第四十三話 守りたいものがある
「あの……本当に我々もいただいて良いのですか?」
「もちろんだ。まあ食べられない騎士たちは街に入ってから食べてもらうとして、出来るだけ新鮮なうちに食べた方が良い」
「ありがたい、我々も移動中は干し肉や簡単なスープばかりだからな」
「本当ですよ……次はまともな料理が出来る団員か料理人をぜひ加えてください隊長」
どうやら一行の中には料理人がいなかったらしい。
「ここだけの話だが、信用できる料理人が用意出来なかったんだ。急にキャンセルや体調不良が相次いだことを考えると、偶然とは思えなくてな。お嬢様の判断で今回は無理に料理人を加えないようにした」
なるほど、トラスが危惧したのもわかる、おそらく暗殺を指示された料理人が用意されていた可能性が高い。グリフォンを仕掛けた連中と同じ奴なのか、別なのかはわからないが、よほどリュゼが邪魔な奴らがいるのだろう。
「トラスも大変だな、それでは気が休まる暇もないだろう?」
「ああ、味方ですら信用できないからな。正直、人間不信になってしまったよ。悲しいことだがな。だが、それでも私はまだ良いんだ、主人を守ることが仕事だからな。でも……お嬢様は違う。仕事でもなく、何もしていないのに、存在しているだけで常に命を狙われているんだぞ? ふざけるなと言いたい」
語気を荒らげる隊長の姿に若手の騎士たちも悔しそうに俯く。皆気持ちは同じなのだろう。俺もリュゼと接したのは短い時間だがその気持ちは痛いほどよくわかる。
「トラス、料理が冷めてしまうぞ。お前が食わねば部下も食べられないだろう?」
「そ、そうだな、皆、すまん、食べていいぞ」
トラス隊長以下、騎士たちもグリフォンや追加したキノコに舌鼓を打つ。
半数以上は自力で歩くことも出来ない重傷だ。これで少しでも気力を高めてくれれば良いんだが……。
「なあトラス」
「なんだファーガソン殿」
兜を脱いだトラスは蓄えた髭と深く刻まれた皺が良く似合う円熟の騎士だ。強面だが優しそうな瞳をしている。
「これから言う事は俺の独り言だ。だから聞こえなかったと無視してくれても構わない――――もしも……可哀そうな女の子を狙う奴がいて、その正体がわかっているのに、どうしても手が出せない……そんなことがあったら。ファーガソンという白銀級の冒険者を雇え。噂ではたとえ国そのものが相手だとしても何とかしてくれるらしい」
「ファーガソン殿……しかしそんなことをすれば貴殿もただでは済まないんだぞ?」
「はは、独り言だと言ったはずだが? トラス、俺を誰だと思っているんだ? 伊達に白銀級なわけじゃない。悪党や外道を排除する手段などいくらでも知っている。証拠を残さずにな」
「ふふ、貴殿が味方で良かったよ」
「そうだろう? ただし報酬はちゃんといただく」
「それは当然のことだ。五千万シリカまでなら私の判断で用意できるが、それ以上必要なら上と掛け合ってでも必ず――――」
「待て、俺を馬鹿にしているのか?」
「す、すまない、最低でも億単位の仕事だったな。決して貴殿を軽んじたわけでは――――」
「高すぎる」
「……へ?」
「女の子をいじめる奴らにお灸をすえるだけだぞ? そんなの冒険者の仕事じゃあない。一杯酒でも奢ってくれれば十分だ」
「……ファーガソン殿、ありがとう。まるで百万の味方を得た気分だよ。グリフォンに襲われたときは人生最悪の日だと思ったが、貴殿と出会えたことは真に僥倖であった」
◇◇◇
グリフォンの肉をぺろりと平らげたリュゼは、今度は焼きたてキノコの山に突撃している。
小さい身体なのにすごい食欲だ。あの怪力と関係あるのだろうか?
「はふはふ……熱々の食べ物なんて久しぶりに食べたわ……このキノコもとっても美味しい!!」
貴族は毒殺の危険があるから普段は冷めた食事しか食べられない。こんなときだからこそ喜んでもらえて良かった。
「はうう……美味しい……ねえ、ファーガソン、これってステーキノコよね? お屋敷で食べたのよりずっと美味しいんだけどなんで?」
「はは、それはきっと鮮度の違いだな。そのステーキノコは、さっき収穫したばかりだから旨味が段違いなんだ。ステーキノコは食べるのが早ければ早いほど美味い。それにグリフォンの肉汁が染み込んでいるからっていうのもある」
「へえ……そうなんだ。じゃあ採ってその場ですぐに焼いて食べたらもっと美味しいってこと?」
「そういうことだな」
それを聞いて瞳を輝かせるリュゼ。キノコ狩りでも想像したのだろうか?
ファティアと行ったアライオンの森へ、リュゼも連れて行ってやったら喜ぶだろうが、さすがに難しいだろうな。
◇◇◇
「ほら、一通り持ってきてやったぞ、冷めないうちに食え」
「貴様か……この私を食べ物で釣れると思うなよ?」
偉そうなことを言っているが、リュゼに埋められて地面から頭だけ出している状態のネージュ。
あまりにも不憫なので、差し入れを持ってきてやったんだが、案の定な反応だ。
「そのままじゃ食べられないだろ? 今出してやるからな」
「……良いのか? 自由になったらまた貴様に食って掛かるぞ?」
グルルルと牙を剥くネージュ。
「ああ、構わない。お前がそうするのはすべてリュゼのことを思っているからだとわかっている」
「な、何をわかったような……」
ネージュの態度は、常に危険にさらされているリュゼを守るため、だから過剰なくらいで丁度いい。
「だからさ――――これからも守ってやってくれあの子のことを」
メイド服に付いた土を払いつつ頭を撫でると。睨みはするものの、拒絶はされなかった。
この子だってまだ若い。リュゼより少しだけ年上なだけで、おそらくチハヤと同じくらいの年齢だろう。
リュゼが狙われるということは、ネージュも同じように危険にさらされているということだ。必死に頑張っている彼女にこれ以上何を求めているんだ俺は……
「……貴様に言われなくてもそのつもりだ。お嬢様は、私の命の恩人の大切な宝なのだから」
ああ、俺はこの目を知っている。
これは覚悟を決めている目だ。自分の命よりも守るべき者がいる人間だ。
「温かいうちに食べろ、美味いぞ」
「し、仕方ない。食べ物は無駄にするなと言われているからな!! ありがたくいただくが勘違いするなよ?」
何を勘違いするのかわからんが、食べてもらえるならそれでいい。
「うんみゃああああ!!!!」
ガツガツガツガツ……
もう一心不乱に食べ続けるネージュ。そんなにお腹が空いていたのか……
「ああ……もうあと一切れしかにゃい……」
切なそうに肉を見つめるネージュ。
「安心しろ、追加、持ってきてやったぞ」
「そ、そそそうか……あ、ありがとう……ファーガソン」
尻尾がぶんぶん振られているから喜んで……いるんだよな?
やっと名前で呼んでくれたし。
「なあネージュ」
「にゃんだファーガソン? 今、食べるので忙しい――――」
「死ぬなよ」
「……当たり前だ。私が死んだら誰がお嬢様を守るんだ?」
「ふふ、そうか、そうだな」
「そんなくだらないことを言っている暇があるならもっと肉を持ってきてくれにゃ!!」
「へいへい、食べきれないほど持ってきてやるから待ってろよ」