第五十四話 竜の卵
「ただいま皆」
明け方の白亜亭。身を寄せ合ってぐっすりと眠る三人娘の無防備な姿に帰ってきたんだなという実感が湧いてくる。
ちなみに、帰ってきてすぐサラに続きをねだられたので、部屋に辿り着くまでに時間がかかってしまったが。
マリアたちにも色々報告しなければならないが、皆寝ている時間だ。今は少しくらい休んでもいいだろう。
服を脱ぎ寝巻に着替えて、ゴロンとソファーで横になる。
「さすがにちょっと疲れた……」
◇◇◇
「おおっ!! ファーギーが帰ってる」
「お帰りなさい、ファーガソンさん!!」
「よくぞ戻った。ご苦労だったなファーガソン」
先に目が覚めたチハヤたちに起こされる。うーん、もう少し寝ていたかったんだが。
「ただいま。いきなり居なくなって悪かった。留守中変わったことは無かったか?」
「うーんなんかあったっけ? あ、私、馬に乗れるようになった!!」」
「本当です。ビックリしましたよ。私は新しいお料理を覚えました」
「私は特にないが……二人の魔法教育は順調だぞ」
「そうか、それはいい知らせばかりだ。それは良いんだが、なぜ皆俺の上に乗っているんだ?」
さして重くはないんだが、そんなに密着されてクンクン匂いを嗅がれるのは少々恥ずかしい。
「ファーギーの匂いなんか落ち着くんだよね」
「ああ、わかります!! 眠くなってくるんですよね」
「うむ、もうひと眠りしたくなる」
うーん喜んでいいのか微妙なところだな。
「なら丁度いい、俺ももう少し寝たいところだったから一緒に寝るか」
「「「わーい」」」
さすがにソファーでは狭いので、ベッドへ移動する。
でも……わかる気がしないでもないんだよな。三人とも落ち着く匂いがするから。
お互いさまと言うことで、おやすみ。
次に目が覚めた時には、すでに日も高くなっていた。
まあ、こんな日があっても良いだろう。今日は特段急ぎの用事もないのだから。
「そういえばファティア、エリンに聞いたが、明日アライオンの森へ行くそうだな?」
「はい、リュゼさんの強い希望で……マズかったでしょうか?」
「いいや、おそらく明日がダフードで過ごす最後の日になるから、良い思い出にもなるだろう。俺も楽しみにしているよ」
「は、はい!!」
「ということは、もしかして二人もリュゼに会ったのか?」
「うん、とても仲良くなった。ネージュはモフモフだった」
「うむ、生き別れの姉妹かと思ったぞ。私に姉妹はいないが。ネージュは毛玉だった」
「そ、そうか、それは良かった」
この様子だとネージュはだいぶ触られまくったんだろうな。気持ちはわかる、きちんと手入れされているから撫でると気持ちが良い。
あ……汗の匂い付きの服、忘れないように届けないとな。うっかり洗濯してしまったら大変だ。
「ところでファーガソン」
「なんだリエン?」
「お主の荷物から強力な魔力を感じる。一体何を持ち帰ったんだ?」
「魔力? ああ、もしかして……これのことか?」
竜の卵が入った皮袋を取り出す。
「ファーギー、それなあに? うわっ、卵!!! ダチョウより大きい」
「ああ……竜の卵ですか」
興味津々のチハヤ、ダチョウが何なのかわからないが、おそらくはチハヤの居た世界の生き物なのだろう。ファティアは当然知っている。
「む……竜の卵か。面白いモノを持っているな。何に使うつもりだ?」
「うーん、今のところ特に決めていない」
「そうか……だがそのまま使わないのも勿体ないし不便だろう、せっかくだし孵化させてみるか?」
とんでもないことを言い出すリエン。
「面白そう!! ねえファーギー孵化させようよ!!」
チハヤは大喜びだが……ファティアは当然というか苦笑いしている。
「チハヤ、気持ちはわからないではないが、竜はグリフォンとは比較にならないほど強大な存在なんだぞ」
「ええっ!? じゃあやっぱり凶悪な魔物なの?」
「いや、厳密には魔物ではない。神獣の一種だな。人間にとって脅威なのは一緒だが」
「神獣? 神さまの使い的な?」
「うーん、使いというよりも……まあ似たようなものだが女神の眷属だと信じられている生き物だな。人間の味方ではないが、魔物のように純粋な悪意を向けて来ることは無い。この世界を創世する際、神々の手伝いをしたと神話では語られている存在で、世界各地で聖域と呼ばれる場所を守っている。例外を除いて原則として討伐することは禁じられているな」
「あれ? でもファーガソンさんは竜と戦ったことがあるってリュゼさんが言ってましたけど?」
「それは……あれだ、若気の至りというか……修行の一環でな? 討伐したわけじゃあない」
「ふーん……よくわからないけど、魔物じゃないなら良いんじゃない?」
「まあ……駄目というわけではないんだが……というか良い悪いの前にそもそもそんなことが可能なのかリエン?」
大陸の外れには竜種と共存している国も存在しているし、王国の神話にも、竜とともに外敵を退けたという英雄譚がある。
だが、竜を孵化させる方法は失伝していてわからないと聞いた。なにせ少なくともここ百年、この王国には竜を孵化させた記録は残っていないのだから。
「それなら大丈夫だ。孵化させる方法なら我が王家に伝わっていたので知っている。とはいえ、私も実際に孵化させたことはないが」
そうかフレイガルドほど古い国であれば伝わっていたとしてもおかしくない。ということはここグランシャリオでも王家には伝わっている可能性はあるかもしれないな。
「それで、実際にはどうやって孵化させるんだ?」
「どうせ真似出来ないのだから構わんとは思うが、万一悪用する人間がいないとも限らない。一応口外禁止で頼むぞ? 竜を孵化させる方法……簡単に言えば、孵化に必要な魔力量を与えれば孵化する。至極簡単なことだ」
魔力量……だと? そうか、そういうことだったのか。
「それほど単純な方法なのにその方法は普及しておらず記録にも残っていない……ということは、孵化に必要な魔力量がとんでもなく膨大なんだな?」
それこそ人間には不可能なほどに。
「ふふ、さすがはファーガソン。その通りだ。我がフレイガルド宮廷魔導士が束になっても不可能な量だ。つまり……普通ならほぼ不可能。だが――――」
「そうか!! チハヤだな」
「その通り!!」
「ふえ? 私?」
急に名前が出てきて驚くチハヤ。
おそらくは、異世界人が持つと思われる膨大な魔力量。つまりは勇者クラスの規格外な存在にしか出来ないのであれば記録に残っていないのも納得だ。残したとしても誰も真似できないのだから。