第三十六話 ファティアのお買い物
「そうか……領主さまが……。ファーガソン、ぜひナイトとスノーを助けてくれた礼を言いたいが……」
言いかけて口ごもるリエン。
馬の持ち主であることを話せば、リエンがフレイガルドの王女フレイヤであることがバレてしまう可能性が高い。リエンはそれを気にしているのだろうが――――
「わかった。会えるように話をしておくよ。きっとその方がマリアも喜ぶはずだ」
「そうか! だが……」
「心配するな、マリアはすべてを知った上でお前にとって最善の対応を考えてくれる人物だ。あれほどの為政者はなかなか居ないと思うぞ。なにより馬鹿が付くぐらいの馬好きだ」
リエンの境遇に同情しこそすれ、利用しようなどとは露ほどにも考えないだろうと自信を持って言える。ナイトとスノーに悪影響が出るようなことをするはずない。
「ファーガソンがそこまで言うのなら何も心配ないな。馬好きに悪い奴はいないし。面倒かけるがよろしく頼む」
「ああ、任せておけ」
なんとなくだが、リエンとマリアは良い友人に成れるような気がするんだ。
それにしても、二頭ともリエンにベッタリだな。まあ、ずっと離れ離れでようやく再会出来たのだから無理もない。
そしてリエンにとっても、ナイトとスノーは今のところ故国に繋がる唯一の存在だ。天涯孤独となってしまった彼女にとってきっと強力な支えとなる。良かったな、リエン。
「ところで朝食はもう食べたのか?」
「うん、サムに窯焼き工房ブレッダの焼きたてパン買ってきてもらった。熱々のヤツ」
「サムに? わざわざ依頼したのか?」
「ううん、買ってきて、って頼んだら買ってきてくれた」
「そ、そうか……」
サム……完全にチハヤの使い走りにされているが、それで良いのか?
早朝から一人パン屋の列に並んでいる姿を想像してしまった……なにか奢ってやらないとな。
「それからファティア、遅くなったが馬も手に入ったことだし、馬車の手続きが終わったら、後で料理道具を買い出しに行こうか」
「わあっ!! 良いんですか、はい、ファーガソンさん、とても楽しみにしていたので嬉しいです」
ファティアは使い込まれた料理用のナイフくらいしか持っていない。持ち運びのことを考えたら仕方がなかったのだろうが、あまりに不憫だ。さすがに大型のものは無理だが、必要になるものぐらい最低限揃えてやりたい。
「えええっ!? 昨日の今日でもう馬を手に入れたのですか!? あ、もちろん馬車の調整、清掃は完璧に終わらせてありますので、そこはご安心ください。サービスで水を弾く塗装も施してあります」
馬を手に入れたことに驚きつつも自慢げに薄い胸を張るリリア。
「それは助かる。さすがフランドル商会は一味違うな、頼んで良かったよ」
「ありがとうございます。どうぞ今後も御贔屓ののほどよろしくお願いいたします」
とても良い笑顔のリリアに早速馬を引き合わせる。馬具の調整などをしてもらわなければならないからだ。
「リエン、ナイトとスノーを連れて来てくれ」
「さあおいで、良い子だね」
リエンが二頭を連れて来るが、彼らには手綱すら必要ない。完全に人語を理解しているように感じる節もあるほど賢いのだ。
「えええっ!? ち、ちょっと待ってください。え……有り得ない、これ絶対名の知れた名馬ですよね? あの……手放すつもりは……ないですよね……失礼しました。うわあ……良い馬ですねぇ……こんなの見たこと無いですよ……」
完全に二頭に見惚れてしまっているリリア。マリアやリエンと違うのは、馬好きだからというよりも、商人として二頭の持っている価値がわかるからだろう。数多くの馬を扱っているフランドル商会ですら出会うことが無いレベルの名馬、それがナイトとスノーだということだ。
「わかりました。これだけの名馬ですからね、フランドル商会の威信にかけて最高の馬具を用意させていただきます!!」
鼻息荒く息まくリリアだが、馬具はサービスって言っていたよな? 無理しなくて良いんだぞ? 俺たちは見栄が必要な貴族や王族じゃないんだからな。
「ファーギーとファティアはお買い物でしょ? 私とリエンは、ローラたちとランチとお茶する予定だから」
リエンとチハヤはローラやシンシアたちと食事をして、その後、遊び……いや、ギルドの市場調査とやらを手伝うらしい。何でも新しくオープンする女性向けのカフェがあるんだとか。
「ファティアは一緒に行かなくて良かったのか?」
「はい、興味はありますが、一番はやはり調理道具ですから!」
瞳を輝かせるファティア。
ああ……いかんな、調理道具を大人買いしたくなってしまう。本当に真っすぐで良い子だから応援したくなる。
「あの……ファーガソンさん!? いくら何でも買い過ぎじゃ……?」
「金のことなら気にするな。ファティアが必要だと思うなら揃えるべきだろう」
良い道具は高いが、その分長く使えるからな。手に馴染んできた頃に買い替えるんじゃ話にならない。
「ファティア様、ファーガソン様の仰る通りです。一流の料理人は一流の道具が育てるもの。当商会では国内はもとより、世界中から優れた職人の作品を取り揃えておりますので、どうぞお手に取ってみてください」
調理道具が欲しいと話すと、リリアは大喜びで調理道具専門を扱っている系列店に案内してくれて、目の前にはずらりと様々な道具が並べられている。
「わ、わかりました。ご期待に応えられるよう良いものを選ばせていただきますね」
彼女にとっては宝物の山なのだろう。時間をかけてじっくりと真剣に道具を選んでいる。これまでにないぐらい良い表情をしているのを見ると、ファティアはやはり料理人なんだな。
「本当にありがとうございました。おかげさまでとても良い道具が手に入りました」
「それは良かった。旅先で食べるファティアの料理が今から楽しみだ」
「は、はい、ファーガソンさんさえ良ければ……その……ずっと美味しいものを作らせてください」
そんなに律儀に考えなくても良いのにな。
「気持ちは有難いが、ファティアの可能性を縛るつもりはない。自由に好きな場所で好きな料理を作ってくれるのが、俺は一番嬉しいんだからな」
「はい……ではそうしますね」
わかってもらえたようで良かった。それは良いんだが――――
「ファティア、顔が赤いが熱でもあるんじゃないか? 宿で休んでいても――――」
「ち、違います!! 大丈夫ですからあああ!!」