」
「そ、そうですか……」
レイダースの六人は馬車に繋がれて地面を引きずられている。ドラコとシシリーの監視付きで。
ファーガソンの言う通り、死ぬことは無いだろう。死ぬことは。