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第五十五話 竜の誕生


「いいかチハヤ。卵に魔力を注ぎ込むやり方だが、私が教えた魔法の発動と基本的には同じだ。まあ魔法に比べればはるかに単純だぞ。言ってみれば体内の魔力をこの卵の中に注ぎ込むだけだからな」


「それなら出来そう」

「うむ、今のチハヤなら出来る」


 リエンが以前言っていたが、チハヤが魔法を使う場合、大きな湖を傾けてコップ一杯の水を注ぐコントロールが要求されるらしい。しかし竜の卵に魔力を注ぐ場合は、湖を傾けて隣にある空っぽの池に水を注ぐようなものなので、魔力操作が未熟なチハヤでも難しくはないらしい。


「じゃあ、やってみる」


 大人の頭よりも一回り大きい卵を抱きしめるチハヤ。


「念のため結界を展開する。失敗したらこの宿はおろか、ダフードが壊滅しかねないからな」


 リエンの表情は冗談で言っているようには見えない……急に不安になって来た。魔力が見えない俺にはチハヤは普通の女の子にしか思えないが、リエンの目にはどのように映っているのだろう。


「いくよ? うんと……魔力……解放?」


 なぜ疑問形? などと問いかけることは出来なかった。それほどまでに解放された魔力は圧倒的な圧を持っていたのだ。直接竜と対峙した時ですらここまでではなかった。


 咄嗟にファティアの前に立つ。


「あ、ありがとうございます、ファーガソンさん」

「後ろに隠れていた方が良い」


 

 これが――――チハヤの潜在能力、なのか。話を聞いて想像していたつもりだったが、初めて実感を伴って理解した。誇張抜きで完全に人の枠を逸脱している。なるほど……勇者が規格外だと言われるのはこの膨大な魔力があればこそなのだな。


 リエンが結界を展開してくれているおかげで魔力圧はこの部屋の中に留まっている。もっとコントロールが上達すれば結界なしでも外に漏れることはなくなるらしいが……。


「たくさん食べてね、ドラコ」


 凄まじい勢いでチハヤから卵に注がれる魔力の奔流に見ているだけでクラクラしそうになる。仕方ないことだが、結界のせいでこの部屋には本来拡散されるはずの魔力圧が寄せては跳ね返り、まるで打ち寄せる波のように終わることなく押し寄せてくるのだ。可哀そうなファティアは早々に離脱してぐったり動かなくなっている有様だ。リエンが涼しい顔をしているのは、高度な魔力コントロールの賜物なんだろう。


「ところでチハヤ、そのドラコってなんだ?」

「え? 生まれてくる竜の赤ちゃんの名前」

「そ、そうか……」


「竜は魔力を与えてくれた存在を親と認識する。つまりチハヤはドラコにとって母親ということになる。名付けるのは当然の権利だな」


 いや、その権利に文句はないのだが、チハヤのセンスはやはり異世界から来ただけあって、時々理解できない部分がある。



「あ……殻にヒビが入った!!」


 ジッと卵を見つめていたチハヤが突然叫ぶ。


「なっ!? まさか……もう生まれるのか?」

「あはは、すごいなチハヤは……たった一度の魔力供給で必要量に達してしまったのか……」


 いかん……なんだか興奮してきた。竜が生まれる瞬間に立ち会ったことがある人間など、勇者や伝説に登場するような英雄以外まずいないだろう。もしかしたらエリンやフリンならあってもおかしくはないが。

 

 当然万が一の事態が起こっても抑えられる自信があるからこうして孵化させるているわけだが、全てが謎に包まれている竜の生態に触れられるというのはとても貴重だ。


 異世界からやってくる勇者は女神に導かれているらしい。となると、神獣たる竜との巡り合わせは、やはりチハヤがここにいるからなのか?




 ピキ、ビキビキ、ビキビキ、パキンッ


 身構えていたのが拍子抜けするほどあっけなく分厚い卵の殻が割れて、中からぴょこんとピンク色の頭が飛び出す。小さいながらしっかりと鱗があって、四本の角が生えている。


 大枠ではたしかに竜なのだが――――なぜか柔らかそうな毛が生えていてふわふわしているっ!?


「きゃああ!! 可愛いよドラコ!! 私が思った通りの姿だ」

『うみゅう!!』


 チハヤに抱きしめられて嬉しそうに声を上げるドラコ。思ったよりも大きい。卵の中に居た時は、五十センチくらいに見えたのに、チハヤに抱かれている今は一メートルは近くある。


「なあリエン、あんな竜見たことも聞いたことも無いんだが?」

「うーん、これは興味深いな。もしかすると、竜は与えられた親の魔力の影響を受けるのかもしれないな……だってほら、竜は肉体が魔力で出来ている生命体だから」


 リエンの言うことは荒唐無稽ではあるが、そう考えないと理屈が合わない。ピンク色の体色もそうだが、ふわふわの毛、四本の角、鳥人族のような翼、その全てが既存の竜種がもつ特性とかけ離れている。



「そうだドラコ、皆を紹介するね。あの男の人がファーギー、碧い髪の子がファティア、紫髪の子がリエンだよ」


『……ふぁあぎい……ふぁてあ……りえん……?』

「わあっ!! すごいよドラコ!! めっちゃお利口さん!!」


 チハヤに褒められて嬉しいのか、尻尾をパタパタと左右に振る姿が愛らしい。


 しかし驚いたな……竜は高い知能を持っているし、人語を解することは知っていたが、産まれたばかりでここまで賢いものなのか……!?


「たぶん今もチハヤから流れ込んでいる膨大な魔力が成長を促進しているのだと思う。それに加えて異世界人の持つ魔力は私たちとは質が違うのかもしれん、違うかもしれないが」


 リエンが隣で興味深そうに呟く。まあ……不安はあるが何とかなるだろう。言葉も通じるし、知能が高いならきちんと躾けも出来そうだ。




「ねえリエン、竜って何を食べるの?」

「竜種は食事が要らないと言われているが、基本的には魔力そのものを食べる。人間と違って肉体が純粋な魔力で構成されているからな。魔力はどこにでも存在しているから食事の必要が無いように見えているが、実際には呼吸をするように全身から魔力を吸収しているんだ。魔石なんかはおやつ感覚で食べるらしいけど、人や肉を喰らうというのは迷信の類だな。人間程度の持っている魔力では竜にとって腹の足しにもならない。私たちがその辺の雑草を食べないのと同じだろう」


「へえ、食事が魔力だけで良いなんて随分エコなんだね」

「えこ? それがなんだかわからないが、食事に関してはチハヤがいるから問題ない。むしろもう少し抑えないとドラコが食べ過ぎで太るぞ」

「わかった……気を付ける」


 真剣な表情で頷くチハヤ。思ったよりも良い母親になりそうだ。


 それにしても、竜に関するリエンの知識は凄まじいな。俺も知らなかったことばかりで勉強になる。その点では王国はかなり遅れていると言わざるを得ない。


 おかげでなぜ竜種が聖域に住んで基本的に離れないのかわかったような気がする。魔力濃度が濃い快適な場所から離れるメリットが無いだろうからな。 

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