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第三十八話 森の共生関係


「でもどうしてこんなに珍しい食材がこんなところに生えているんでしょうね?」


 ファティアが不思議がるのも無理はない。ここに生えているのは、通常人里離れた奥地で見られるものばかりだ。


「おそらくは、マダライオンのおかげだろうな」

「え? マダライオンのおかげってどういうことですか?」


「森の植物の多くはマダライオンの体毛に種を付け、別の場所に運んでもらうことで厳しい生存競争を生き抜いているんだ。そして運ばれた植物は他の生き物、もちろん人間も含めてだが、マダライオンの餌を呼び寄せてくれるという共生関係を築いている」  


「へえ……全然知らなかったです。私ももっと料理以外のことも勉強しないといけませんね」


 まあ、俺も以前世話になった森の賢者の受け売りだけどな。 


「ちなみに、マダライオンは人に害を為す魔物をたくさん食べてくれるから、付近の人間にとっても恩恵はあるんだぞ。この辺りはずいぶん危険な魔物が少ないとずっと思っていたが、ようやく納得したよ」


 その分盗賊が蔓延っていたのは笑えない皮肉だが。


「まさにマダライオンさまさまじゃないですか!! だからといって絶対に森の中で出会いたくはないですけどね」





「ファーガソンさん、見てください、たくさん色んな種類が採れました――――きゃああああ!!? ま、ままままマダライオンじゃないですか、それ!!」


 腰を抜かした拍子にせっかく集めた食材をばら撒いてしまうファティア。驚かさないようにこっそり処理しようと思っていたんだが、かえって驚かしてしまったか。



「まあな、襲い掛かってきたんで遊んでやっていたんだ」

「ひえっ!? あ、遊ぶって……正気ですか、ファーガソンさん!?」


 正確には遊んでいたというより、格の違いを教えこんで人間に対する恐怖心を学習してもらっていた。


 俺の足元で降参のポーズで腹を見せているのは、全身に黒いまだら模様があり黄金色のたてがみを持つ美しき魔獣。サイズは二メートル、成獣になれば五メートルは超えてくるのでまだまだ子どもだ。マダライオンは基本的に単独行動はせず家族単位で狩りをするから、はぐれてしまったのかもしれない。


 危険が無いように押さえつけていた力を緩めると、マダライオンは、キュッと一鳴きしてから一目散に森の奥へと逃げて行った。無事に家族と合流できると良いが。


「魔獣とはいえ、子どもだと可愛いものだな」

「いや……それファーガソンさんだけだと思いますよ?」


 あのもふもふとした毛並みは中々のものなんだが。



「よし、大体知りたかったことも確認出来たし、そろそろ帰るか」

「はい、もう袋が一杯で入りませんし」


 フランドル商会で買って来た採集袋は、これでもかと戦利品がぎゅうぎゅうに詰まっている。しかも全部貴重なレア食材ときている。売るつもりはないが、売ればちょっとした財産となる。この短時間で十分過ぎる成果だろう。




 ひゅるるるるるる~~~パン パン パンッ



 森から出るのとほぼ同じタイミングで、空に向かって煙が立ち昇り、大きな破裂音が響き渡る。


「ファーガソンさん、今のは?」

「……救難信号だな。おそらくは貴族だろう」


 救難信号は、軍で使用するために開発されたもので、普通の旅人や商人は使用が許されていないので、そもそも持っていない。例外として一部の貴族、それもある程度の家格の者や要人に限っては使用が許可されているという事情がある。


 こんな場所に騎士団がいるとは聞いていないし、万一信号の主が騎士団であればそれはそれで国難クラスの問題が起きているということだから、さすがに考えにくい。



「た、大変じゃないですか!! 早く助けに行かないと」

「だがファティアを危険な目に晒してしまうかもしれないぞ」

「何言っているんですか。私、信じてますからファーガソンさんのこと」


 参ったな……一ミリも疑っていない顔でそんなことを言われたら応えたくなるじゃないか。


 ああ、助けてやるさ……そして、ファティアのことは絶対に守る。



「……飛ばすからちゃんと掴まっていろよファティア」

「はい!!」


 大きく息を吸い込んで力強く大地を蹴る。


「はあっ!!!」


 さっきまでとは違う。本気の全力疾走……実際には一歩で十メートル以上地面に足が付かないので飛んでいるという方が近いかもしれないが。


 現場の状況がどうなっているのかはわからないが、おそろしく高価で貴重な救難信号を使うということは、紛れもなく命の危険が差し迫っている、もしくはそれが予測できるほど追い詰められているということ。


 救難信号が発せられたのは、方角的に俺たちが今いる場所からダフードの街とは反対方向、つまり街からの救援を待っていたら間に合わない可能性がある。一刻の猶予もないと考えるべきだ。



「嘘……まさかあれって……」

「ああ……そのまさかだ」


 ここまで接近してようやく救難信号を発したであろう馬車と、その馬車を襲っている魔物の姿が視界に入ってくる。


 馬車には遠目からでもわかる豪奢な装飾が施されており、間違いなく貴族のものだろう。周囲には馬車を守る騎士たちの姿も確認できるが、それ以上に目を引くのが彼らの上空に座する禍々しい存在だ。 


 マダライオンを二回りほど大きくしたような巨体の背中には黒い四枚の翼、全身を揺さぶるような雄叫びを上げる頭部には、ワシのような鋭利な嘴と紅蓮の眼光が光る――――


 そして今、その怪物は、大空へと駆け上がり、馬車に狙いを定めているように見える。いかに頑丈な馬車であっても、その四肢に備えた強力な鉤爪でホールドされてしまえば成すすべもなく破壊され、あるいはそのまま大空へと連れ去られしまうだろう。

 


 空の王者、死を運ぶ翼とも言われる強力な魔物で、滅多に人里まで降りてくることは無いが、一度襲われれば小さな町などひとたまりもなく壊滅する。人々はただひたすら去ってくれることを祈る他なく、ある意味で自然災害と同じようなもの。討伐推奨等級は金以上、もしくは騎士団の出動が必要になるとあって、王都などの主要都市以外では討伐命令が出ること自体稀だ。


 その災害級の魔物――――


 名は――――グリフォン。

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