第三十一話 領主の館
「――――というわけで、今夜は領主さまの晩餐に招待されているんだ。俺は一緒に行けないが夕食代はちゃんと払うから美味しいものでも食べてくれ」
「わあっ!! ご馳走様です、ファーガソン様」
「えええっ!? 良いんですか? さすが太っ腹ですね、ファーガソン様」
なぜローラとシンシアが喜んでいるんだ?
「今夜一緒にお食事会やろうって話をしてたんだよね」
なるほど……そういうことか。ギルド職員の二人が一緒の方が安心だし丁度よかったかもしれん。
「そういうことなら予算は惜しまないぞ」
「そうか、悪いなファーガソン」
「……エリンも参加するのか?」
「奢りなら当然だ。街一番の高級店に予約を入れておこう」
「「「「「わーい!!」」」」
ま、まあたまには良いだろう。いつも世話になっているしな。
「言い忘れたが、その店はドレスコードがうるさくてな? ドレスが無いと入店出来ない」
だったらドレスコードの無い店を選べば良いじゃないか、とは言わない。一人だけ領主の晩餐に招かれている後ろめたさがある。
「そうか、必要ならこの機会に揃えておくのも良いだろう」
「「「「「わーい!!」」」」
……少なくともエリンやローラはドレス持っているんじゃないのか? あえてツッコまないが。
「お迎えに上がりましたファーガソン様、どうぞ馬車へ」
夕暮れ刻、領主から迎えの馬車がギルドに到着した。
「今日は目隠しは必要ないな?」
「ハハハ、ファーガソン様も案外お人が悪い」
目隠しなどとんでもないです、と頭を下げる壮年の男。
忘れようもない。つい先日『草むしり』の依頼で会ったばかりの凄腕執事だ。
そうか、やはりあの場所が領主の館だったんだな。
ということは……マリアは領主の娘……もしくは妻か? どちらにしてもヤバいな……領主にバレたら馬を譲ってもらうどころの話じゃあ無くなるかもしれん。
「答えられなければそれで構わないが、領主は先日の草むしりのことを知っているのか?」
心の準備が必要なので、執事に確認する。
「もちろんご存じでいらっしゃいます」
うむ……気まずい。
とはいえ、今更逃げ出すわけにもいかない。前向きに考えるなら、知っていながら俺に招待状を出したということだ。ギルドを通している以上、騙し討ちは考えにくいし、そうなると領主公認という可能性も十分考えられる。
まあ別にやましいことがあるわけでもない。なるようにしかなるまい。
「ようこそおいでくださいましたファーガソン様、ダフード領主マリア=デラクルスです」
「今夜はお招きいただき光栄です、マリア様」
屋敷に到着すると、真っ先に出迎えてくれたのは、輝くようなブロンドに宝石のような青い瞳の女性、他でもないマリア嬢だった。
しかし驚いたな……まさかマリア本人が領主だったとは。
周囲に俺以外に客の姿は無く、そのせいかマリア嬢の距離がやたらと近い。なんなら今は密着している。
「さあ、お腹が空いているでしょう? 美味しい料理をご用意しておりますのよ」
妖艶に微笑むマリアに案内されたのは、それほど広くない落ち着いた雰囲気の部屋。おそらくマリアの私室だと思われる。
「聞いてますわよ? この街で美味しいものを食べてらっしゃるんですってね。でも、さすがにこれは食べたことないはずですわ」
後ろで控えていたメイドがテーブルの上に料理の皿を運んでくる。
「おお……これはすごいな」
皿に盛りつけられているのは、白くて丸くやや平べったい何か。全体にかかっている黄色いソースも見た目だけでは想像できない。
「ふふ、これはマッシュルームーン。満月の夜にしか生えない幻のキノコですわ」
初めて聞く名のキノコだな。しかもまた月に関連する食材か。この街は月の女神イリシアの加護でも受けているのだろうか?
「初めて聞く食材だ、美味そうだな」
「そうでしょう? マッシュルームーンの生えている場所は領主が直接管理しているので、市場には一切出回らないのです。つまり、この屋敷でしか食べられない食材なのよ、ファーガソン様」
「それはすごいな……この黄色いソースはなんだろう……」
マリアの顔ほどあるでかいマッシュルームーンにナイフを入れると、思わず目を閉じて味わいたくなる香ばしい匂いが食欲をそそる。
これは絶対に美味いやつ。
もう我慢出来ん。ギリギリ口に入る四分の一サイズのマッシュルームーンにソースをたっぷりと絡めて口に押し込む。
「ふおおおっ!?」
噛んだ瞬間にじゅわっと旨味があふれて口の中に広がる。
マッシュルームーンそのものの味は、シンプルな見た目と違ってめちゃくちゃ旨味が濃い。キノコと言うよりはまるで分厚い肉を食べているような感覚だ。
そしてぎゅっと凝縮されたマッシュルームーンの味わいを完璧なものにしているのが、この黄色い謎のソースだ。
そのままでは旨味が強すぎて渋滞してしまっているのだが、ほんのり甘いこのソースを絡めるとどうだ? そのまま食べたのでは気付かなかった旨味や香りが綺麗に整理され、洗練されてはっきりとその美味しさを舌に、脳に直接伝えてくれるのだ。
「美味すぎる……特にこのソースが最高だ。マリア、このソースは一体?」
「うふふ、このソースはファーガソン様もご存じの食材から作られているのですわ」
「本当に? うーむ、まったく心当たりがないが……」
こんな美味しいものを食べたら忘れるはずがないんだが……
「実は月光花の根を使っているのです。本来は有毒ですが、満月の夜にだけ無毒になるのですわ」
なるほど……花や葉は味わったが根も食べられるのか。すごい食材だな、月光花。
「こんなに素晴らしい食材なのに輸出はしないのか?」
少なくとも隣街のアグラでは見かけなかった。
「そうしたいところなのですが、無毒なのは満月からわずか二日間だけなのです。つまり輸送中に有毒に戻ってしまいますので、この街内で消費するしかないのですわ」
なるほど……そういうことか。知らないで食べたり扱ったりしたら大変だから厳格に管理しているんだな。
「ところでファーガソン様、順番が遅くなりましたが、盗賊団の件、本当にありがとうございました。おかげでこの街に蔓延る悪を根こそぎ一網打尽に出来るかもしれません」
「いや、俺は依頼をこなしただけだ。それにマリアからはすでに報奨金も受け取っている。十分過ぎるほど報いてもらっているよ」
「さすが噂通りのお方ですわね。それでも私が愛するこの街を守ってくださったこと、誰よりもこの私が感謝しているということをお伝えしたかったのです」
「俺も同じだ、この街が大好きだから行動したんだよ」
そうか……この人はこんなに華奢な身体でこの街を守り戦い続けてきたんだな。
マリアを見ていればわかる、ダフードは彼女自身なのだと。
俺は……いつの間にか恋していたのかもしれない。この街に? それとも気高く美しい彼女に? きっと両方なのだろう。
「ねえファーガソン様、食後のデザートはいかがかしら?」
愁いを帯びた領主の顔はどこへやら。今度は悪戯好きな少女のように微笑むマリア。
「もしかして俺の目の前にある世界で唯一の……ここでしか食べられないデザートのことかい?」
「うふふ、さあどうかしら? そうかもしれないし、そうではないかもしれませんわ」