第六話 ギルドマスターエリン ~ワイルドボアの熟成肉を召し上がれ~
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドダフード支部へようこそ」
「やあ、依頼報酬の受け取りとその他諸々の手続きがあってな。悪いがギルドマスターを頼む」
単に報酬をもらうだけなら簡単なのだが、今回は盗賊団の件があるからややこしいことになる。こういう時は最初からギルドマスターに丸投げした方が早く終わるからな。
「は、白銀級!? か、かしこまりました。すぐにお通しいたします」
冒険者証を見て、慌てて奥へと消える受付嬢。普段はともかく、こういう時は話が早くて助かる。
「お待たせいたしました。ギルドマスターがお会いしますので、こちらへどうぞ」
「ありがとう」
何事かとギルド職員や他の冒険者たちの視線が集まるが、別に話しかけてくるわけでもないので、そのまま受付嬢の後ろについて階段を登ってゆく。
「ギルドマスター、ファーガソン様をお連れしました」
「御苦労さま、もう下がって良いよ」
二階の奥にあるギルドマスターの部屋は、重厚な扉に頑丈そうな壁に囲まれていた。執務室というよりは、まるで要塞みたいな部屋だ。古い街だと昔の建物を再利用しているケースも多い。このギルドもその類なのだろう。
「私がこのダフード支部のギルドマスター、エリンだ。白銀級の冒険者を迎えられるなんて光栄だよ」
予想に反してギルドマスターは驚くほどの銀髪美女だった。見た目は二十代くらいだが、耳が尖っているからエルフだろう。エルフの見た目は実年齢にほとんど反映されないから、人間には判別出来ない。
「初めまして。白銀級冒険者のファーガソンだ。忙しいところ申し訳ない」
「良いよ、今日は暇だったから。それよりも用件を聞かせて欲しいかな?」
「実は――――」
「なるほど、ここしばらく盗賊団の被害が相次いでいて、我々も困っていたんだよ。キミが引き渡した盗賊団の頭については追って領主からも懸賞金が出るだろう。ギルドからも報奨金を用意するから安心してくれ。その他、面倒な手続きも私に任せてもらえば悪いようにはしない」
「ありがとう。正直助かる」
所有権の移譲や放棄、売買や換金、分配など、個人で申請処理していたらいつまで経っても出発できなくなってしまう。こうしてギルドに委託してしまえば、お互いに利益があってWINWINなのだ。
「ただし――――こちらからも条件というかお願いがある」
だろうな。まあ多少のことなら妥協するつもりだが……
「ふふ、私も久しぶりでね」
そう言いながら部屋の入口に鍵をかけ、奥の部屋へと誘うギルドマスター。
なるほど……そちらだったか。
「構わないが汗臭いかもしれないぞ?」
「ハハ、その方が好都合だ。ワイルドな男は嫌いじゃない」
「ファーガソン、いつまでこの街に?」
「一週間後に出発する予定だ」
「そうか、出来れば毎日来てくれないか? エルフは子が出来にくくてね」
「毎日来れるかどうか約束は出来ないが、なるべく来よう」
「うむ、そうしてもらえると助かる。ちゃんと手当とギルドポイントを上乗せしておくので安心してくれ」
別に報酬目当てじゃないんだが、くれるというのなら断る理由は無い。
「宿が決まったらギルドへ連絡してくれ。こちらから呼び出すこともあるだろう」
「わかった」
「お疲れ様でした、ファーガソン様」
なんだか期待しているような受付嬢の視線を見ないふりする。
このあと二人と合流するのだ、これ以上はさすがにマズいだろう。
確定している報酬を受け取りギルドを出る。
待ち合わせ場所は――――中央広場の像の前。
「あ!! ファーガソンさん!!」
「ファーギー遅い……」
少し待たせてしまったようだな。
「報酬も入ったし、今夜は美味いものでも食べようか」
「いいですね!!」
「わかってるじゃんファーギー」
「わーい、やったあああ!!」
「サム、なぜお前まで喜んでいるんだ? ついてくるのは自由だが、自腹で頼むぞ」
「えええっ!? そ、そんなあああああ!?」
「冗談だ。良い店があるなら教えてくれ。あと、宿もな」
「ふぁ、ファーガソンの旦那!! へい、最高の店と宿をご案内させていただきやす」
初めての街では冒険も良いが、やはり地元の人間に聞くのが一番だ。
「ここが今ダフードで一番ホットな店ですよ旦那!!」
案内されてやってきたのは、中央通りから少し離れた高級住宅街に佇む店。
知る人ぞ知る名店なんだとか。
「サム、この店は何が売りなんだ?」
「へい、焼き肉です」
焼肉か……まあどこで食べても美味いのは確かだが……
「わざわざおススメしてくるぐらいだから、ただの焼肉ではないんですよね?」
「さっすがファティアさん、その通りです。ここの焼肉は一味も二味も違うんでさあ!!」
「……食べられれば何でもいいから早く食べよう」
なるほど……ただの焼肉ではないということか。これは楽しみだな。
「お待たせしました。ワイルドボアとマッドバイソンの各種盛り合わせです」
ワイルドボアとマッドバイソン……ごく一般的な肉だ。てっきり珍しい肉が出てくるのだと思っていたが……。
「当店の肉は地下の特別室で二週間ほど寝かせているんですよ」
「生のまま二週間も寝かせたら腐ってしまうんじゃ?」
俺もファティアの意見に同意だ。干し肉ならともかく、とても食べられたものじゃあない。
「それって熟成肉ですよね?」
「おお、黒髪のお嬢ちゃん、よくわかったね。そう、熟成肉が当店の売りなんです。旨味が増して柔らかくなるんですよ」
ファティアでさえ知らなかったのに、チハヤの国では一般的な調理法なのか?
そういうことなら、とにかく食べてみようか。
「う、美味いっ!?」
まず驚かされるのはその肉質の柔らかさだ。特にワイルドボアの肉は味はともかく固くて中々嚙み切れないのが難点だが、この店の肉はまったく固くない。肉の旨味が残っている間に噛み切ることが出来るのは嬉しい。
そして……なんだこの凝縮されたような旨味の強さは……それに香りが全然違うぞ。豊潤でナッツのような香ばしい香りがたまらなく食欲をそそる。
て、手が止まらん。もっと食べたい。
気が付けば、皆、無言で黙々と肉を口にしては惚けた表情をしている。
「サム……グッジョブ!!」
「ありがとうございます。旦那ああ!!」
……会計の時、思ったより高くて焦ったのは内緒だ。