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第六十四話 お忍びの公爵令嬢


「というわけで、この街の魅力を堪能したいそうだ。案内を頼むぞサム」


「へ、へい、それはもう任せてくだせえ!! それにしてもファーガソンの旦那が連れて来る女性方は揃いも揃っておっそろしく別嬪さんばかりじゃねえすか。さすがですなあ」


 一応目立たないように町娘風の地味な恰好をさせているのだが、その程度で隠せるようなものではなかった。むしろかえってその立ち居振る舞いや美貌を際立たせる結果となってしまっている。


 まあ、それでもキラキラのドレスを着て街をうろつくよりは多少マシだと思いたいが。


「よろしくねサム」


 氷すら溶かしてしまいそうな輝く微笑み。愁いを帯びた深窓の令嬢というのが昨日までのリュゼだったが、今は当面の心配事が無くなり、楽しみにしていた街巡りが出来ることも相まって、年相応の本来彼女が持っている魅力をあふれんばかりに振りまいている。


「は……はひ……」


 その高貴で可憐な魅力にあてられて、可哀そうなサムは早くも呼吸困難に陥っている。これは報酬をアップしてやらないとな。


「貴様……お嬢様をその薄汚い視界に入れるんじゃない。噛み殺す――――ぐべしっ!?」


 ネージュがリュゼの一撃によって五メートルほど吹き飛ぶ。


「ごめんねサム、あの子悪気はないのよ?」

「ひ……ひゃい……」


 違う意味で心臓麻痺を起こしそうなサム。うん、報酬大幅アップしてやるから死ぬなよ……。


「いいかサム、くれぐれもお嬢様に話しかけるなよ? どうしても必要な場合は私に許可を取れ。それから視線を合わせることも禁止だ。警護の邪魔になるから、半径二メートル以内には近づくな――――きゃいん!?」


「ネージュ……貴女せっかくのお出かけを台無しにするつもり?」


 今度は十メートルはいったな……。


「だ、旦那……お嬢様も恐ろしいが何事も無かったように立ち上がってくる獣人のお嬢ちゃんも恐ろしいや」


「ハハハ、脅かすわけじゃあないが、あれをサムが喰らったらバラバラの肉塊になるから気を付けろよ」

「ひいいっ!? 肝に銘じやす!!」




「わあっ、お店がたくさん並んでるわ!! ねえファーガソン!! あれ食べてみたい!!」

「おっ、良いな、よし食うか」


「店主、これは何?」

「おわっ!? これはどえらい別嬪さんだな!! これはな、スネークの串焼きだ、美味いぞ」  


 一応確認するが、マーダースネークではないな。おそらくは無毒種のスナスネークだろう。万一あんなものを食わせたら大変なことになる。


「美味しそうね、ファーガソン、ネージュ、サム、みんな食べるでしょ?」

「ああ」

「もちろんです」

「ええっ!? あ、あっしも良いんですか? も、もちろんいただきます!!」


 想像すらしていなかった事態に感激して泣きそうになっているサム。


「じゃあ四本ね。店主、おいくらかしら?」

「毎度アリ!! お嬢ちゃん別嬪さんだから一本サービスするよ。全部でこれだけでいいよ」


 屋台の親父が指を一本立てる。四本で千二百シリカのところ、五本で千シリカか……ずいぶんサービスが良い。まあリュゼは可愛いから仕方ない。俺が店主なら二本サービスする自信がある。


「ええっ!? たった一万シリカ!? 安すぎるんじゃないの? ネージュ、わかってるわね?」

「は……!! 店主、細かい持ち合わせが無いゆえこれで許せ。釣りは不要だ」


 そういって十万シリカの大金貨を差し出すネージュ。


「えっと……これは?」


 しまった……思った以上に感覚がズレているのを失念していた。串焼き屋の店主が大金貨なんて見たことないだろうし、扱いに困ってしまうだろう。下手に使えば犯罪を疑われる可能性すらある。


「店主、ジョークだ」

「へ? あ、ああ、ワハハハハ!! いやあ別嬪さんで楽しいなんて最高だね。もう一本サービス!! また来てくれよ」



「ファーガソン、あの店主とても親切だったわね!!」

「なかなか見上げた親父でしたね」


「そ、そうだな」


 どうやら小銭を渡しておいた方が良さそうだ。あまりにも金銭感覚が違い過ぎる。



「ところでサム、これは貴様の分だが……本当に食べるつもりか?」

「へえ……せっかくでしたらぜひ」

「ふん、残念だったな、お前の分には私がたっぷり唾液を付けておいたからな!! これでもう食えないだろう?」

「ええっ!? お嬢ちゃんの唾液? むしろご褒美ですがね、喜んでいただきやす」


「くっ、この変態め!! そこまで言うならくれてやる。唾液は冗談だ、安心して食え」


 ……何がしたかったんだ、ネージュ。




「ファーガソンの旦那……」

「どうしたサム?」


「気のせいかもしれないんですが、あの騎士団の方々、ずっとこちらを見ているような……?」

「気のせいだサム、案内に集中するんだ」

「へ、へい!!」


 さすがに気付いたか。トラス……仕事熱心なのは感心するが、チラッとリュゼを見ただけの奴らまで職務質問するのはやり過ぎだと思うぞ。


 まあそのおかげで、こちらへの注目が分散することになるから助かってはいるが。


 

 ちなみに今回護衛騎士団十五名全員付いてきているから相当目立つ。軽装とはいえ、一目で騎士団とわかる恰好。変装する気ゼロだ。


 しかしなあ……マリアの手配した治癒師によってすでに戦列復帰しているとはいえ、休んでいた方が良いんじゃないか?


 そんなことを考えている間にも、何人か路地裏に連れ込まれるのが見えた。うむ、士気は高いようだな。

 



「あれ? なんだか香ばしい良い香りがするわ」

 

 リュゼが屋台へ走ってゆく。


「店主、これはなあに?」

「おお、いらっしゃい。これはね、ギルを練ったものを串に刺して焼いたもので、平パンって言うんだよ。焼きたてに好きなものを塗って食べると最高だよ」


 平パンか。庶民中の庶民の食べ物だな。素朴で質素な味だが、良く言えば素材の味を楽しめる。質の悪いものもあるが、ダフードの平パンは質が高いと言っていたから大丈夫だろう。


「美味しそうね。二ついただくわ」

「毎度アリ、百シリカだよ」

「ひゃ、百……シリカ? ふぁ、ファーガソン!!」


 助けを求めるリュゼ。単位が細かすぎて知らなかったのだろう。


「これが百シリカコインだリュゼ」

「あ、ありがとう助かったわ」


「平パンに付けるなら、バタール、ソルテ、シードオイル、どれでも百シリカだよ」


「うーん、全部試してみたいわね……店主、平パンをもう一つ追加してバタール、ソルテ、シードオイルを一つずつお願い」


「おお、お嬢ちゃん通だね。よし、平パンは一つサービスだ」


 美人は得だというが、実際は苦労することの方がはるかに多い。これぐらい報われても良いだろう。


 それにしてもリュゼは気取ったところがないから人気がすごいな。


 きっと良い為政者になることだろう。

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