第六十一話 敏腕執事と肉食系メイド
「俺は色々報告があるから領主の屋敷へ行ってくる。お前たちは今のうちに道中必要なものを買っておくと良い。それから次の目的地であるウルシュの情報、路程などの情報もある程度頭に入れておくように」
ウルシュまでの旅程は、アグラ、ダフード間のように整備された平坦な街道ばかりというわけでもない。途中で山越えもあるし、森を抜ける必要もある。出現する魔物もこの辺りよりもずっと強力な種類が出現するようだ。
もちろん全力で守るつもりだが、旅に絶対というものはない。万が一俺に何かあったり、想定外のハプニングに巻き込まれてしまったら……情報や知識の有無は、そのまま生存率に直結する重要な要素だ。
「ファーガソン、ウルシュまでの情報はギルドでまとめておいたから、この後皆で来ると良いよ」
「商業ギルドの方でも可能な限り最新の情報を集めてありますから、こちらにも立ち寄ってくださいね」
「すまん、恩に着るエリン、フリン」
この世界、大抵のものは金で解決できるが、買えないものもある。それが信頼できる仲間、人脈だ。俺が旅を続ける中で得てきた最大の財産があるとすれば、各地に居るそういった人々の存在だろう。
残念ながら隙あらば騙そうとしてきたり、悪意を持って接近してくる人間も少なくはない。だからこそ誰が相手だとしても常に誠実に裏表なく接接する必要がある。信頼できる人間はちゃんと応えてくれるものだし、裏切るような人間はすぐに馬脚を露すものだ。
「なあに、ギルドにとって有益な人間をサポートするのは当然のことだよ。君たちがウルシュに到着するころには、情報は更新されているはずだから安心して欲しい」
「それでも感謝してるよエリン」
ギルドのすごいところは、その情報の伝達速度と質の高さだ。各種ギルドはそれぞれ独立性を保ちながら互いに協力関係を築いている。周辺の街同士では、ほぼ毎日定期便が運航していて情報が更新される。特に重要度が高かったり、緊急性の高いものは専属のテイマーなどが飛行系の魔物を使って知らせるようになっている。たしかある程度の規模の街からは、定期的に王都の本部へ報告する義務があったはずだ。
そのおかげで、俺たち冒険者は、どの街へ行ったとしても、常に最新の情報が更新されているので、ギルド残高やランク等をフル活用出来るのだ。特に大量の現金を持ち運ばなくて済むのは本当にありがたい。ギルドに預けておけば盗まれる心配もない。
各国の為政者たちも、ギルドから情報を手に入れる見返りに、国内での自由な活動を保証している。治安や情報管理など膨大なコストが節約できるのだから、お互いにウインウインの関係ということだな。
「これはファーガソン様、ようこそいらしゃいました」
領主の館に到着すると、いつもの凄腕執事が出迎えてくれる。そういえば名を聞いていなかったな。
「セバスチャンでございます」
口に出していないのに視線で意図を読み取ったか……。
「やるなセバス」
「勿体ないお言葉でございます」
それにしても、相変わらず隙が全く無いな……これほどの力量ならもっと出世出来ただろうに。
「マルタ様に頼みます、と託されておりますので」
マルタ様……たしか亡くなったマリアの母親で前領主だったか。生涯独身を貫いたと聞いていたが……そうか……もしかしてセバスとマルタ様は恋仲だったのかもしれない。
もしそうなら、マリアの父親はセバスの可能性もある。なるほど、あの複雑そうな表情は娘を案ずる父親としての顔だったのかもしれないな。
セバスが語らない以上推測の域は出ないが、そう考えれば腑に落ちる気がするのだ。
「マリアの側で守れなくてすまない」
「いいえ、マリア様の笑顔を取り戻してくださり感謝しております。それに……私もまだまだ現役ですから」
髭で良く見えなかったが、ニヤリと笑ったような気がしたのはきっと気のせいではないはずだ。
「それではこちらでごゆるりと」
使用人に指示をだしてセバスはマリアの元へ戻っていった。俺と違ってマリアは多忙を極めているからな。
もう何度も来ているので、この客間もすっかり慣れたものだ。我が家のように落ち着くとまではいかないが、落ち着かなくて緊張するということもない。
「いらっしゃいませ、ファーガソン様」
アリシアが茶と菓子を持って部屋に入ってくる。
「メイド長直々とは恐縮するな」
「ふふ、私はファーガソン様専属のメイドですから」
その赤みを帯びた猛獣のような瞳で見つめられると、なんだか背筋がぞくぞくする。さすが肉食系メイドアリシアだな。
「専属のメイドか……どんなことを頼んでも良いのか?」
「もちろんです。あんなことでも構いませんし、ファーガソンしてもらっても大歓迎ですよ?」
アリシア……有難いんだけど、ファーガソンするってもう通用してるのが……いまだに慣れない。
「体調はもう大丈夫なのか?」
「……誰のせいだと思っているんです?」
アリシアのジト目に視線を逸らす。
「すまん……反省している」
ケルピーの卵の時はさすがにちょっとファーガソンが暴走気味だった。
「ふふ、冗談です。鍛え方が違いますからもうすっかり万全です」
「そうか、それは良かった」
仕事に支障が出ていたら申し訳ないからな。
「それが……あまり良くないんですよ。ケルピーの卵のせいでおさまらなくて……」
アリシアが瞳をぎらつかせて完全に捕食モードになっている。
「アリシア、悪いんだがファーガソンしてくれないか?」
「かしこまりました」
「せっかく入れてくれたのにすっかりお茶が冷めてしまったな」
「お気になさらず。最初から冷めたお茶でしたから」
ペロリと下を出すアリシア。なるほど、予定通りだったというわけか。
「さすがだな。なら遠慮はしないぞ?」
「あは!! お手柔らかにお願いしますね」