第五十九話 メインディッシュはトラウマの味?
それにしてもこのサラダ、主役の花だけではない、茎や葉も抜群に美味い。それになんだろう……この旨味を引き立てる独特の風味は……?
「この風味……これはゴマカシのオイルだなエリン」
「さすがリエン、ご名答」
そうか……ゴマカシの種から抽出される食用オイルは万能で、サラダにも合うって聞いたことがあるが……なるほど、だからこれだけ味の個性が違う花々なのに統一感が出て食べやすくなっているんだな。
「お味の方はいかがですか?」
「ああ、とても美味しいよカリン」
「それは良かったです!! 今でこそ常連のお客さまも増えましたが、店を出した当初は、花のサラダなんて手抜きだという人もたくさんいらっしゃったんです。お花って野菜以上に管理と鮮度が重要で、手抜きどころかとても手間がかかる料理なんです。まだまだ一般の方に認知されるまでには至っていませんけれど、エルフの女性にとっては、花のサラダを作れて初めて一人前。だからこそ絶対に手を抜くわけにはいかないのです」
ぐっとこぶしを握り締めるカリン。ファティアも同じ料理人としてその言葉に共感したのか、うんうんと大きく頷いている。
そして――――エリンとフリンはすっと目を逸らし、遠くを見つめている。
大丈夫だ、料理ぐらい出来なくたって生きていけるさ。
万能だと思っていた二人にも苦手なことがあったのかと、ちょっと嬉しくなる。それを本人たちに伝えるのは少し意地が悪いかもしれないからやめておくが。
「正直な話、生まれて初めて花束一杯食べたいなんて思ってしまった。カリン、素晴らしい料理をありがとう」
素晴らしいシェフには称賛を受ける権利がある。言葉にして伝えなければ届かないこともある。
「ふえっ!? そ、そんな……私のことを食べたいだなんて……はい、喜んで――――ぶへらっ!?」
今度はフリンに五メートルほど飛ばされて花畑に頭から突っ込むカリン。
「カリン……お客様の言うことはきちんと聞きなさいと何度言えば?」
「ひゃ、ひゃい……申し訳ございませんでした。妄想が迸ってしまって……」
前から薄々思っていたが、もしかしてエルフって結構戦闘民族なのかもしれない。
『きゃっ、きゃっ、えりん、どらこもやって?』
「え”っ!?」
どうやら空を飛び回るカリンの姿がドラコには楽しそうに映ったようだ。エリンのヤツ、めちゃめちゃ困ってるな。
「そういえばカリン、ドラコには何を食べさせたんだ?」
「魔果ロンです。ずいぶんと気に入ってもらえたみたいですよ」
魔果ロンか……果汁に魔力がたっぷり入っている希少なフルーツじゃないか。
「魔果ロンはもう残っていないのか?」
「はい、ドラコ様が全て完食されました」
……くぅ、俺も食べてみたかった。
その後、野菜のスープや根菜の煮込みなどに舌鼓を打ちつつ、いよいよ本日のメインディッシュの登場だ。
「メインディッシュって言っても、お肉じゃ無いんだよね?」
「はい、全て花と野菜だって言ってましたからおそらくは……」
しかし――――
ジュゥゥゥ
熱せられた鉄板の音、脂が焦げたような香ばしい匂いが漂ってくる。
どう考えてもステーキを想像してしまうが果たして。
「お待たせしました。本日のメインディッシュ、ビフテリヤのシードオイル焼きです」
台車に載せられた鉄板を次々に配膳してゆくカリン。
「わあっ!! 美味しそう」
「うむ、食欲をそそる香りがするな」
大はしゃぎのチハヤとリエンに対して――――
「ひえっ!? び、ビフテリヤっ!?」
めちゃくちゃビビっているファティア。
実を言うと俺も内心ビビっている。
なぜならビフテリヤの花は――――とにかく臭い。めちゃくちゃ臭い。
肉が腐って発酵したような強烈な腐臭。その過激な匂いで魔物や他の生き物たちから身を守っていると世間一般には言われるが……
森の賢者に聞いた話だと、実際にはその逆で、腐臭で魔物を呼び集め、食べてもらうことで生息域を広げているらしい。とはいえ食えるのはあくまで一部の魔物だけであって、人間が食えるような代物では断じてない。
「ううう……た、たしかにビフテリヤは同じ重さの肉と比較しても優秀な栄養素を持っているらしいですけど……私は匂いがトラウマで……」
「わかる……わかるぞ、ファティア。俺も一度だけ口にして死ぬほど後悔したからな。三日間はあの匂いが取れなかった……」
ビフテリヤは栄養価が高いので、様々な調理法が考案されてはいる。だが、匂いだけはマシにはなるものの、駄目な人にはとことん駄目だ。
「ファーガソンさん、わかってくださいますか」
「もちろんだファティア」
強い仲間意識で手を取り合う。
「何やってるんだ二人とも? 食わないのなら私が食べてしまうが?」
「うはっ、めっちゃ美味しい!! え? これ本当にお肉じゃないの?」
呆れた様子でこっちを見ているリエンとわき目もふらずにビフテリヤを食べているチハヤ。
そうなんだよな……匂いだけなら美味しそうなんだ。二人はたぶんビフテリヤを食べたことが無いんだろう……ある意味で羨ましい。
「ははは、大丈夫だよファーガソン、ファティア。何考えているのかわかるけど、騙されたと思って食べてみなよ」
エリンがそう言うのなら勇気を出して食べてみるか。
「ファティア、俺は食べてみようと思う」
「そうですね……料理人たるもの、苦手とか言ってられませんからね……」
分厚い花肉をナイフで小さく切り分ける。ダメージを最小限に抑えるためには仕方がないんだ。
「あらあら、随分とビビッてらっしゃるのですね」
フリンにも笑われてしまったが、一度出来てしまったトラウマは、そう簡単には克服出来ない。
「ファーガソンさん、ハナミツ十色もらってきました。万一の時はこれで洗い流しましょう!!」
「でかしたファティア。よし、それじゃあお互いに食べさせ合いをしよう」
同時に相手の口に入れて食べる。逃げられないように退路を断つ。
「行きますよ?」
「行くぞ?」
「「せーのっ!」」
周囲の生暖かい視線を感じながらビフテリヤをファティアの口の中に押し込む。
同時にファティアのビフテリヤが口の中に入って来た。
「ふおおおおおおおお!!!」
「ふわあああああああ!!!」
その瞬間、俺とファティアはトラウマが砕け散る音をたしかに聞いたのだ。