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第六十七話 洗体と添い寝 眠れぬ夜を越えて


「なあ……ネージュ」

「なんでしょうかファーガソン様」


 リュゼがお風呂に入った後、交代で入った俺はネージュに身体を洗ってもらっている。


「別に律儀に洗わなくても良いんだぞ? どうせ外にいるリュゼにはわからないんだから」


「そうは参りません。私はこれでもこの仕事に誇りを持っているのです」


 きっぱりと言い切るネージュ。


 これは無用の気遣いだったか。かえって失礼なことを言ってしまったな。


「すまん、よろしく頼むよ」

「かしこまりました。ファーガソン様はどうぞ楽になさっていてくださいね」


「わかった。だがなネージュ」

「まだ何か?」


「お前まで全裸になる必要はないんじゃないか? さっきまで服を着ていたじゃないか」

「ああ、そのことでしたらお気遣いなく。さっきお嬢様を洗って服が濡れてしまったので、そのままでは気持ち悪いですし、私もこの後お風呂をいただきますので」


 なるほど、たしかにその方が効率は良いな。


「それに……指輪をはめていただいてしまった以上、もう他人ではありませんから」


 最後の方は水音で良く聞こえなかったが、指輪の御礼が言いたかったのだろうか? 



 黙々と身体を洗ってゆくネージュ。さすがプロフェッショナルの侍女だ。俺も昔は洗ってもらっていたことを思い出して懐かしい気持ちになる。


「めちゃくちゃ気持ち良いな……」


 思わず言葉が漏れてしまうほどネージュの洗体は異常なまでに気持ちが良い……あまり見ないようにしていたが、一体どうやっているのか気になる。


「そうでしょう? 私の尻尾はお嬢様も気に入ってくださっているのです」


 なるほど、モフモフの尻尾に石鹸を付けて洗っていたのか。どうりで気持ちが良いわけだ。  


 ネージュの毛並みは黒いシルクともいうべき滑らかさだ。いつまでも触っていたくなるのを毎回鋼の意志で耐えているほど心地良い。


「ネージュ、尻尾の付け根がどうなっているのか気になるんだが、見ても良いか?」


 ふと気になって聞いてみた。


「ええっ!? あ……いや、それはさすがに恥ずかしいと言いますか……もう少し手順を踏んでいただければ……あ、でも嫌というわけではないのですよ!! か、勘違いしないでくださいね?」


 全裸なのに今更とは思わなくも無いが、おそらく獣人特有の感性というものがあるのだろう。手順というのがどういうものなのかはわからないが、今無理を言っては困らせるだけだ。気にはなるが今回は諦めよう。

 

 

「ところで、さっきからなんで泣いているんだネージュ?」 


 ずっと気になっていたのだが、何やら泣きながら洗体をしているネージュ。最初は嫌々やらされているからだと思っていたのだが、そういうわけではなさそうだ。


「はい……せっかくのファーガソン様の体臭が消えてしまうのが辛くて……」


 嬉しいような悲しいような複雑な気分だ。


「そ、そうか……それは悪かったな」


 また別の日にと言いたいところだが、こんな機会はそうそうないだろうから、ちょっと可哀想な気がしてきた。


「あの……頭……嗅いで良いでしょうか? まだ洗っていないので……」 


 ネージュのトパーズ色の瞳が爛々と揺れている。まあ、脇の下とかじゃないから別に構わないが、最初からずっと匂いを嗅いでいたし、今更許可なんて要らないような気がするが。


「ああ、構わない」

「ありがとうございます!!」


「…………」


 構わないとは言ったが――――思ってたのと次元が違った。

 

「ハアハア……ふんふんっ、すうすう……フガフガッ……」 


 それまでも十分嗅いでいたように思ったが、それすらも相当遠慮していたんだなというのがよくわかった。


 一心不乱に俺の頭に鼻を付けて嗅ぎまわっている姿はかなりアレだな。熱い鼻息が頭皮を刺激してなんともいえない気分になる。髪の毛なんかそのまま吸い取られるんじゃないかと思うほどの吸引力で痛気持ち良い……。今更止めてくれとは言えないし、ここは耐えるしかなさそうだ。


 だがまあ……目の前で使い古した匂い付き下着を嗅がれるより精神的にはマシか……。顔に垂れてくるベチャベチャの涎も洗えば落ちるだろうし……。 




「ずいぶんお風呂時間がかかったのね、ファーガソン?」

「ああ……ちょっとネージュが……な?」


「ネージュがどうかしたの?」

「あ~、何と言うか、ちょっと寝込んでる。今ベッドに寝かしつけてきたんだ」


 俺の匂いに興奮しすぎて倒れたなんて言えない……。


「ネージュったら、やっぱり体調悪かったんじゃないの……無理して欲しくなかったのに」

「まあ……一晩寝れば治ると思うぞ、心配ない」


「ファーガソンがそう言うなら安心だけど……」


 何を着せれば良いのかわからないから適当に選んだが、明らかに間違っている気がした。起きたら驚くだろうな。


「それよりもリュゼ、明日は森へ行くんだ。早く寝て体調を整えないとな」

「うん、わかったわ」

「良い子だ」


 ピクニックとはいえ、楽しむつもりなら最低限の体力は必要だからな。




「ファーガソン? そこで何しているの、早くこっちへ来て」


 ベッドの中から手招きするリュゼ。


「こっちって……俺も一緒に寝るのか?」


 イメージとしては、ベッドの横に座って見守る感じを想定してたんだが……


「もちろんよ。今夜はネージュのモフモフがないんだからお願い」

「俺はモフモフしていないぞ」

「ファーガソンは安心する匂いがするから良いの!!」


「お前も匂いか?」

「お前()?」

「いや、何でもない。じゃあ失礼する」


 あくまで目的はリュゼにゆっくりと寝てもらうことだ。彼女自身がそう望んでいるのなら、出来るだけ寄り添ってやりたいと思う。それに、リュゼの寝ているベッドはとても広いので、俺が入ってもまったく問題なさそうだしな。


「ねえファーガソン、ぎゅってして」

「わかった」


 ちょっと力を入れたら壊れそうなほど細くて柔らかいリュゼの身体。それなのにあの怪力はどこから出てくるんだろうな? やはり血筋による天性のスキルか何かなんだろうが……。



「ふふ、大きなあったかい手で包まれているととっても安心するわ……だってどんなことがあったって、ここにはファーガソンがいるもの……絶対に守ってくれる……私の……」


 スース―と可愛い寝息が聞こえてくる。もう何日もまともに眠れていなかったんだ。本当はもう限界だったんだろう。化粧で誤魔化してはいたが、目の下の隈も痛々しかった。



 寝室は静寂に支配され、聞こえるのはリュゼの可愛い寝息だけ。


 すぐに寝てくれたのは良かったが……やれやれ、ネージュがダウンしている以上、俺が眠るわけにはいかなくなってしまったな。今夜はこのまま寝ずの番だ。


 だが……こうして特等席からお姫様の寝顔を眺められるのは悪くないんだが、このベッドの心地良さ、リュゼの甘く優しい香りと温もりのコンボはなかなか手強い。気を抜くと眠ってしまいそうだ。



「おやすみリュゼ。夜の女神リュクスよ、貴女の夢の守りがありますように。暁の女神ラクスよ、貴女の光の導きがありますように」

 

 安心しろリュゼ……俺はこの命と引き換えてでも必ずお前を守ってやるからな。



 ようやく訪れた少女の平穏を壊さぬように、発した本人にも聞こえないくらいの小さなつぶやきとも言えない言の葉は、天井に届く前に夜の静けさに溶け込んでいった。

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