第八話 チハヤの事情とダフードの朝市
「――――えっと、そうするとチハヤはその……異世界とやらから来たのか?」
風呂に入って落ち着いたところで、ようやくチハヤの話を聞くことが出来たが、想像以上に常識を超えたものだった。
遠い外国……ではなく、魔物もいないまったく違う世界から来たのだという。もちろん本人がそう言っているだけだし、確かめる術はないが、嘘を言ってチハヤにメリットがあるとは思えないので、理解は出来なくとも信じるべきだろう。
「それじゃあ、チハヤが昼間着ていた変わった服は異世界の?」
「うん、学校の制服」
「学校? 制服があるということは王立学問研究院のようなものか?」
やはりチハヤは向こうの世界の貴族、もしくは王族なのだろう。妙に堂々としているし、驚くほど教養もある。
「あはは、よくわからないけど、学問を学ぶところなのは合ってる」
「しかし異世界からやってきた人間など聞いたことがないが……一体なぜ?」
「あ、でもファーガソンさん、似たような話ならあるじゃないですか!!」
ファティアに言われて気が付いた。そうだ、なぜ気付かなかったんだ。
「――――勇者か」
「はい!!」
噂でしか聞いたことは無いが、異世界よりやってきた勇者が魔王を倒し、魔物の侵攻からこの大陸の危機を救ったのは子どもでも知っている有名な話だ。
「「まさか――――チハヤが勇者?」」
「違うよっ!?」
それもそうだな。魔王を倒すような人間が奴隷商に捕まるわけない。
「それじゃあチハヤはなぜここに居るのかわからないってことだな」
兄がトラック? とやらに襲われたところに助けようと飛び込んだらこの世界にいたということらしい。チハヤのいた世界もずいぶんと危険な場所なのだな。
「まあでも無事でよかったな」
「……全然無事じゃあなかったけどね。せめてスマホがあればなあ……あ、でも充電できないか」
「はは、まあ命あってのことだしな」
いきなり悪い連中に捕まって持ち物を奪われた挙句、珍しいからと奴隷商人に売られたらしい。たしかについてないが、最悪の事態も起こりえたことを考えれば、金目当ての連中でまだ運が良かったかもしれない。
「あのですね……チハヤ、私がオコメを求めて旅をしているのは、実は勇者様の影響なのです。かの英雄が探し求めている食材と噂になっているオコメを食べてみたい!! きっと勇者様はチハヤと同じ世界から来た方ですよ!!」
なるほど……ファティアの言う通り、たしかにその可能性は高いかもしれない。
「たしかに!! ねえ、その勇者の名前ってわかる?」
「ごめんなさい……知りません」
「すまん……知らない」
そもそも王や高位の人間の名前を一般の国民は知らないからな。王は王、勇者は勇者、聖女は聖女。ましてや勇者は遠い国外の話だ。
「そっか……会ってみたいな……勇者」
チハヤにとって元の世界と繋がっているかもしれない唯一のもの。出来ることなら会わせてやりたいが……。
「勇者様でしたら、王都にいるという噂を聞いてます。あくまで噂ですし、今もいらっしゃるかはわかりませんが……」
それは好都合。もし居なかったとしても、なんらかの情報は集められるだろう。
「よし、それなら予定通りオコメを探しつつ王都へ向かおう。目的に勇者探しも追加だ」
「はい、賛成です!!」
「うん、わかった」
「あの……ファーガソンさん、そんなソファーでは疲れが取れないのでは?」
「大丈夫だ。たとえ岩場でもどんなところでも眠れるのが冒険者だからな。遠慮なく二人でベッドを使え」
「わかりました。それじゃあおやすみなさい」
「ああ、おやすみファティア」
チハヤはベッドに入るなり寝息を立てている。慣れない環境で精神的にも肉体的にも疲れているのだろう。三人で寝れないことはないが、せっかくの安眠を妨げたくは無いしな。
同じ目的を持つ仲間か……。ずっと一人で旅を続けてきたが、こういう感じも案外悪くないものだな……。
ごろりと横になればすぐに睡魔が襲ってくる。
眠れるときに眠る習慣が付いているから、どんな場所でも眠れるが、やはり宿で寝るのは格別だ――――
「おはようございます! ファーガソンさん、朝市に行くんですよね? 朝食が楽しみです」
「……眠い」
「チハヤ、冷たい水で顔を洗ってこい。朝市に美味いものを食べに行くぞ」
「おおっ!! 洗ってくる」
まだ半分寝ぼけていたが、朝市と聞いて目が覚めたらしい。思っていたのと違うとならなければ良いが。
朝食を宿で食べることも出来るが、せっかくのダフード、有名な朝市に行かないわけにはいかない。
「おお……出店がたくさん……」
まだ薄暗い時間帯だが、朝市はすでに多くの人で賑わっている。売り子の叫ぶ声、価格交渉しているやりとりがあちらこちらから聞こえてきて、いかにも朝市に来たなという実感が湧いてくる。
「ダフードは交通の要所ですからね。全国各地から人や物が集まっているらしいですよ。もしかしたらオコメが見つかるかもしれません」
数百を超す出店が軒を連ねる朝市。この時間帯だけは中央通りが市場へと装いを変える。
やはり野菜や肉、果物など食材を売る店が多いが、俺たちは朝食を食べに来たのだ。
ファティアが目利きした新鮮なフルーツをかじりながら、屋台巡りを楽しむ。
「うええ……この果物なんか変な食感だね……」
「ハハハ、ミガキを知らないのか? 食べると歯の汚れを取ってくれる便利な果物だぞ」
「えええっ!? 歯磨き代わりなのっ!? うーん、味は悪くないんだけど……」
「すぐに慣れますよチハヤ。それよりもいい香りがしてきませんか?」
おおう、これは焼きたてのパンの香りだな。
「焼きたてのパンも美味そうだな……おすすめはあるか、サム?」
「へい、パンなら窯焼き工房ブレッダがおススメでさあ! ただし、すぐに売り切れちまいますから早めに並んだ方が良いですよ」
なるほど……すでに行列が出来ているな。
「ファティア、チハヤ、俺はパンの行列に並んでいるから、適当に周ったら合流してくれ」
「ああ、旦那、列にはあっしが並びますから、皆さんで楽しんできてくだせえ」
「そうか、それじゃあすまないが頼む」
「ファーガソンさん、せっかくだからオコメ探しましょうよ」
「なるほど、それもそうだな。ただ、知っているのがチハヤだけだから、お前だけが頼りになるが」
「うん、大丈夫」