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第六十五話 露天商でお買い物


「ファーガソン、街の人たち、みんなとても楽しそうだわ」


 街は仕事終わりの人々でにぎわいを増して、屋台や飲食店から聞こえてくる呼び込みの声、立ち昇る煙から漂ってくる様々な食材の香りであふれかえっている。


「そうだな、夕食時だから余計にそう感じるかもしれないな」


 同僚と食事に向かう者、恋人との逢瀬を楽しもうとしている者、食事よりまずは酒を一杯引っかけてからという雰囲気の者、共通しているのは生きる喜びに満ちた笑顔だろう。


「私の周りにいる人たちって、みんないっつも厳しい顔しているのよ? 苦虫を嚙み潰したような顔ってきっとあんな感じよね」


 リュゼがうんざりした様子でため息をつく。


 ああ、わかる、なんとなく想像できてしまう。擁護するわけじゃないが、使用人の立場であれば笑ったりはまず出来ないだろうな。


「リュゼの家族も同じなのか? アルジャンクロー公爵とは面識は無いが、人好きのする温厚な紳士だと聞いているが?」


 付け加えれば穏やかな風体からは想像もできないほどのやり手らしいが……な。


「そうね……家族は優しいけれど、皆忙しくてほとんど一緒に過ごせないのよ。お父様は年に一度くらいしか家に戻って来ないし、お母様は不在のお父様の代わりに領地経営と社交にかかりきりで……お兄様は王都の学院に行っているからやっぱり会えないし」


 アルジャンクロー公爵は有能ゆえ、外務、内務大臣を兼任しているだけでなく、将軍兼参謀として現在北部戦線に出征中だったか。巷では公爵は三つ子なのではないかと噂されているほどの八面六臂の活躍だ。家庭に目を向ける余裕は無いのだろうな……。


 それに加えて宰相のヴィクトールが亡くなったことで更に負担が増えてしまう可能性もある。ままならないものだな。


「そうか……だが、そうやって彼らが重い責任を背負って日々頑張っているからこそ、この国の人々はこうして笑っていられるんだ。リュゼの我慢がこうやって報われているんだと思うぞ。まあ、気休めにしかならないがな」


「ううん、そんなことない、とても元気が出る。こうやって街に出てみて初めて実感出来たの。貴方のおかげよ、ファーガソン」

「いいや、それに気付いたリュゼがすごいんだ。俺はそんなお前だから手伝っただけだ」


 俺はすべてを失ってから気付いたんだ。お前は本当にすごいよ。


「でも……こんなにみんな楽しそうなのだから、マリア様はきっと素晴らしい領主なのね……民の姿は領主の鑑写しの姿だって言うでしょう?」


 そういえば姉上も同じことを言っていたな……。


 不意にリュゼの姿が記憶の中のエステルに重なる。


「そうだな、マリアは素晴らしい領主だ。だがリュゼだってきっとマリアに負けないくらい民に愛される為政者になれる。お前がそう望むのなら、な」


「ふふ、もしそうなったら毎週屋台巡りをするつもりよ」

「そりゃあ良いアイデアだ。そんな領主が居る街なら皆が住みたくなるだろう」


「ファーガソンも?」

「もちろんだ」

「ふふふ、そっか……うん、領地経営も悪くないかも」


 リュゼはとても頭が良い子だ。飾り物の貴婦人として微笑んでいるよりも、マリアのように人々を幸せにする役割が合っている。


 心から願う、運命の女神トレースよ、どうかこの子の未来に希望と幸せを。




「あ!! ねえファーガソン、あそこ見て、アクセサリー売ってるわ」


 露天商のアクセサリー売りか……リュゼのような貴族が身につけるようなものは売っていないと思うが――――


「ほう……店主がドワーフとは珍しいな」


 ドワーフが街に居ること自体はさほど珍しくは無いが、職人気質の彼らは行商の真似事を嫌う。店を構えているドワーフでも、接客や営業は人族などが担当している場合がほとんど。やむを得ない事情があるのか、そうでなければ変わり者なのだろう。


「ドワーフの作るアクセサリーって素敵なのよ!! ねえファーガソン見ても良い?」


 リュゼの期待を込めたキラキラの瞳を拒絶出来るだろうか? いや無理だ。


 どうせこうした何気ない買い物すら普段は出来ないのだろうから、今日は存分に楽しんで欲しい。


 それに……リュゼの言う通りドワーフは人族よりも手先が器用で信じられないほど精巧なアクセサリーを生みだす。もしかしたら掘り出し物があるかもしれない。


「よし行ってみるか?」 

「やった!!」


 俺とネージュがリュゼを両脇から挟むように歩き、背後はサムが死角を消している。幸い露店は見晴らしの良い場所で強いて言えば店主の動きだけを警戒すれば事足りる。


 リュゼは異国風の絨毯の上並べてあるアクセサリーを興味深そうにのぞき込む。


「店主、ちょっと見せてもらっても良いかしら?」

「……いらっしゃい。好きなだけ見て行ってくれ」


 愛想笑いは無く、口数は少ない。いかにも実直そうな職人風の店主。口先三寸で売りつけるのではなく、商品を見てもらえればわかる、自ら語るよりも作品に語らせたいといったところだろうか。


「わあっ!! これ素敵……」


 リュゼが夢中になっているのは、彼女の瞳の色と同じ紫水晶の指輪。竜やグリフォンの銀細工が施されていて、素人目にも中々の逸品に映る。


「気に入ったのならプレゼントしよう」

「良いのっ!! ありがとうファーガソン!!」


「店主、この指輪はいくらだ?」

「……十万シリカだ」


「ええっ!?」


 リュゼが絶句しているが、正直俺も驚いた。このクオリティでたったの十万シリカ……安すぎる。


 そんなことはしないが、たとえばここにあるアクセサリーを王都に持って行って売れば確実に十倍の値で売れるだろう。リュゼが社交の場に持って行けば、百倍の値がついてもおかしくない。


 盗品だと言われたほうが納得できる価格設定だが、そうでないことはわかる。やはり余程急ぎで金が必要になったのだろう。


「せっかくだネージュも好きなの選ぶと良い」

「ええっ!? わ、私も良いんですか!? あ、ありがとうございます!!」


 ネージュも自分の瞳の色と合わせたのだろうか? 黄色いトパーズの指輪を選んだ。


「旦那……」

「サムは駄目だ。アクセサリーって顔じゃないだろ?」

「まだ何も言っていないのに酷いでさあ!! たしかにアクセサリーなんて持っていやせんが」


「アクセサリーは駄目だが、これなら良いんじゃないか?」


 小回りが利きそうなナイフ。装飾もかなりカッコイイ。


「ええっ!? 良いんですか? うわあ……ありがてえ……」


 泣くなよサム……酷い面だぞ?


「あうう……こんな立派なナイフ、もったいなくて使えねえ、家宝にしやす!!」

「使わない方がもったいない。遠慮なく使ってくれ」


 サムの奴、装備がボロボロだったからな。冒険者は装備だけが命を守ってくれる相棒、今回の報酬でしっかりと買い替えて欲しいところだ。



「毎度アリ!! たくさん売れて助かった」


 どうやら必要な資金が手に入ったので今夜はもう店じまいらしい。こちらこそ素晴らしい買い物が出来たよ、ありがとう。

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