第四十一話 リュゼノワール=アルジャンクロー
「ごめんなさいね、見苦しいところを見せてしまって。配下の無礼は私の無礼、心からお詫びするわ」
「気にするな。俺自身口の利き方がなっていないのは事実だから何とも思っていない」
「そう? それなら良かったわ」
ほっとしたようにはにかむ姿は年相応で可愛らしい。
「それよりあの侍女は大丈夫なのか?」
「あはは、大丈夫よ、いつものことだから」
「そ、そうか……」
だが、あの腕力はヤバいな……怒らせないようにしたほうが良さそうだ。
「それじゃああらためて……えっと怪我は大丈夫よ、貴方が守ってくれたおかげね。私はリュゼノワール=アルジャンクロー。皆を代表して心より礼を。ファーガソン、助けてくれてありがとう」
完璧な所作で優雅に貴族の礼をする少女。
「アルジャンクロー? もしかして公爵家と関係があるのか?」
「ええ、アルジャンクロー公爵は私の父よ。こんなだけど一応公爵令嬢なの」
驚いたな……ただものではないと思ったが、まさかあの名門中の名門貴族、アルジャンクロー公爵家の令嬢とは……。
「それでファーガソン、何か私に手伝えることはあるかしら?」
キラキラした瞳で期待しているが、応急措置は終わっているし、特にやることはない――――
「む、そうだ、ちょっと馬車の中を見せてもらえないか?」
「馬車の中を? 別に構わないけど――――」
「このケダモノがあああああ!!! 馬車にお嬢様を連れ込んで何をするつもり――――ぐへあっ!?」
空中で八回転程きりもみしながら地面に叩きつけられるネージュ。だ、大丈夫……かな?
「ごめんねファーガソン、あの子ちょっと変わってるから気にしないで」
「あ、ああ……」
気にするなと言われても気になるが。
「さあどうぞ」
「悪いな、お邪魔するよ」
馬車の広さは俺たちの馬車とあまり変わらないが、さすがは公爵令嬢専用の馬車だけのことはある。造りの頑丈さ、内部装飾の豪華さは段違いだ。この馬車だからこそグリフォンの風圧にも辛うじて耐えていたのだろう。
「ところで何を見たいの? 特に面白いモノなんてないわよ」
「ああ、実はグリフォンの様子が気になっていてな? あれは明らかにこの馬車に執着していた。それも異常なほどにだ」
「まさか……この中にその原因があるってこと?」
頭の回転が速い子だな。
「あくまで可能性だが、その通りだリュゼノワール」
あまり知られていないことだが、グリフォンにはある性質と言うか習性がある。考えたくは無いが、今回のグリフォン襲撃は人為的に仕組まれた可能性があるのだ。もちろんたまたま偶然の可能性も残ってはいるが。
「ファーガソン」
「何だ?」
「リュゼノワールじゃ長くて大変でしょ? リュゼで良いわ」
通常貴族令嬢を愛称で呼ぶことが許される異性は、家族と婚約者くらいのものだ。本人の許しがあればその限りではないが、ずいぶんと気さくなお嬢様だな。
「駄目ですお嬢様、そのケダモノに愛称で呼ばせるなど――――ぎゃあああっ!? 痛い、痛いですお嬢様、毛を抜かないでえええええ!?」
「ケダモノは貴女の方でしょうかああああ!! そのモフモフした毛を全部むしり取ってやるわよ!!」
ぶちぶちぶちぶちぶちぶちっ
容赦なくネージュの黒い毛をむしり始めるリュゼ。うわあ……これは痛いヤツ。
「嫌あああああああ!!!!」
ネージュの絶叫が馬車の中に響き渡る。っていうかネージュ、自ら飛ぶことでダメージを軽減しているとはいえ、あれだけ喰らってピンピンしているとはめちゃくちゃタフだ。侍女よりも冒険者の方が向いているんじゃないか?
「やはりあったか……」
馬車の床に敷いてある絨毯を剥がすと、明らかに人為的に作られたくぼみがあり、その中に俺が探していたモノが隠してあった。残念だが仕組まれたのはほぼ確実だな。トラスたちもチェックはしていたんだろうが、これほど巧妙に隠してあれば気付かなかったのも仕方がない。
「それは何ファーガソン? 何かの卵のようだけど……」
「これはな――――竜の卵だ」
「りゅ、竜っ!? なぜそんなものがここに?」
「さあな? それはわからんが、グリフォンは竜の卵が大好物なんだ。相当な遠距離からでも嗅ぎ分けることが出来る。襲われたのもコレが原因だろうな」
襲ってきたのが一頭だけだったのは不幸中の幸いだった。群れで襲われていたら、さすがに助けられていたかわからん。
「なるほど……それならばこんな場所で襲われたのも納得ね。それに、言われてみれば家庭教師から歴史の授業でグリフォンに敵を襲わせて勝利した話があったような……てっきり作り話だと思っていたけれど」
「英雄王デラクルスの逸話か……記録には残っていないが、もしかしたら彼も竜の卵を使ったのかもしれないな」
「あら、ファーガソンってとっても博識なのね?」
「そんなことはないさ。生きるために必要だから身につけただけだ。それより、こんなことがあったのに随分冷静なんだな? これを仕掛けた人物に心当たりでもあるのか?」
「あはは……そうね、心当たりしかなくて困ってしまうわ。私が居ない方が得をする人間は――――それこそ星の数ほどいるもの」
悲しげな表情で俯くリュゼ。先ほどまでの明るい表情はすっかり消えてしまった。
想像することしか出来ないが、これまでも苦労して来たんだろうな……いや、今現在も、これからもそうか……なんとか力になってやりたいが、こればかりは……な。
「まあ、元気出せ。お前はちゃんと生きてるし、俺が近くにいる間は出来るだけ守ってやるから。困ったことがあれば相談しろ。周りの大人が信用できないなら、信用できる人間を探せばいい。だから……そんな奴らに負けるなリュゼ」
こんなに苦しんでいる少女に俺は……励ますことしかできない。白銀級なんて言われてちやほやされていたって、現実はこんなに無力な人間だ。くそっ……。
「……ファーガソン、ありがとう。少しだけ……胸を借りてもいい?」
「ああ……お前が気が済むまで使えば良い」
リュゼは少しだけ泣いて、すぐに元の彼女に戻った。
なあリュゼ、お前は本当に強い子だ。白銀級の俺なんかよりも……ずっとな。