第五十八話 屋上庭園で極上のランチを
「カリンさん、この子、ドラコって言うんだけどお店に連れて入っても大丈夫?」
『うにゅう……かりん?』
「はうっ!? わ、私の名前を……も、もちろんです!! ドラコ様も立派なお客様ですから。VIP用の屋上庭園にご案内しますので周囲に気兼ねなくお楽しみいただけますよ」
「ありがとうカリンさん。良かったねドラコ」
『うにゅう!! ありがとかりん』
「あうう……可愛いですねドラコ様……はっ!? そういえば……えっと……ドラコ様は何を食べるのでしょうね? 生憎当店にはお肉は置いていないのですが……」
「えっと……リエン?」
「ポーションフラワーとか魔石花のような魔力が多く含まれている花や果物なら食べると思うが……」
「なるほど……わかりました。ドラコ様には、別メニューでご用意しますね」
ドラコは食べなくても良いのだが、皆が食べていると真似をして食べたがるかもしれないな。
「うわあ……綺麗……」
「街の中にこんな場所が……」
「これは見事だ……」
チハヤたちが手放しで称賛するのもわかる。
屋上庭園は文字通り三階建ての建物の屋上にあるのだが、一面は綺麗に刈り揃えられている緑の絨毯、まるで王宮の庭園かと思うほどの見事な造園技術によって、色とりどりの花や果物が所せましと輝いている。
さらに驚いたのは、屋上なのに小川が流れているということ。川のせせらぎに癒されながら健康的な昼食をいただく、これ以上の贅沢があるだろうか?
「皆さま、どうぞこちらの席でお待ちくださいませ」
一番眺めの良い庭の中央に設置されたテーブルは大木をそのままくり抜いたようなシンプルなものだが、この場所にこれ以上似合うものは想像できないほど溶け込んでいる。
「カリン、これはもしかしてエルダートレントを使っているのか?」
「はい、よくわかりましたね!! 手に入れるのには苦労しましたが、その分の価値はありました」
誇らしげに胸を張るカリン。
エルダートレントは、樹木系魔物トレントが三百年以上生きたものを言う。大変希少で、極めて硬質なため加工には熟練の技が要求されるが、味のある年輪、使い込むほどに艶と色の深みが増す素材として王侯貴族から絶大な人気がある。
嫁入り道具としてエルダートレント製の家具を持ってゆくのは高位貴族の嗜みの一つだ。そういえば姉上も……いや、今は食事を楽しむことに集中しよう。
「あんなこと言ってるけど、実際頑張ったのは私たちだけどね」
「はい、カリンはもっと感謝すべきですね」
エリンとフリンがツッコミを入れる。
「ええっ!? 元はと言えば姫様方がエルダートレント製が良いって仰るから――――ぐべしっ!?」
いかん――――!!
カリンの落下点に移動して抱きとめる。危うく小川に落下するところだった。ダメージはともかく、濡れたら大変そうだしな。
「大丈夫か、カリン?」
「は……はひ……あ、ありがとうございましゅ……」
どうやら大丈夫ではなさそうだ。顔は真っ赤だし、呼吸も不自然なほど荒い、全身もガクガクと震えている。
「少し休んできた方が良いんじゃないか?」
「だ、だだ大丈夫です!!」
フラフラしながら店内に戻ってゆくが本当に大丈夫だろうか?
「エリン、フリン、さすがにやりすぎじゃないのか? カリンフラフラだったぞ?」
「いや……カリンにダメージ与えたのファーガソンだからね……?」
「ファーガソンの攻撃はエルフの耐性を貫通してきますから仕方ないですね……」
まるで俺が悪いような言い方だな。納得いかないが。
「まずはこちらをどうぞ。十種の花の蜜をブレンドしたものをシトラ水で割ったものです」
最初に出されたのは不思議な色のドリンク。運んできたカリンはとりあえず元に戻っているようで安心した。
「綺麗……光の加減で色んな色に見える……」
チハヤがグラスを動かすたびに、角度変わるたびに見える水色が違って見える。味がまったく想像できない。
見ているだけでも楽しめるのだが、いつまでも眺めているわけにもいくまい。グラスを傾けて一口飲んでみる。
「これは……思ったよりずっとすっきりしていて……素晴らしい飲み心地だな」
花の蜜というからもっと甘いものを想像していたが、実際はほのかな甘さという感じでとても好みだ。
「ハナミツ十色っていうこの店の人気メニューだよ。口の中、お腹の中をすっきりさわやかにしてくれるんだ。これから出される料理をより美味しく味わうためにね」
エリンが恍惚の表情を浮かべながら一気に飲み干す。
たしかに口の中がかつてないほど爽快で、お腹の中も綺麗に整頓されたような感じがする。これは良い。
「続いて前菜の花束サラダです。食べられるお花を盛り合わせにしています。そのままで美味しく召し上がっていただけますので、最初は何も付けずにどうぞ。各種スパイスもご用意しておりますので、後はお好みでどうぞご自由にお使いください」
これは目に楽しい一皿だな。美しすぎて食べるのが勿体無いくらいだ。それにしても食べられる花か……いくつか知っているものもあるが、見たことない花が多いな……。
「あ、あの……これって有毒のウラミツラミですよね? 食べても大丈夫なんですか?」
さすがファティアは詳しいな。まあエルフのお墨付きだから大丈夫だとは思うが……
「ふふ、ファティア様はお詳しいのですね。たしかにウラミツラミは普通に収穫すると毒……というか不快な成分を分泌するので普通は食べられませんが、エルフには特別な収穫方法がございますので、ぜひ召し上がってみてください」
カリンにとっては想定内の質問だったのか、動揺することもなく、自信満々だ。ん? エルフの収穫方法ってどこかで……ああ、あれか!! パンの実の時にエリンが使った植物魔法か。
たしか植物を眠らせてから収穫するというエルフにしか出来ない方法だった。
「それではいただきます……んんっ!? う、うそ……めちゃくちゃ美味しい……です」
おそるおそるサラダを口に入れたファティアだったが、驚いたのかそのまま固まってしまった。
うーん、そんなに美味しいとは思えないんだよな。さすがに大げさじゃないか? 実際にいくつかの花は食べたことがあるからわかるが、そこまで感激するような味ではなかった。
とはいえ、エリンが収穫したパンの実の例もある。少しだけ期待しながら口に運んでみるが――――
「うおっ!? これが……花……だと!?」
なんと表現すればいいのだろう。今まで食べていたのは、味の無い皮の部分だったのだと思いそうになるほどの圧倒的な味の濃さ。たしかにこれなら余計なスパイスは要らない。食べた後で遅れて香りが鼻を抜けてくるのが素晴らしい余韻となるからだ。
一体どんな育て方をすれば……どれほど繊細に処理すればここまでの違いを生みだせるのだろう?
菜食の民であるエルフの本気を垣間見た気がする。