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第三十三話 異変の正体


 アリシアと夜明け前に屋敷を出発する。


 問題の放牧地は街から馬を飛ばせば四半刻ほどの距離にあるそうだが……


「なあ、アリシア?」

「どうかなさいましたか、ファーガソン様」


「なぜ俺はアリシアを背負って走っているんだ?」

「馬が不足しているのですから我慢してください。それに私の足腰が立たないのはファーガソン様のせいなんですけれど?」


「……すまん」



 空が少しずつ白み始めた頃、放牧地に到着する。



「こ、これはアリシアさん、こんな早朝にどうしたんですか? こちらの方は?」 


 放牧場を管理しているスタッフが驚いて集まってくる。


 こんな明け方に突然押し掛けたことも多少あるだろうが、どちらかといえば俺に背負われている姿が衝撃的だったのだと思う。アリシア、男に対する威圧すごいから。


「領主さまが問題を解決するために、こちらの白銀級冒険者のファーガソン様に依頼をしたのです」

「「おおっ! 白銀級……それは頼もしい!!」」 


 白銀級と聞いて怪訝そうな態度が一変する。


「ファーガソンだ。近くに小川が流れていると聞いた。案内してくれ」

「は、はいっ!!」


 俺の予想が正しければ問題は解決するはず。



「ファーガソン様、馬の様子は確認しなくてよろしかったのですか?」


 アリシアが不思議そうに尋ねてくる。案内してくれている牧場スタッフも似たような疑問を持っているようだな。


「俺の予想が正しければ、馬の調子は回復してきているはずだ。違うか?」

「え? は、はい……たしかに徐々に回復してきていますが……」


「だろうな。おそらく馬は病気ではない」

「え? ですが、実際に――――」

「まあ、川に行けばわかるさ」



 その小川は、広大な放牧場を南北に分断するように流れていた。川幅は広いところで四、五メートル、狭いところでは二メートル程度しかない。馬であれば容易に飛び越えられる幅ではあるが、人間が渡れるように何か所か小さな橋が架けられている。



「……ファーガソン様、先程から何をなさっているんですか?」


 アリシアは俺が何をしているのかわからず耐えきれなくなったようだ。


「ちょっと探し物をな。お……あったぞ!! すまないが網を」

「は、はい、これをお使いください」


 ようやく朝日が差し込んできたことで、はっきりと見えるようになった。さすがの俺も暗くては水の中は視えないからな。 


 ザブリと川の中に網を突っ込んで目当てのものをすくい上げる。



「おお、大漁大漁!!」


 半透明でブゥドゥー状の丸い物体がいくつも網に入っている。サイズは大人のこぶし大のサイズといったところか。


「ひえっ!? そ、それ、何なんですか? もしかして、これが病気の原因?」


 アリシアも牧場スタッフたちも、遠巻きにしていて近寄ってこようとしない。


「アハハ、そんなにビビらななくても大丈夫だ。言ったろ? 原因は病気じゃないって。それに……これ、食べるとめちゃくちゃ美味いんだぞ?」

 

 そんな得体のしれないものを食べるのかとますます警戒されてしまった。


 仕方ないな、ちゃんと説明するか。



「これはな、ケルピーの卵だ」


「えええっ!? け、ケルピーってあの水辺に棲む馬の姿をした魔物ですか?」


 さすがにアリシアは知っていたようだが、ケルピーは川に棲み、近くを通りかかった人や動物を喰らう上半身が馬の姿をした魔物だ。知能が高く特殊能力を持っているうえ、群れていることが多く、単独討伐推奨等級は銀以上となる実に厄介な存在。ただし、同じ場所に長期間留まることは無く、放っておけば移動してしまうので、触らぬ神に祟りなしというスタンスで注意喚起に留まるのが普通だ。  


「ケルピーは繁殖期になると馬を襲い精を奪って卵を産む。精を奪われた馬は足腰が立たなくなるんだ。ちょうどアリシアのようにな」


「ち、ちょっと!? な、何言っているんですか!! 私は別に……ち、違いますからねっ!! 精を奪われたのはむしろファーガソン様――――いえ、なんでもないです……」


 真っ赤になって言い訳をするアリシアが可愛い。


 まあ言っていることは間違っていないな。



「というわけだから、馬はもう大丈夫だ。ただし、このままケルピーの卵を放置しておくと……」


「「「わわっ!? す、すぐに片づけます~!!!」



 その後は、従業員総出でケルピーの卵を一つ残らず回収する。


 ケルピーの生態は謎に包まれていて、わかっていないことも多い。産み付けられた卵は、水の中ではほとんど視認出来ないので、知らなければまず気付くことはないのだ。何はともあれこれで牧場も一安心だ。


「あ、あの……親のケルピーが戻ってくることは無いのでしょうか?」

「可能性はゼロではないが、その心配は少ないと思う。ケルピーは基本的に繁殖期以外は人里から離れた上流に棲んでいるんだ。大雨で増水した川の流れに乗って移動しているらしいが、なぜか産卵した場所には戻らない」


 それを聞いてようやく牧場の人たちにも笑顔が戻ってくる。



「さすがのお手並みでしたね、ファーガソン様」

「たまたま知っていただけだ、まあ運が良かった」

「冒険者にとっては、その知識や経験がものをいうのですから、謙遜なさることないのに」

「俺もいまだ知らないことはたくさんあるから日々勉強だよ」


 冒険者にとって知識の有無は命に直結するからな。冒険者は常に謙虚であるべきだ。一人の人間が経験できる量などたかが知れているのだから。物事を知るとは、自分がいかに無知であるかを自覚することだ。そうすれば傲慢になったり自信過剰になることなどあり得なくなる。



「ところで、その卵、どうやって食べるんですか? 美味しいんですよね」

「ああ、そのまま生でも食えるが、軽く茹でた方が食べやすくなる。味はともかく生だと食感が苦手だという人間も多いんだ」

「なるほど……茹でるだけなら簡単ですね!」



「よし、もう食べても良い頃合いだろう」


 半透明だったケルピーの卵を沸騰した湯の中でしばらく茹でると、次第に白っぽくなってくる。中身が見えないくらい白くなったら食べごろだ。


「わあっ!! なんだか良い香りがしますね。お肉の脂が焦げたような……?」

「ハハハ、そうだな、肉の脂身をものすごく濃厚にしたような旨味がある。だが美味いからといってくれぐれも食べ過ぎるなよ? 卵を一つ食べれば十日間食べなくても大丈夫だと言われるほど栄養価が高いんだ」


 あまりにも強すぎるから、病気で弱っている人に与えたりすると危険だったり、太り過ぎて動けなくなったりする場合もある。


 まあ……それだけじゃなくて、食べ過ぎてしまうともっと切実に困ることがあるんだがな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 異世界ならでは、の食材の工夫が良いですね。 ケルピーの卵はびっくりしました。 [一言] え~と。 大きなお世話ですけど、だんだんファーガソンが気の毒になってきました(笑)。 行く先行く先…
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