第七十五話 対レイダース 開戦
「リエン、体調はどうだ？」
レイダースからは大分距離を取ることが出来た。
ドラコのおかげでほぼ無警戒ノンストップで森を駆け抜けることが出来る俺たちと違って、向こうは初めて訪れる危険な森の中の移動だ。魔物も多く出現するし、俺たちの正体がわからない以上、ある程度警戒しながらの追跡となっている。移動スピードに差が出てくるのは当然のことだ。
「まだ万全ではないが、魔法を使うのに支障がないレベルまでは回復した。連中も速度を上げたようだし、これ以上下がると皆を巻き込むことになってしまう。この辺りで待ち伏せたほうが良いと思うが」
顔色はかなり良くなっている。リエンの言葉に嘘は無さそうだ。戦士である俺と違って、魔法使いは魔法さえ使えれば良いのだ。実際使い魔となったシシリーも体調は先ほどまでよりもだいぶ良さそうに見える。
連中が追いついてくるまでにも回復は続くし、リエンの言う通り、これ以上ダフードに近づくとキノコ狩りをしているリュゼたちに影響が出ないとも限らない。
「わかった。ここで決着をつけよう」
ここで確実に止める。絶対に逃がすわけにはいかない。たとえどんな手段を使ったとしても、だ。
『ずいぶんと逃げ足の速い連中だな』
『でも随分距離は縮まってる。そろそろ追いつくだろう』
『へへへ、女もいるかな？ 氷剣、もし居たら好きにして良いよな？』
『好きにしろ。俺は女には興味が無い』
『うひょう！！ 俺の貞操の危機だあ』
『……下らんことを言っていると殺すぞ』
『へいへい、すいませんね、根が下品なもので』
『スレイ、索敵の結果は？』
『人間が二人、人外……おそらく魔物か魔獣が二体……構成からしてテイマーの可能性が高いかもしれないな。まあこんな森の中で活動しているんだから不思議ではないが……』
『なんだ、たったの二人？ しかもテイマーかよ、獲物が足りないじゃんか』
『なら、早い者勝ちってことで良いよな？』
『好きにしろ。さっきも言ったが、あまり時間が無い、もたもたしているなら置いてゆくぞ』
『俺はパス～。テイマーなんてつまらない相手してられない』
『ひゃっはあ！！ ありがてえ！！ ミスの穴埋めをしないとなあ！！』
『おいブラッド、抜け駆けは汚いぞ！！』
『氷剣、ブラッドとスカルの二人だけで行かせて大丈夫なのか？』
『ハハハ、アイツ等も金級だぞ？ 万が一手こずるような強敵なら、それはそれで楽しみが増えるだけのことだ』
全ての会話が筒抜けになっていることを彼らは知らない。
「なあ氷剣、さっきから妙に静かじゃないか？ そろそろ獲物が居る場所のはずなのに先行したブラッドたちの姿も見えない――――うわあっ！？」
斥候係のブラッドが行ってしまったため、代わりに斥候役を務めていた魔法剣士のレイヴンだったが、何かを見つけたのか突然大声を出す。
『どうしたレイヴン？』
退屈そうにしていた氷剣だったが、少しだけ興味を惹かれてたずねる。
『あ、あれ……ブラッドとスカル……だよな？』
レイヴンの指し示す方向には、倒れて動かなくなっている二人の姿があった。見た目の特徴から、獲物ではなく先行した仲間であることは明白。ただし、その姿は酷い状態で、死んではいないようだが、相当執拗に殴る蹴るされたと思われる青あざが身体中の至る所にあった。
「……ああ、どうやらそのようだな。しかしまあ見事にボコボコにされてんな、腹痛え！！」
暗殺術に特化した殺し屋クライムが腹を抱えて笑う。
「金級とはいえ、所詮氷剣の功績に乗っかってランクを上げただけの我がパーティのお荷物メンバーだ。やられたとて今更驚くことでもあるまい」
魔法使いの隠者スレイは呆れたとばかりにため息をつく。実際にやられた二人のパーティ内での役割は、斥候と荷物持ちだ。決して弱いわけではないのだが、これだけのメンバーの中に入ればお荷物扱いされてしまうのも無理はなかった。
「ふむ、あの二人が為すすべもなく倒されたというのなら少しは楽しめるかもしれんな」
氷の心を持っていると言われるほど物事に無関心な氷剣だが、こと強者との戦いとなると一転して熱くなる戦闘狂の気がある。その難儀な性格もあって、辺境伯家に生まれながらついに表舞台には出ることは無かった。本人はそのことに不満を持つどころか、自由に好きなことが出来る冒険者家業を気に入っているし、辺境伯家は、厄介払いが出来た上にそんな氷剣を使って暗躍し、現在の派閥を確固たるものにしたのだ。そういう意味では、両者の思惑は歪ながらも今のところウインウインの関係であった。
「おい、大丈夫か二人とも」
武器を奪われて身ぐるみ剝がされた二人に声を掛けるレイヴン。
「気を付けろよ、罠かもしれん」
クライムが咄嗟に忠告したが、一瞬遅かった。
「うわあっ！？ や、ヤメロ……来るな、うわああああああ！！！？」
突然発狂したように闇雲に剣を振り回すレイヴン。
「チッ、やはり罠か」
面倒なことになったとため息をつくクライム。
「くそっ、そこに居たのか！！ 死ねええ！！！」
一体何が見えているのか、錯乱したレイヴンはその様子を近くで眺めていたクライムに襲い掛かかる。
「うわ……面倒くせえな……おいレイヴン、いい加減目を覚ませ……なあ氷剣、コイツ殺して良いか？」
正気の時ならいざ知らず、錯乱して大振りになっている攻撃ほど避けやすいものは無い。軽く剣を受け流しながらリーダーに判断を仰ぐクライム。
「スレイ何とかなるか？」
「幻視系の魔法が仕掛けられていたのだろうな。まったく……魔法剣士のクセにこんな初歩的な魔法にかかるとは情けない」
『リヴァイタライズ』
スレイの魔法によって我に返るレイヴン。
「す、すまない、油断していた」
土下座するレイヴン。
「気にするな。おそらく奴らは幻術系の技を得意とするのだろう。それが本人の魔法なのか使役する魔物によるものなのかはわからないが。ブラッドとスカルもそれにかかって同士討ちをしたと考えればわかりやすい。逆に言えば、直接の戦闘能力は高くはない、ということだ、つまらんな」
すっかり興味を失った氷剣アイスハートはもう用は無いとばかりに目を閉じて横になる。
「スレイ、後は任せる、お前なら対処できるだろ？ 五分ですませろ」
「はあ……わかったよ。まあ五分もかからないとは思うがな」
隠者スレイ、暗殺剣クライム、魔法剣士レイヴンの三人は、幻術使いと思われるテイマーを始末するため、先程までの緩い態度とは一転、強烈な殺気を纏いつつ一歩踏み込むのであった。
