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第三十四話 訳ありの名馬たち


「はあ……美味しかったです。もっと食べたいくらいですが、ファーガソン様の仰る通り食事が出来なくなるのも困りますからね」


 帰り道、アリシアはさっき食べたケルピーの卵を思い出して惚けた顔をしている。俺も以前知らなくて食べ過ぎた結果、痛い目に遭っているので、その点だけは気を付けるように強調しておいた。



「それにしても、こんなに貰ってしまって良かったのか? 結構貴重な食材なんだぞ、これ」

「良いんですよ、むしろ半分だけで良かったんですか?」


 価値についてもちゃんと説明したんだがな。仲間へのお土産と問題を解決してくれた御礼ということらしい。


 全部渡そうとしてきたので、なんとか半分で納得してもらったが……後はマリアにも半分分けてやればいいだろう。


 ガラガラガラ……


 貸してもらった運搬用の台車には、ケルピーの卵が山積みだ。


 そもそも水から出してしまうとあまり日持ちはしないから、まとめて貰っても食べきれない。まあ最悪リエンがいるから保存の魔法をかけてもらう方法もあるし乾燥させて干物にする方法もあるから、そこは何とでもなるが。



「でも本当にこんなのが市場で買うと一個二十万シリカもするんですか……びっくりです」


 アリシアが驚くのも無理はない。月収二十万シリカともなれば、家族でそれなりに良い暮らしが出来るからな。庶民に手が届く食材ではない。


「まあ、狙って手に入るものでもないし、卵の状態で採取出来るのは産んでから五日間と短く希少性もあるからな。それに――――」


「それに?」

「馬の精が凝縮されているから、とてつもない精力増強作用があるんだ。それもあって、貴族や王族が競って手に入れようとして値段が跳ね上がっているという事情もある」 


「なるほど……それでさっきから私、やたら元気なんですね」


 元通りどころか、全身から生命力があふれているアリシア。言い方は悪いが腹をすかせて飢えた肉食獣のようにも見える。


「あの……ファーガソン様?」

「なんだアリシア?」


「私……身体が熱いんです。このままだと仕事に支障が出そうなのですが、良い方法を知りませんか?」


 何かを期待するかのようにアリシアの赤い瞳が揺れる。


「奇遇だな、俺も少々困っていたんだ」

「ふふ、それじゃあ急いで屋敷へ戻りましょう」


 アリシアを背負いスピードを上げる。ケルピーの卵のおかげで疲れどころか、このまま王都まで走って行けそうな気がする。

 


「……ケルピーの卵、クセになりそうです」


 そんなアリシアのつぶやきが聞こえたような気がした。



◇◇◇



「なるほど……簡単に言えば、ファーガソン様のファーガソンが今大変なことになっているということですわね?」


 屋敷に戻ると、早朝にも関わらずマリアが俺たちの帰りを待ち構えていた。


 放牧地の異変の件を報告すると、真っ先に食い付いたのがケルピーの卵の効果。間違ってはいないんだが、もう少し言い方があるんじゃないか、マリア?


「まあな、そういうことだ」


 事実なのでとりあえず肯定しておく。


「それで……これがそのケルピーの卵を茹でたものですの?」

「は、はい、マリア様」


 白く茹で上がった卵を興味深そうに眺めていたマリアだが、意を決したようにその小さな口でパクリとかぶりつく。


「まあ……これは美味しいわ……はぁ……もっと食べたい……」


 そのアポーのような真っ赤な唇が咀嚼するたびに艶めかしく光る。



「はぁ……はぁ……。これは想像以上の効果ですわね……アリシア、貴女も辛いでしょう?」

「正直申し上げますと……はい」


 どうやらマリアにも効果が出始めたようだ。即効性、持続性に無駄に優れているから、気軽に試すと本当に大変なことになる。知っていながら躊躇せず試すマリアもたいした確信犯だ。


「というわけですから、私もアリシアも困っておりますの。ファーガソン様ならばよい方法を知ってらっしゃいますわよね?」

 

「無論だ」


「それは興味深いですわ。これは領主として、今後のためにも確認しないわけにはまいりませんね、貴女もそう思うでしょう、アリシア?」

「はい、私も大いに興味があります」


 マリアの利発そうな碧眼とアリシアの野獣のような灼眼が交差する。



 これは……白銀級冒険者としての真価が問われる戦いになりそうだ。



◇◇◇



「ファーガソン様……ごめんなさいね。背負ってもらったりして」

「気にするな。俺が悪かった」

 

 約束通り馬を譲ってもらうため、マリアを背負って厩舎へ向かう。ちなみにアリシアは動けないので部屋で休んでいる。


「…………」

 、

 執事がものすごく複雑な表情で凝視してくるが、ここは気付かない振りをしよう。

 

 


「こちらには当家選りすぐりの馬がおりますわ。お好きな馬を選んでくださいませ」


 厩舎にはざっと見た感じ百頭以上の馬がいる。領主であるマリアの専用馬などはこの厩舎にはいないので、本当にどの馬でも構わないらしい。


「一通り見させてもらう」

「ええ、どうぞ」


 ふむ、どの馬も悪くない……きちんと調教されていて、市場で手に入る馬とはそもそも全くレベルが違うとしか言えない。単に馬車を引かせるだけの馬には正直勿体ない。これは迷うな。





「ん? マリア、あそこの厩舎は何だ?」


 一か所だけ隔離されている厩舎がある。


「ああ……あの子たちはちょっと……」

「怪我か病気か何かなのか?」


「いいえ、かつては名高い名馬だったそうなのですが……新しい飼い主に全く懐かず、どんな調教をしても言うこと事を聞かなかったらしいのです。その後も所有者を変え、激怒した貴族に食肉処分されると噂で聞きつけましたので、不憫に思い私が買い取ったのですが……」


 マリアは馬が好きだと言っていたからな……。名馬が処分されるのが忍びなかったのだろう。


「元の主人はなぜ手放したりしたんだ?」

「詳しいことはわかりませんが、戦争で亡くなったと聞いておりますわ」


 よほど主人と深い絆で結ばれていたんだろうな……可哀そうに。


「それでどうだ? やはり懐く様子はないのか」

「そうですわね……餌だけは食べてくれるようになりましたが、それだけですわ。触るどころか迂闊に近づくことすら出来ないのです」

 

 ふむ、マリアですら駄目ということは、新しい所有者がクズだったから懐かなかった、というわけでもなさそうだな。名馬は認めたものにしか心を開かないと言われるが……。

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