第五十話 ファーガソン街を出る
「繋がった? 一体何のこと?」
リュゼが首をかしげる。
「お前の馬車に竜の卵を仕掛けた犯人のことだ。あれから調べたらすぐにわかったんだが、ライアン辺境伯に竜の卵の購入履歴があった。他の取引は使用目的がわかっているから、怪しいのは今のところライアンだけということになる。仮にライアンが犯人だと仮定して、リュゼを狙う動機、どうやって遠い公爵領にあるリュゼの馬車に仕掛けたのかがわからなかったんだが、これで全てが繋がったというわけだ」
「そんな……まさか……ライアン辺境伯がお嬢様を?」
ネージュが出来るなら嚙み殺してやりたいといわんばかりにグルㇽと牙を剝く。
「十中八九間違いないだろう。大方、見合いを断られた腹いせか……政敵でもある王弟派と国王派がリュゼを介して結びつきを深め、革新派が王国内で孤立することを恐れたのだろうが……」
「ああ……わ、私のせいで皆を危険な目に……」
ガタガタと震えだすリュゼを抱きしめる。
「違う。お前は何も悪くない。お前に見合いという機会を与えた両親も、命懸けで守った騎士たちも、そしてもちろんネージュだってそうだ。皆、お前のことが大好きで大切に思っているだけだ。もう一度言うぞ、お前は何も悪くない」
「そうですよお嬢様、悪いのはライアンのクソ野郎です。お許しいただけるなら、今からでも行って嚙み殺してきますよ!!」
「ありがとうネージュ。でもファーガソンにも迷惑かけてしまって……今だって……」
「ハハ、それこそ無用の気遣いだぞリュゼ。そのおかげでリュゼとも知り合えたのだし、グリフォンで儲けさせてもらった。ライアンの野郎には一ミリも感謝していないが、リュゼには抱えきれないほどの感謝をしているよ」
「ファーガソン……本当?」
「ああ、本当だ。だから……もう泣くな」
俺にはこうやって頭を撫でてやるぐらいしかできない。なんで何もしていない優しい女の子が泣かなくちゃならないんだ。大の大人が寄ってたかって欲望のはけ口に利用しようとしやがって……。
「なんだかとても不安になってきたわ。今度会うヴィクトール様はどんな方なのかしら……」
リュゼの表情は冴えず、アメジストの瞳は不安に揺れている。
ここでヴィクトールのことを伝えるのは簡単だが、それではまたリュゼを苦しめることになってしまう。知らずに済むならその方が良い。
「なあ、リュゼ、もしもの話だが、今回の婚約話が白紙になったらどう思う?」
俺の心は決まっているが、リュゼの答えを聞かないわけにはいかない。
「そんなの決まってる!! 私は……お見合いなんてしたくない。したくないよファーガソン!!」
ずっと抑えていた気持ちがあふれ出たのだろう、声を上げて泣き始めるリュゼ。
「すまん……そんなつもりじゃなかったんだ。泣かせてしまってすまん……」
くそ、結局俺も同じじゃないか。自分を正当化するためにリュゼの気持ちを利用しようとしていた。すまん……リュゼ。
自己嫌悪しながら、俺はずっと頭を撫で続けることしかできなかった。
リュゼが腕の中で泣き疲れて眠ってしまうまで。
「ネージュ、リュゼを頼んだぞ」
「もう……何回言うんですか? わかってますって」
「そうか」
「それよりファーガソン様こそお気をつけて。行かれるんですよね、御一人で。あえて聞きませんけれど」
やれやれ、ネージュにはバレていたのか。
「ああ、二、三日で帰って来るから、そしたら皆でまた美味いものでも食べよう。その時はきっと……今よりもずっと美味しく感じられるはずだ」
「それは楽しみです。本当は私も行きたいところなんですが……足手まといでしょうから、ね。帰ってきたら汗臭いファーガソン様の服をいただけるのなら何も聞かなかったことにします」
バチンとウインクするネージュ。ハハ、すっかり遠慮が無くなって来たな。
「よし、わかった約束するよ。じゃあ行ってくる」
「はい、どうかご無事で、運命の女神トレースの微笑みが貴方に向かいますように」
「それなら心配ない。俺はどうやら……かの女神に好かれているようだからな」
◇◇◇
ひっそりと街を出る。
ごめんな、チハヤ、ファティア、リエン、これは俺の私怨だ。お前たちを巻き込むわけにはいかない。それに……そんな俺を見せたくないんだよ。
王都へ最短距離で向かう東ルートを街道沿いに走る。ヴィクトールがこのダフードへやって来るなら、このルートしか考えられないし、事前に裏も取った。到着のタイミングを考えれば、今夜は野営をしているはず。このチャンスは逃さない。
そして、今回のことでもう一つ思い出したことがある。
リュゼたちには言わなかったが、ライアン辺境伯の正室は帝国の第七皇女だ。
あのリエンの国フレイガルドを騙し討ち同然に滅ぼした後、帝国から皇女を迎えたことを考えると、もしかしたらフレイガルド攻略に何らかの功績があったのかもしれない。
だとすれば、王国は今極めて危険な状況にあるのかもしれない。もちろん証拠は無いが、あの男、ライアンのことだ、この国の王に任命してやるとか帝国に言われれば、次はこの国を帝国に差し出したとしても驚かないし、すでにそのような密約が交わされている可能性もある。
公爵令嬢であるリュゼに対して強硬な手段に出たことを考えても、ライアンは帝国と通じた敵性勢力と考えておいた方が良い。
そう考えれば、この国に巣くう害悪はヴィクトールだけじゃない。ライアンもなんとかしなければ、この国に真の意味での安寧は訪れないだろう。
この国の政争に興味は無かったが、帝国との戦争になれば被害を受けるのは国民も同じだ。
これまで縁を繋いできた人々もずいぶん増えた。俺は皆を守りたい。そのためには人々の生活を支える環境、つまりこの国が平和でなければ駄目なんだと気付いたんだ。
人があってこその国、国あってこその人、どちらが大事というわけではないのだからな。