第五話 旅の仲間
幸いチハヤたちが乗せられていた奴隷商の馬車は馬も無事だったので、そのまま隊商に加えることが出来た。御者に関しては同行している旅人の中に御者が出来るものがいたので、報酬を渡してダフードまで手伝ってもらうことにしたのだ。
なぜ俺が報酬を払うのかと言えば、この国の法律では、違法である奴隷商人の積荷の所有権は俺ということになるからだ。ただし、その場合捕まっていた人々の最低限の保護義務も同時に発生するので、必ずしも丸儲けというわけではない。少なくとも最寄りの街までは送り届け、積み荷に利益が発生する場合、その中から分配金を用意しなければならないのだ。
まあ、そういう意味で馬車が無事だったのは大きい。最低でも馬車と馬を売れば捕まっていた人々が故郷に帰るための路銀にはなるからだ。
それ以降、特に事件も異常もなく、時折遭遇する魔物を撃退するだけの繰り返し。若干の遅れはあったものの、完全に日が落ちるまでには今夜の野営地へと到着した。
「しかし凄まじかったですよ……さすがファーガソンの旦那ですな」
盗賊との戦いを見ていたのか、横で見張りに立つサムがやたらと持ち上げてくる。
「たいしたことはないさ。それよりもこれからが大変だと思うがな」
「ああ……盗賊団と繋がっている奴らですな。たしかにひと悶着ありそうだ、やれやれ」
盗賊団というのは大抵街に情報を流しているパイプ役が存在する。過去にはかなりの大物が関与していたケースもあって、莫大な利益が絡むだけに根絶が難しいといわれている。
俺としてはモナのためにも、少しでも治安が良くなってくれることを祈るばかりだが。
「ファーガソンさん、ご苦労様です。夕食お持ちしました」
「おお、わざわざありがとうファティア」
日中はそうでもないが、夜は肌寒いこの季節、ましてや野営で温かいスープを食べられるのは正直かなり有難い。この日の夕食は、昼間余った食材をまとめて煮込んだ簡単なものだが、より味が食材に染みていて食べやすい。
「ごめんなさい、本当はもっと凝った料理を作りたいのですが……」
「いやいや、十分過ぎるだろ。ファティアのおかげで楽しい旅になっているよ」
お世辞ではなく本気でそう思う。普通なら干し肉と固いパンが食べられるだけでマシなほう。場合によっては数日まともに食べられないことだってある。
「あの……ファーガソンさんは、どうして旅を続けているんですか?」
同じ旅人同士気になったのだろうか?
「俺は食べることが大好きでな。国中を巡ってそれぞれの街の美味いものを食べてみたいと思っているんだ」
もっとも、理解してくれる奴はほとんどいない。大抵は呆れられておしまいだ。
「わかります!! 知らない料理があるなんて悔しいですからね。私もあらゆる料理を学ぶために旅を――――あ、そうか……あの、ご迷惑でなければ私を一緒に連れて行ってくれませんか?」
「――――へ!?」
意外な申し出に一瞬混乱するが、冷静に考えてみれば悪い話じゃない。目的は同じようなものだし、行く先々で出会った料理をファティアが覚えてくれれば、作ってもらえる。
そしてなにより……一人旅というのは気楽な反面、寂しいものだからな。
「俺は噂に聞く王都を目指しているんだが、それで良ければ構わないぞ」
「やった!! 王都は私も行ってみたいと思っていたんです。白銀級のファーガソンさんが一緒なら安心だし」
大いに喜ぶファティア。若い女性の一人旅とあっては、これまでままならないことも苦労してきたことも、男の俺よりもはるかにたくさんあっただろうな。
「じゃあ、私も一緒に行く」
「「チハヤ!?」」
いつの間にかやってきたチハヤの発言に困惑する。
もちろん異国の地で着の身着のまま奴隷商人に捕まっていたチハヤを放り出すつもりは無いが……。
「チハヤは危険な旅に同行するよりも、街で故郷へ帰る方法を探した方が良いんじゃないのか?」
「アハハ、戻るのは無理だと思う。この世界に知り合いもいないし、行くところもあてもないから」
そんなことがあるのかと思うが、嘘を言っているようにも見えない。
「駄目……かな?」
「ファーガソンさん、私からもお願いします。オコメ探しには彼女の助けが必要です!!」
むう……オコメか。ファティアとも仲が良いみたいだし、まあ一人も二人も一緒だしな。それに……食事は大勢の方が楽しい。
「わかった。一緒に行こう、チハヤ」
「本当!? ありがとうファーギー」
「ふぁ、ファーギー!?」
うーん、この子の距離感がよくわからない。
とにかく旅の仲間が出来たことは喜ぶべきことなのだろう。
その後、何度か魔物の襲撃はあったものの、無事ダフードの街に到着する。
「ファーガソン殿、護衛任務ありがとうございました。次はどちらへ?」
「オコメとやらは、温かく湿った気候で育つらしいので、南回りでウルシュへ向かおうかと」
「おお、それは奇遇ですね。我々も一週間後、ウルシュへ向かいます。よろしければまた同行いただけると心強いのですが。もちろん依頼料は上乗せさせていただきますし、三人分の食事もお付けしますので」
俺一人ならどうにでもなるがファティアとチハヤのことを考えたらその方が都合が良い。チハヤもいることだし、依頼料が上がるのも助かる。断る理由はない。
「――――というわけで、出発は一週間後だ。とりあえずこれからギルドへ寄って、それから宿を探さないとな」
「はい、わかりました」
「なんでもいいけどお腹空いた……」
ファティアとチハヤも特に異存はないようだ。だがあの様子だと宿より先に食事にした方が良いかもしれないな。
ただ、ギルドも時間がかかりそうなんだよな。
「もしお腹が空いているなら、二人で何か食べて来ると良い」
サムに聞いた話だと、ここダフードの街は表通りなら安全らしいし。出店が並ぶ市場で買い食いするくらいなら問題ないだろう。
とはいえ、万が一ということもあるので、案内人兼護衛役でサムを雇う。
「お任せくださいファーガソンの旦那。このサム、命に代えてもお二人を守りますぜ!!」
地元で顔が広いサムに任せておけば大丈夫だろう。待ち合わせ場所を決めて俺はギルドへ向かう。