第四十四話 ずっとこのままで
「ファーガソンさん、ダフードから救援隊が到着しましたよ!!!」
食事の後片付けをしていると、ファティアがいち早く知らせてくれる。
思ったよりも到着が遅いと思っていたが、先遣隊がこちらの状況を確認して、怪我人の搬送と、グリフォンの回収をするために再編成していたらしい。おかげで何度も往復する必要が無くなったのはありがたい。
こういうイレギュラーな状況でこそ、組織の力が試されるもの。さすがはエリンとマリアということなのだろう。
「お待たせしてしまい申し訳ございませんでした。馬車の準備が出来ておりますので、どうぞお乗りください」
リュゼたちの迎えも来たようだな。
奇妙な縁で出会ったが、これでお別れだ。
「これでお別れなんてなんだか寂しいですね……」
ファティアもずいぶんと仲良くなっていたみたいだから別れがたいのだろう。
「リュゼは俺たちとは違う世界で生きている人間だ。もう会うことはないだろう。寂しいけどな」
彼女の行く末が光と幸せに満ちたものであることを。
俺の出番など来ないことを願っているよ。
「……なあ、リュゼ」
「なあにファーガソン?」
「なんで馬車で行かなかったんだ?」
「だって、馬車は怪我をした騎士たちの移送に使ってもらうべきでしょ? 元気な私がそんなこと出来ないわ」
まあ、リュゼが公爵令嬢でなければその理屈もわかるが……
「だからといって、肩車は良いのか?」
「だって……ファティアばっかり羨ましかったのよ。私、一度も肩車なんてしてもらったことないのよ? こんなチャンス絶対に逃せないわ」
右の肩にはファティアが、左の肩にはリュゼが乗っている。俺にとっては、小鳥がとまっているようなものだが、責任は重い。
「ネージュ、リュゼはこう言っているが、本当に良いのか?」
「構いません。おそらくは一番安全な場所だと思いますので」
ずいぶんと信用されたものだが、リュゼも喜んでいるようだし、街まで散歩と洒落込むのも良いかもしれない。
「あの……せっかくの機会ですし、私は降りますのでリュゼノワール様をちゃんと肩車してあげてください」
うーん、ちゃんと肩車をするとなると、かなり密着した体勢になるが淑女的に大丈夫なのか?
「それは駄目よファティア。それじゃあ横取りしたみたいで心から楽しめないわ。あと、私のことはリュゼって呼んで!!」
「はあ、わかりました、リュゼ、さま」
「駄目よ、リュゼって呼んで」
「えええっ!? さすがに無理です。リュゼさんでどうでしょう?」
「むう……何か距離があるのよね」
「ファティアは誰に対しても、さんで呼ぶんだ。俺のこともファーガソンさんって呼ぶんだぞ?」
ファティアが困っているので助け舟を出してやる。
「それなら仕方ないわね」
渋々ながらも納得してくれたようだ。肩車もこのままで大丈夫そうだな。
それよりも――――
「それで、ネージュはなんで俺の背中にしがみついているんだ?」
「なぜって……お嬢様のそばにいるのが私の役目ですから!! 何かあったらどうするんです?」
なるほど……それもそうだな。
「だがそんな体勢では疲れてしまうぞ?」
「お気遣いなく。がっちりと爪が引っ掛かっておりますので、ぶら下がっているだけで力は要らないのです」
いや待て。俺の服が穴だらけになるんじゃないのかっ!? 道理でさっきから背中がスース―するわけだ。
「だが、そんなところにしがみついていては緊急時に動けないだろう? そもそも前も見えていないし。こっちに来い」
これ以上服をボロボロにされたくないので、ネージュの首根っこを掴んで引っ張り上げる。
ビリビリビリッ
「……あ!?」
引っ掛かった爪が俺の服に致命的なダメージを与える。
「……わ、私のせいじゃないにゃっ!?」
たしかに今のは俺が悪かったが、今更戻しても爪をかける場所はない。仕方が無いので、ひょいとネージュを抱きかかえる。
「にゃ、にゃにをする……だ、抱っこするなんて子ども扱いするにゃ!!」
どうやらネージュは焦ると猫みたいになるようだな。誇り高い黒豹なのに。
最初は文句を言っていたネージュだが、そのまましばらく歩いていると――――
ゴロゴロゴロ……
「ネージュも満更でもないようね」
「喉を鳴らしているからな」
「ち、違う……ファーガソンの抱っこが気持ち良すぎるのが悪いのです!! ゴロゴロゴロ……」
「ああ、わかりますよネージュさん。ファーガソンさんの抱っこは気持ち良いですよね!!」
ファティアまで何を言い出すんだ。
「ごくり……そんなに気持ち良いの?」
なんだか嫌な予感がする。
「ネージュ、今すぐ代わって頂戴」
「えええっ!? お嬢様、あと五分!! いや三分堪能させてください~」
「駄目よ、あと二分三十秒で交代して」
微妙に優しいなリュゼ。たった三十秒が待てないのは謎だが。
「わあっ!! 本当に気持ちいいわね……守られている安心感……このまま寝てしまいそう……」
「寝てしまっても良いんだぞ、リュゼ」
「駄目よファーガソン、そんなもったいないこと出来ないわ」
「うふふふ、肩車ってこんなに素晴らしいものだったんですね……」
一方のネージュも俺の左肩で歓喜の涙を流している。
そんなに喜んでもらえるなら、冒険者引退したら肩車屋でも始めてみるか。案外需要があるかもしれん。
それにしても、さっきまでグリフォンと対峙していたとは思えないほど長閑な光景だ。
天気も良い。風も穏やかで心地が好い。リュゼの歌声にファティアとネージュが身体を揺らす。
「ねえ、ファーガソン」
「わかっているさ、せいぜいゆっくり歩くとするよ」
「うん、ありがとう!!」
「ほら、あそこの森でキノコを採ったのですよ、リュゼさん」
「良いなあ……私も行ってみたい……それで焼きたてのキノコを食べるの。きっと最高に美味しいわ」
「案内してやりたいが、アライオンの森には銅級以上の冒険者じゃないと入れないんだ」
「そんなあ……あれ? でもファティアは冒険者じゃなくて料理人なんでしょ?」
「あはは、私はファーガソンさんのパーティメンバーだから入れるのです」
「ふふふ、私は銅級ですから入れますね!!」
ネージュは銅級だったのか!? まあ護衛も兼ねているんだろうから当然と言えば当然だが。
「まさか……森へ入れないのは私だけ?」
「残念だが……そうだな」
「いやああああああ!!!」
リュゼの絶叫に、前を行く人々が何事かと振り返る。
気持ちはわかるが、あらぬ誤解を受けそうだからやめてくれリュゼ。
「はあ……このまま永遠に街に着かなければ良いのに……」
恨めしそうにアライオンの森を眺めながら零すリュゼ。
街へ到着すればすべてが元通り。これまで通り公爵令嬢としての日々が始まる。
俺にもリュゼの感傷が伝染したのだろうか。
「そうだなリュゼ、俺も少しだけそう思い始めているよ」
そんな柄でもないことを口走ってしまったのは。