第五十七話 テイマーチハヤ誕生
「ほら、あの人がエリンさん」
『……えりん?』
ドラコが大きな瞳でチハヤに教わった名前を一生懸命復唱している。
「うはっ、もう私の名前が言えるんだね。可愛いなあ……よし、登録の方は心配しないで良いよ、面倒な手続きは全部こちらでやっておくから全部お姉さんにお任せだよドラコちゃん!!」
ドラコの可愛さにあのエリンもすっかり篭絡されてしまっている。思った以上に手続きは楽に終わりそうだ。
「それから……すぐ街に出られるように首輪も必要だよね。ちょっと待ってて……」
何やら奥でごそごそ探していたエリンだったが、目当てのものを見つけたようでこちらへ戻って来た。
「はい、ドラコちゃんの首輪。これね、成長に合わせて自動でサイズが変わる魔道具なんだよ」
エリンが差し出したのは、青空のような真っ青な首輪。様々な宝石がはめ込まれていて、どうみても高級品だとわかる。青いのはたまたまらしいが、首輪として目立つことが大事なので良い色だと思う。
「大丈夫? 首輪苦しくない?」
『うみゅう!』
大丈夫だよとでもいうように尻尾を振るドラコ。甘えるようにチハヤの背中におぶさられている。
「うんうん、とっても似合っているよドラコちゃん」
大層ご満悦のエリン。
「ところで重くないのか、チハヤ?」
「ううん、全然重くないよ」
不思議だな。竜の密度の高い体ならあのサイズでも百キロ近くはあるだろう。チハヤの身体能力で支えられるとは思えないんだが……?
「ファーガソン、竜の種類によっては体のサイズを小さくしたりや重さを限りなく無くして空を飛ぶことも出来るものもいる。ドラコもきっと無意識にそうしているのではないか?」
さすが竜に詳しいなリエンは。
まあ、いきなり人語を理解するくらい賢いから、それぐらい出来ても不思議ではないかもしれない。いつか大きくなった時にどうしようかと思っていたから、もしサイズや重さを変えられるのなら助かるのだが。
「後は……種族の設定か。そうだね……竜にすると色々と面倒だからドラコにしておこうか」
サラサラッと何かを紙に書いただけで登録は完了したらしい。
「種族って言うのはそんな適当で良いのか?」
「うん、そもそも魔物の種類ってギルドですら体系化出来ていないし、全種類把握している人間なんて存在しないからね。ファーガソンだってそうだろう?」
たしかに言われてみればそうだな。俺たちのように魔物を相手にしているプロですら一部の魔物しか知らないのだ、一般の人間なら尚更だろう。
「そういうこと。だからドラコって書いておけば、そういう珍しい魔物なんだなって思うだけだよ。大事なのは登録されているという事実だけだから。何はともあれ、これでチハヤちゃんは正式にテイマーになったよ。おめでとう!!」
「やったあああ!! これで私、堂々と名乗れる……冒険者でテイマー……ふふっ」
『うにゅう!!』
嬉しそうにクルクル回り出すチハヤとドラコ。
「良かったなチハヤ。パーティリーダーとしても誇らしいよ」
自らも戦えるテイマーというのはほとんどいないので、引く手あまたな彼らは好んで冒険者にはならない。ドラコの能力は未知数だが、貴重なテイマーがギルドに登録されたことはエリンにとっても嬉しいはずだ。
「よし、チハヤとドラコの登録はこれで終わったし、俺たちはお昼に行くけどエリンはどうする?」
「決まっているだろう? 当然一緒に行くよ。店は決まっているのかい?」
「いいや、まだ決めていないが」
「だったら良い店があるよ」
エリンの案内でやってきたのは、先日行った蒼月庵がある、いわゆる高級店街「ヒルズ」の一角に店を構える『花と野菜の庭園』だ。
周囲は街の中とは思えないほど木や花で埋め尽くされていて、蜜を求めて飛び回る虫たち、さえずる小鳥たちの姿を間近で見ることが出来る。店の入り口は巨木の根部分を利用した造りになっており、味わいのある木造の壁面にはびっしりと蔦植物が絡んで緑のカーテンのようだ。
客層の九割はお洒落に着飾った女性で、俺一人なら間違いなく来ないタイプの店だな。
「わあっ!! とてもメルヘンチック!!」
『うみゅう!!』
チハヤとドラコが声を上げる。ドラコはチハヤの真似をしただけだろう。花や虫が気になるようで、チハヤと一緒に夢中で観察している。
「はわあ……やはりお店の外観は料理の大切な要素ですね……」
ファティアは感心したように色々チェックしている。やはりいつかは自分の店を持ってみたいと思っているのかもしれない。
「ふむ、この店からも特徴のある魔力を感じるな……エリン、経営者はエルフか?」
「さすがだねリエン。このお店はエルフの料理人が厳選した花と野菜の料理が楽しめるんだよ」
ほう……菜食の店か。しかもエルフが厳選しているなら大いに期待できそうじゃないか。
俺たち冒険者はどうしても肉食に偏りがちになるからな。身体のためにもこれは嬉しいチョイスだ。
「それに、この店では私たちはVIPですからね。一般メニューでは出していない特別な料理も食べられるのですよ」
「ほほう……っていつから居たんだフリン?」
「風の噂で聞きつけまして。ご馳走様です」
そういえば風魔法で盗聴まがいのことが出来ると聞いたことがある。まあエリンが一人増えたようなものだし良いだろう。
「これは姫様っ!! ようこそいらっしゃい――――ぶへあっ!?」
店に入るなりエリンにグーで殴り飛ばされるエルフの店員。
「その呼び方はやめろと何回言っても直さないんだね、カリン?」
「も、申し訳ございません……姫……エリン様」
カリンとやらが気の毒なので詮索はしないが、エリンとフリンはエルフの姫君なんだろうか?
明らかに普通のエルフとは見た目も能力も違っているから多分そうなんだろうが。
「カリン、今日は大切なお客様をお連れしました。予算は気にせず最高のもてなしをお願いしますね」
「は、はい、フリン様!!」
フリン、支払うのは俺なんだが……。
つい財布の残金を確認してしまう。
「大丈夫だよファーガソン。支払いはギルド残高払いが出来るからね」
エリン、助かるけど支払うのは俺なんだが……。