第五十三話 ファーガソンの帰還
まだ暗い早朝に近い夜の終わり頃ダフードに到着した。
まずは冒険者ギルドへ足を運ぶ。
「わあっ!! お帰りなさいファーガソン様、ご無事のお戻り嬉しいです」
「ああ、無事戻った。それにしてもシンシア、こんな時間にギルドにいるなんて珍しいじゃないか?」
「ふふ、そろそろファーガソン様が戻ってくると思いまして……夜勤を替わってもらったのです」
シンシアの碧がかった瞳が嬉しそうに揺れる。どうやら同僚の間で誰が出迎えられるか勝負をしていたらしい。
「そうか、だがシンシアで良かった」
「ええっ!? そんな……そんなこと言われてしまったら私……」
「ほら、テレシアさんに頼まれていたミリリンの実、採って来たんだ」
ギルドを通しての依頼ではないので、こっそり耳打ちする。
「ちぇ~、なんだお母さんの用事なんですね……あ、でもここではマズいので、VIPルーム行きましょう!!」
VIPルーム好きだな……シンシア。
もちろん行くが。
◇◇◇
「あ、そういえばギルドマスターがお待ちですよ」
艶々の良い笑顔でそう告げるシンシア。
そういうことは早く言ってくれると助かるんだがな。
「まさか、こんな早くから居るとは思わなかったよ」
ギルドマスターの執務室に入ると、いつものように銀色のエルフがにこやかに出迎えてくれる。
「当たり前だよ、私が出迎えないで誰が出迎えるのさ? お帰り……ファーガソン」
「ああ、ただいまエリン」
抱きしめるとふわりと広がる草花の香りに心が落ち着いてゆくのがわかる。自宅に帰ってきたような安心感とはこういうものなのだろうか?
「む、ファーガソンからシンシアの匂いがする……」
「ああ、今さっきVIPルームでな」
「ええっ!? 私が待っているというのに酷いじゃないか」
「すまん、知らなかったんだ」
「まあ良いよ、メインディッシュは私だからね」
にっこりと意味深に微笑む銀髪のエルフ。やれやれ、これは手強い時の彼女だ。
「そうだな……お前が本当にエリンなのか、確認しないわけにはいかないだろう」
「やーん、こんな時間からファーガソンったら~」
間違いなくエリンだった。
しかし、奥の部屋でなぜかフリンも寝ていたので、結局あまり意味が無かった。
◇◇◇
「それで? ヴィクトール閣下はどうなったんだい?」
エリンが直球で聞いてくる。
「残念ながらヴィクトール閣下は亡くなられた。俺が現場に到着した時にはすでに手遅れだった」
「わあっ!! それは大変だああ!!」
全然大変だと思っていない風に棒読みするエリン。
「わざとらしいですよエリン。もうすでに調査隊を送っているくせに」
「あはは、まあね。出来れば他の街より先に現場を押さえたかったからね」
さすが、やることに卒がない。
「それでエリン、実はこの剣なんだが……」
ヴィクトールから取り返した宝剣を見せる。ヴィクトールが所有していたことをどれだけの人間が知っていたのかはわからないが、現場に残っていないことを伝えておく必要はあるだろうからだ。
「キルラングレーの宝剣……たしかイデアル家、君の実家の家宝だったよね?」
「実家の件はともかく、宝剣のことまでよくわかったな?」
「うふふ、私たち長生きですから~色んなことを知っているのですよ」
フリンが横から口をはさむ。
そういえば今何歳ぐらいなんだろう? なんとなく聞かない方が良い気がする。
「そういえば、グリフォンはキラキラしたものを集める習性があるんだったよね? そんなにキラッキラじゃグリフォンが持って行っても仕方ないな」
バチンとウインクするエリン。
「なるほど……ヴィクトール閣下を襲ったグリフォンがダフードでファーガソンに倒されたってことですね。倒した魔物が持っていた物は討伐した者に所有する権利がありますものね」
フリンがそう言って補足してくれる。
「どうせ国はヴィクトールの死因を公表できない。大方病死かなにかで真相は闇に葬ることになるだろうしね。数日程度の誤差ならいくらでも調整できるから大丈夫だよ、ファーガソン」
エリンたちの心遣いが本当にありがたい。
「その件なんだが、俺に少し考えがある――――」
「ええっ!? ヴィクトール閣下襲撃の黒幕をライアン辺境伯に?」
「そうだ。まあリュゼを狙ったのは事実だし、そう間違ってはいないだろう。噂を流すだけでも効果はあると思う」
元々、国王派、王弟派のどちらとも仲が悪い革新派だ。王家としてもその方が理由としては歓迎されるだろうし、少なくとも放置は出来なくなる。ライアンが本当に帝国と繋がっているのなら、今が排除する最後のチャンスになる。
「なるほどね、国としても調査をしないわけにはいかなくなるし、ライアンが帝国と何らかの繋がりを持っていた場合、焦って正体を現すかもしれないね」
一番怖いのは、王都から遠く離れた辺境で着々と準備を整えられてしまうことだ。ライアンが竜の卵を使ったことは間違いない以上、調べられれば立場が危うくなる。強力な牽制になるはずだ。
「あら~、ファーガソンったら恐ろしい方ですね。一気に国内の膿を出し切ってしまうつもりですか?」
「ああ、俺はこの国の平和を守りたいんだ。そのためなら何でもする」
「でも……最悪の場合内戦……もしくは帝国との衝突に発展する可能性があるね」
「そうだな……もし、そうなったら……俺が敵大将の首を取って終わらせるさ」
「あはは、ファーガソンがいうと洒落にならないね」
「本当に。ファーガソンに狙われたら、死と再生の女神ハイリルにキスされたようなものですから」
それではまるで俺が死神みたいじゃないか。まあ……似たようなものか。
どちらにしても、ライアン筆頭に革新派は胡散臭すぎる。手遅れになる前に陛下が判断してくれると良いのだが。
「あ……そうだ言い忘れていたけど」
「なんだエリン」
「明日みんなでアライオンの森へキノコ狩りに行くから」
「……聞いてないぞ」
「うん、今言ったからね」
どうやら決定事項のようだな。
「それで、皆って誰だ?」
「ファーガソン一行と私たち、それからリュゼノワール嬢と侍女のネージュだね。本当はローラたちも行きたがったんだけど、ギルドに人が居なくなってしまうからあの子たちはお留守番だ」
「エリン、フリン、ネージュはわかるが、リュゼは森に入れないだろう?」
「問題ないよ、リュゼノワール嬢は冒険者登録して、ファーガソンのパーティメンバーになっているから」
「聞いてないが?」
「うん、勝手に手続きしたからね」
やれやれ……。まあ良いか、リュゼはきっと楽しみにしているだろうし、最後にこの街で楽しい思い出を作るのも悪くない。