第六十話 エルフのデザートはお好きですか?
と、溶ける!?
小分けに切り分けたと言っても、ビフテリアの分厚い果肉は十センチ近くある。かの花は、見た目以上に繊維質がしっかりしていて、薄切りにしないと噛み切れない。そのため繊維に細かく切り目を入れたり、手作業で取り除いたりするのだが……そういった形跡は見られない。
果たして噛み切れるのか?
だがそれは杞憂に終わった。嚙み切れるどころか、まるで熱したバタールのように口の中で溶けてゆくのだ。
「信じられないです……臭みが全く無いことにも驚きましたが、あの厄介な繊維質がまるでバタールのように柔らかくなっています。まるで赤身肉に入っているサシのよう……一体どんな魔法を使ったのでしょうか?」
ファティアが紅潮した表情でビフテリアを口に運ぶ。その熱と興奮がこちらにも伝染して俺の手と口も止められない止まらない。
臭みが無いことに気を取られていたが、言われてみれば繊維質が気にならないのは異常ともいえる。ファティアが魔法と形容したのも頷ける。
「シードオイルにもある程度臭みを消す効果はあるんですが、これはそういう次元ではないですね」
「そうだな、俺にも皆目見当がつかない」
「ふふ、驚きましたか? 実際にビフテリアを食べたことがある方ほどびっくりされるのですよ」
カリンは俺たちの反応が嬉しかったようで、とても自慢げだ。
「本当に驚いた。ファティアじゃないが、魔法としか思えん」
「はい、私が知り得る限りの方法では到底無理です。素晴らしいですよカリンさん!!」
「ありがとうございます。詳しい方法はお教え出来ないのですが、こちらで提供しているビフテリアは自家製栽培なのですよ。野生種のものだとどうしても臭みが強いですからね。それでも方法はあるのですが、結構手間がかかるのです」
なるほど、自家製栽培か。おそらくは育成方法もしくは栽培環境に秘密があるのだろう。
「エルフという種族が気の遠くなるような試行錯誤を重ねて発見した方法なのでしょうね……食への執念、尊敬しかないです」
俺たちが知らないだけで、エルフの知恵とはきっと素晴らしいものなのだろう。しかしそれを人間に知られないようにしているエルフたちを責めることは出来ない。
俺たちは何でも食べるが、エルフは菜食の種族だ。人間が食べられない、もしくは好んで食べないものを工夫して食すことで生き残ってきたのだ。その聖域にまで人間が土足で踏み込んでしまったらエルフの生活が危機的な状況に陥ってしまう。
「ふう……美味かった」
「美味しかったですね。あんなに食べたのに全然胃がもたれる感じがしません」
同じ量の肉を食べたら間違いなく具合が悪くなるだろう。ビフテリア万歳だ。
「最後は食後のデザート『森の宝石』になります」
カリンが運んできたのは、白い半固形状に固められた土台に色とりどりの果実が飾られているデザートだ。まるで王冠のように輝いている。森の宝石とは言い得て妙だな。
厳選された果実だと一目でわかるが、それよりも気になるのは白い半固形状の土台部分だ。
スプーンですくって口に近づけると果実とは明らかに違う甘い香りが鼻腔を刺激する。
なんだこれは……食べたことはないはずだが、なぜか懐かしい気持ちになる。
「いただきます」
まずは白い部分だけ食べてみる。
おうふ……なんという優しい甘さだ……強いて言えば、ウッシーのミックに似ているが、もっと上品で繊細……ミックのような臭みは一切ない。
「わあ……めっちゃ美味しい牛乳プリンみたい」
チハヤの言っている意味はわからないが、おそらくは異世界の食べ物なのだろう。
「カリン、まさかラヴィアの雫が食べられるとは思わなかったよ。懐かしいな……」
「本当ですね……なんだか故郷が懐かしくなりますね……」
エリンとフリンがしんみりと味わっている。
ラヴィアの雫か……おそらくは命の女神ラヴィアのことだろうが、エルフにとっては郷愁を誘うものなんだろう。
いや……違う。エルフだけじゃあない。現に皆涙を流しているじゃないか。俺も含めて。
これは理屈じゃない。魂が覚えているんだ。命の根源に関わる記憶……なのかもしれない。
「なあエリン、ラヴィアの雫って一体?」
「気になるか? ふふ、ラヴィアの雫はな、エルフの母乳だよ」
ぼ、母乳っ!? そうか……それで懐かしい感じがしたのか。
「エルフは非常に妊娠しにくい種族です。その代わり一度妊娠するとウッシーのように大量の母乳を出すようになるのです。毎日絞らなければ大変なことになるほどに。私たちエルフでも数年、数十年に一度味わえるかどうかの貴重なものなのですよ」
フリンの言葉に驚く。そんなに貴重なものだったのか。
「こちらは一般には出していないメニューとなります。滅多に流通するものではないので。エルフの母乳は、クセが無く、飲んだだけで寿命が伸びると言われるほど滋養に優れた食材なのですよ」
そう言えば、エルフと結婚し子をなした者は総じて長命だと聞いたことがあるが、まさか……母乳飲み放題のおかげ……なのか?
「まさかとは思うが、カリンは……その……母乳は出ないんだよな?」
スレンダーな体型の者が多いエルフにしてはずいぶんグラマラスだなと気になってはいたが……
「ええっ!? ま、まさか!! でも、ファーガソン様が望むなら私、専用の母乳係に――――ぐへっ!?」
エリンとフリンのパンチが同時にさく裂して、カリンは再び空を飛ぶ。
『きゃっ、きゃっ、えりん、どらこも!!』
エリンが仕方なくドラコを投げる。もちろん風魔法でふんわり包み込んでいる。
『きゃっ、きゃっ、たのしいね、かりん』
「そ、そうですね……なんというか生きている実感が湧きます」
たくましいなカリン。
「ファーガソン、カリンは食べ過ぎなだけだ。母乳なら私が出るようになったら好きなだけ飲ませてあげるよ」
「ふふ、なんとなくですが私も母乳が出そうな予感がします。楽しみにしていてくださいね?」
エリンとフリンの母乳か……なんというかワクワクするな。
「ああっ!! ファーギーがやらしい顔してる」
「母乳と聞いて興奮するとはとんだ変態だな」
「ファーガソンさん、最低です」
違うんだ。あくまで食材としてだな……
まあ、最後に誤解されてしまったが、大満足の昼食だった。教えてくれたエリンと最高のもてなしをしてくれたカリンには感謝だ。
「お会計、百二十万シリカです」
……うむ、まあ安い。貴重な食材を惜しみなく使っていたからな。
「あはは……魔果ロンが一つ五万シリカしますからね……」
そういえばドラコが魔果ロン十個以上食べていたな……。
「支払いはギルド残高払いで頼む」
「かしこまりました!! あの……ファーガソン様」
「なんだカリン?」
「もし……少しでも時間があったらで良いんですが、その……お待ちしてます」
「約束は出来ないが、時間があれば立ち寄るようにする」
「はい!! ありがとうございます」




