第四十二話 グリフォンのバーベキュー
「え? そんなもので良いの? 遠慮しないで良いのよ? 知っているとは思うけど家はお金には困っていないし。お金じゃなくて物でもなんでも言って頂戴」
御礼がしたいと言われても、見返りを期待して助けたわけではないので必要ないんだがな。どうしてもとリュゼが聞いてくれないので、竜の卵をもらうことにした。ちょっと試したいことがあるし、このままリュゼに持たせておくのは危険すぎるから一石二鳥だといえる。
「ああ、もしかしたら食えるかもしれないし、ちょっと調べてみたくなったんだ」
「あはは、竜の卵を食べるって……ファーガソンって面白いのね。でも古くなっているかもしれないからお腹壊したら大変よ?」
「心配ないと思うぞ。竜の卵は条件が整うまで何百年でも卵のままでいることが出来ると聞いたことがある。本当かどうかわからないが、千年近く前の遺跡から発見された竜の卵が孵化したこともあるらしい」
「へえ……さすが竜ね。ね、ファーガソンは竜と戦ったことはあるの?」
認知している娘はいないが、お話をねだる子どもというのはこんな感じなんだろうか?
「ああ、さすがに竜とは三回しかないな。その辺に転がっているような存在じゃない」
「……あのねファーガソン、普通は一回も無いのよ? 聞いておいてなんだけど、びっくりしたわ」
ふふ、なぜか怒られてしまったが、リュゼはなかなか面白い子だ。
「まあ俺に言えることがあるとすれば、あまり戦いたい相手ではないな」
「……でしょうね」
ぐうう~。
リュゼのお腹の虫が可愛い声で鳴く。
「ち、違うのよ? ほら、成長期っていうじゃない?」
赤い顔を懸命に誤魔化そうとするリュゼは可愛いな。
「そういえば俺も昼を食べていないんだった。なあリュゼ、ちょっと頼みがあるんだが、グリフォンを少し分けてもらえないか?」
「グリフォン? 倒したのはファーガソンなのだから、私の許可など不要だわ。もともと全部貴方のものよ」
騎士たちも命懸けで戦ったのだ。さすがに全部もらうわけにもいかない。半々にして、騎士たちの治療費とボーナスにすることで納得してもらった。
「でも、グリフォンをどうするつもりなの?」
「昼食に美味しくいただこうと思ってな? 準備してくるから待ってな」
◇◇◇
「ねえファーガソン、グリフォンって食べられるものなの? 私もこれまで色んな珍しい食材を食べてきたけど、さすがにグリフォンは食べたこと無いわ」
リュゼが言う通り一般的にはグリフォンは食材として認識されていない。流通する個体がほとんど無いこともあるが、羽や羽毛、鱗、爪など、あらゆる部位が素材として高額で売買されるから食べようなどとは誰も思わない。さらに言えば、血に毒があるので、基本的に食べられないのも正しい。
「ああ、頭部と翼部分の肉だけは食べることが出来る。あれほどの巨体のうちわずかしか食べる所が無いのは残念だが、めちゃめちゃ美味いんだぞ」
「ごくり……それは楽しみね」
「貴様、お嬢様に変なものを食べさせるんじゃ――――にゃはあああ!?」
リュゼに蹴り飛ばされるネージュ。いい加減慣れてきたが、なぜかネッコになっているから別の意味で心配だ。
「ファーガソンさん、言われた通り切り分けましたけど……本当に毒とか大丈夫なんですか?」
ファティアには食べられる部位を解体してもらったのだが、さすがに手際が良い。あっという間に食べやすいサイズになっている。羽毛とか鱗とか筋とかあるから結構処理大変なんだよな捌くの。
「大丈夫だファティア、言ったろ、何度も食べたことあるって。グリフォンの毒は頭部と翼部にはほとんど無い。それに毒の成分は焼けば無効化する。他の部位が食べられないのは、単純に毒の濃度が濃いから無効化しきれないのと、肉が臭すぎて食用に向かないからなんだよ」
「なるほど……勉強になります」
さすがのファティアもグリフォンを捌いたのは初めてだったらしい。それにしても初めてグリフォンが食べられることを発見した人は偉大としか言いようがない。よほど運が良かったか悪かったか、あるいはその両方か。
「ただし、死後半日も経つと全身に毒が回るから、その場ですぐに捌く必要があるけどな。大抵はその場で食べてしまうからあまり関係ないが」
「だからグリフォンの肉って市場に一切出回っていないんですね……」
◇◇◇
「トラス、肉やキノコを焼きたいんだが金網や串はないのか?」
「申し訳ないがどちらも無いな」
うーむ、公爵家ご一行なら持っているかもしれないと思ったが、さすがに無いか。
「壊れている盾とかないか?」
「それならあるが……一体?」
じゅううううううう
「さあ焼けましたよ。料理と言うか、焼いただけですけれど……」
本当は串にさして焼いた方が美味いんだが、贅沢はいえない。トラスに貰った壊れた盾の上でグリフォンの肉とさっき収穫したキノコを焼いてゆく。
料理人であるファティアにとっては不本意だろうが、グリフォンはそのまま焼くのが一番美味いんだ。
「これが……グリフォン。匂いはとっても美味しそうね……」
さすがのリュゼも初めて食べるものは怖いだろう。
「まずは俺が食べてみせよう。む……むうう……」
「ふぁ、ファーガソンっ!?」
「……美味い。美味すぎる!!」
「……驚かさないでっ!! びっくりするじゃない」
「あはは、すまんすまん。ほら、熱いうちに食べた方が良いぞ」
涙目になっているリュゼ。ちょっとおふざけが過ぎたか。
「もう我慢できない。いただきます……ん!? んんん!? お、美味しいですわ~!!!!」
グリフォンの焼肉を食べたリュゼがたまらず叫ぶ。
「そうだろ? 鳥系の肉の中でも最高峰だと思うんだよ」
「グリフォンが鳥系の肉かどうかは別にして、本当に美味しいですね……ただ焼いただけなのに……」
ファティアは複雑な表情でグリフォンを食べている。まあ料理人がいらないと言われているようなものだから面白くはないだろう。
「はは、グリフォンの血は火を通すと良い調味料になるからな。だからそのまま食べても美味いんだ。街へ戻ったら、可能な限り血も採取しておいた方が良いぞ。料理の幅が広がるかもしれん」
「はいっ!! それは楽しみですね!」
ファティアの機嫌もすっかり直ったみたいで良かった。