第七話 白亜亭
「美味しかったけど、調理法はさすがに教えてもらえなかったですね……」
「まあ仕方ないさファティア。店にしてみれば大事な商売ネタだからな」
気落ちしているファティアを慰める。正直俺も同じ気持ちだ。
「……熟成肉の作り方なら私が知ってるけど?」
「えええっ!? 本当ですかチハヤ」
「本当かチハヤ!!」
「でも、旅をしながら出来るものじゃないから、今は無理だよ?」
そうなのか……まあでも作り方さえわかれば、いつかまた熟成肉を食える可能性があるということだ。
「もしかして、チハヤの故郷は食文化が盛んなところだったのか?」
「……まあね。私が住んでいた都市には数万の飲食店があったから」
す、数万……だと!? そんなことがあり得るのか? もしそれが本当なら一体どれほどの人口の都市なんだ。
すごく気になるが、今は宿を決めるのが先決だろう。
「サム、期待していいんだろうな?」
「へい、ダフードで一番の宿にご案内しますぜ」
待て、サム。もしかしてそれは一番お高いんじゃないのか?
「あの……サムさん? あまり高いところはちょっと……ファーガソンさんにも申し訳ないし……」
ナイスだファティア。金は食のために使うものだからな。宿はほどほどで十分だ。
「駄目ですよファティアさん。若い女性なんですから、安全性はもちろん、最低限お風呂くらい付いてないと、ね? チハヤさん」
「うん、さすがサム。わかっている」
「そ、それもそうですね……あの……ファーガソンさん?」
くっ……たしかにサムの言う通りだ。男の気まま旅とは違うんだってことを失念していた。この流れで宿代をケチろうとしていたなんて間違っても言い出せない。
「さすがサム、わかっているじゃないか。ファティア、遠慮することなんてないんだぞ。良い宿でしっかり旅の疲れをとる。とても大切なことだ」
まあ、たまには良いだろう。いつも良い宿に泊まれるわけじゃないし、大きな街でも風呂付の宿はそう多くないから、入れるときに入っておいた方が良い。清潔にしておくことは病気にならないためにも重要だからな。
しかし、当たり前だが三人に増えると出費が三倍になる。チハヤとファティアは冒険者ではないから稼ぎは計算できないし、俺が依頼を受けて居なくなる時は護衛も雇う必要があるだろう。良い依頼があったら積極的に受けていくことも考えた方が良さそうだな。
「あ……しまった。チハヤの服を買うのを忘れていたな」
チハヤは捕まっていた時の変わった服しか持っていない。服の他にも必要なものがあるだろう。俺としたことが失念していたな……。
「それなら大丈夫ですよ、さっき一緒に買い物してきましたから」
ファティアが指をさすと、サムが背負っている荷物を掲げる。
「そうか、助かったよファティア。チハヤ、他にも必要になってくるものがあるだろうから、滞在中またファティアに付き合ってもらうと良い」
当面の費用としてファティアとチハヤに五万シリカずつ渡しておく。相当贅沢しても一万あれば三食でおつりがくる。値が張るものは個別に言ってもらうようにする。
「足りなくなったり、必要なものがあれば遠慮なく言ってくれ」
「えええっ!? こんなにいただけません!!」
「いや、これから三人分の料理を作ってもらうつもりだから、その報酬と思ってくれればいい。あ、食材費はちゃんと別に払うから安心してくれ」
「そ、そういうことでしたら……」
「ファーギー……私は何も出来ないし、返すあてもない……」
「チハヤは何も気にするな。少なくともこの国で生活の基盤が出来るまでは俺が面倒を見るって決めたんだからな」
「ありがとう……ファーギー」
事情はわからないが、こうして出会ったのも何かの縁だ。彼女が離れたいと言い出すまでは大切な旅の仲間としてしっかり守ってやらないと。
サムが案内してくれたのは『白亜亭』という中心街から少し離れた場所にある宿。高級ではあるが、値段は中の上くらいでコスパが良いのだという。
「へへ、それに女将さんがめちゃくちゃ美人なんでさあ」
鼻の下をだらしなく伸ばすサム。なるほど……たしかに美人の女将というのは男にとってロマンがあるのはたしかだ。
まあ、女将さん云々はともかく、冒険者の俺の目から見てもセキュリティはしっかりしているし、静かな環境なのも好ましいんだが――――
「一部屋しかない!? どういうことだサム?」
「え? そりゃあ大切な人なんでしょうから、同部屋が当たり前じゃないですか。お二人もそれで構わないって言ってましたし」
「そうなのか? ファティア、チハヤ」
「はい、私はその方が安心出来ますし、部屋代も節約も出来ますから!」
「私はお風呂とベッドさえあれば文句ないし」
むう……今から他の宿を探すって言うのも……二人とも、特にチハヤは明らかに疲れているしな。
まあ二人が構わないなら俺があれこれ言うのも変な話だ。
「わかった。宿はここに決めよう」
「……お風呂、思ってたのと違う」
チハヤのがっかりした声が聞こえる。
どんな風呂を想像していたのかわからないが、覗くわけにもいかないしな。
「そうですか? 割とポピュラーなお風呂だと思いますけれど?」
「えええっ!? そうなの!? この世界シャワーとかお湯が出る蛇口とか無いの!?」
チハヤが何を言っているのか全く分からないが、どうやら彼女の国ではお風呂事情が違っているらしい。
「ううう……ファーギー、あったかいお風呂に入りたい。出来れば泡が出るヤツ」
泣き出しそうなチハヤ。泡にあたたかい風呂か……もしやチハヤはどこぞの国の王族なのか?
「うーん、泡はともかく明日街で水をお湯にする魔道具が手に入らないか探してみるよ。今夜は悪いが我慢してくれ」
「本当っ!? うん、わかった。我慢する」
変に期待させちまったかな? 需要が高いから中々手頃なのが見つからないんだが、チハヤのためだ、多少割高でもいいから頑張って探してみよう。
「ファーガソンさん、洗濯物は宿が洗ってくれるのでしたよね?」
「ああ、そう聞いてる。受付に預ければ良いと言っていたが、至れり尽くせり素晴らしい宿だな」
少なくとも今までそんなサービスをしてくれるところは無かった。
またこの街に来ることがあれば、常宿確定だな。