第三十話 時には引いてみるのも悪くない?
「ねえファーギー、この後はどうするの?」
フランドル商会での商談は終わったが、まだ日は高いし夕食には早すぎる時間だ。
「ギルドへ行くぞ」
「またギルドいくの?」
「今度は冒険者ギルドだ。さっき買った馬車の代金を出金手続きしなければならないし、馬を手に入れるためにギルドマスターに交渉する。その間にチハヤとファティアの冒険者登録だな」
「えええっ!? また? 嫌ああ……」
もううんざりとゲッソリした表情で落ち込むチハヤ。
「ハハハ、心配するな。冒険者ギルドは商業ギルドと違ってそこまで大変じゃない。文字すら読めないような連中でも登録できるんだ、向こうの言う通りにしていればすぐ終わるぞ」
「あの……ファーガソンさん、別に嫌というわけじゃないんですけど、戦えない私も冒険者登録する意味があるのでしょうか? 身分証でしたら商業ギルド証がありますし……」
ファティアの疑問も当然だな。俺も彼女を戦いに参加させるつもりはない。
「ああ、実はこの機会にパーティ登録しようと思っている」
「パーティ登録?」
「なるほど……パーティ登録しておけば、リーダーであるファーガソンの白銀級特権がパーティメンバーにも適用されるからだな?」
「さすがリエン、その通りだ。それだけでなく、リーダーである俺が依頼達成したギルドポイントはメンバーにも均等に配分されるようになるから、冒険者等級が上がりやすいんだ。その分俺の獲得ポイントは少なくなるが、もう俺はこれ以上等級は上がらないからポイント貯めても意味が無いしな」
冒険者等級は出来るだけ上げておくに越したことはない。どこで何をするにもついて回るし、その影響力は俺が身をもって経験している。
いつか旅が終わって別々の道を選ぶ日が来るかもしれない。俺がいつまでも守ってやれる保証もない。その時のためにも、俺に出来ることはしておきたいんだ。
「わあっ!! リエン様、ファーガソン様もいらっしゃいませ~!!」
冒険者ギルドに入ると、受付で満面の笑顔の花を咲かせるローラ。さすが貴族令嬢だけあって、凄まじい破壊力がある。近くにいた冒険者たちが揃いも揃って彼女の魅力に腰砕けになっている。
「ローラ、昨日は色々教えてくれてありがとう!!」
カウンター越しに抱き合うローラとリエン。この二人、昨日一日で本当に仲良くなった。おそらくよほど馬が合うのだろう。
「お疲れ様、ローラ。ギルドマスターを頼む。それからパーティー登録とこの二人の冒険者登録も頼む」
「かしこまりました。シンシア~!! ちょっと手伝って!!」
「あら、ファーガソン様、いらっしゃいませ」
「やあシンシア」
その知的な瞳と碧がかった南方系の開放的なギャップを持つシンシアもまた、魔性の魅力をいかんなく発揮している。彼女に受付をしてもらおうとしていた冒険者たちが恨めしそうにこちらを眺めている。
「おらっ、何をぼさっとしているんだい!? こっちも忙しいんだから、さっさと並びなっ!!」
「「「ひ、ひいっ、す、すみません……」」」
名前は知らないが荒くれモノばかりの冒険者たちを怒鳴り飛ばすおばちゃん受付嬢……このギルド、職員個性的すぎないか?
「シンシア、悪いんだけどファーガソン様のパーティ登録と彼女たちの登録手続きと説明お願いできるかしら?」
「わかりました。それでローラは?」
「え? 私はファーガソン様をギルドマスターのところまで案内した後、リエン様とお茶してくるから」
「はああっ!? 何か納得いかないんですけど……?」
シンシアがチラチラこちらに視線を送ってくる。
「悪いなシンシア、今度好きなものご馳走するから頼む」
「あら、ファーガソン様ったら、私は仕事ですからきちんとやりますよ? もちろんご馳走は喜んでご一緒させていただきますけれど」
ははは、まんまとシンシアに乗せられてしまったな。
「ああっ!? ずるいシンシア!!」
「ふふ、貴女が楽しようとするのが悪いのです」
「ねえファティア、もしかしてファーギーってモテるの?」
「それはそうでしょう。白銀級冒険者ですし」
「強くて優しいからな」
「なるほど……言われてみればたしかに」
なんだかえらい褒められようだな。恥ずかしいから聞こえなかったことにしよう。うん。
「おお、ファーガソン、今日はもう来ないのかと思って心配していたぞ?」
うーん、どうみてもフリンと同一人物にしか見えないが、エリンの反応に嘘はないように思える。
「なあエリン、俺たち今日初めて会うよな?」
「何を言っているんだ? ん……んんん? この匂い……もしやファーガソン、姉上に会ったのか?」
匂いでわかるのか? もはや犬並だな。エルフ万能すぎるだろ。
「まあな。さっき商業ギルドへ行ってきたところだ。それより今日は相談があってな?」
「待て、このままでは集中できん。相談の前に上書きして姉上の匂いを消さねばなるまい。行くぞファーガソン!!」
やはりエルフは犬……? だが、いつものエリンだな。なんか安心した。
◇◇◇
「なるほど……馬をね。それで領主に謁見したいと?」
「まあそんなところだ」
「それなら丁度よかった。ファーガソン宛に領主から招待状が届いているぞ」
「招待状? 俺に?」
「今回の盗賊団を巡る一連の活躍と功績を労いたいとのことだ。可能であれば今夜の晩餐にでもとのことだが?」
断る理由はない。馬のこともあるし早い方がこちらにとっても都合が良い。
「わかった。今夜行こうと思う」
「そう? それなら日が暮れる頃に領主の使いが馬車で来ることになっているから、このままギルドで待っていてくれ」
「わかった。あ、それからなエリン、例のリストの中にガインという貴族がいただろ? あの男が俺の宿泊している白亜亭に執拗で陰険な嫌がらせをしていて相当な被害が出ている。何とか補償させられないかな?」
「白亜亭? ああ、知っているぞ、あそこは評判の良い宿だからな。わかった、ギルドから調査員を送って被害の状況を調査させる。ガインは以前から悪評の絶えなかった男だ。ふふふ、遠慮なく潰してやるから補償の方は責任を持ってやらせるよ。ただし、逮捕まではもう少し時間がかかりそうだ。今回は対象が多すぎてな……?」
相手が相手だけに、証拠固めや根回しには慎重にならざるを得ないのだろう。個別に動けばそれを見て逃げ出す連中も出るだろうから一気に片を付けなければならない。
「いつも悪いな、仕事ばかり増やして」
「何を言っているんだ? これは私の仕事だ。ファーガソンこそ仕事とは無関係だろうに……」
「そうかもしれないが、これは俺がやりたくてやっていることだ。だから感謝しているよ、エリン」
「ふふ、普段は誰も感謝などしてくれないから嬉しいよ。ではまた後でな」
「へ? あ、ああ……またな」
「どうしたんだファーガソン? 何か言いたそうじゃないか?」
「いや、いつものエリンなら、じゃあもう一度~とか言うかと思って……」
「アハハハハ、そうかそうか、いやなに、たまには引いてみるのも良いかと思ってな? どうやら作戦成功のようだな」
「……じゃあまたなエリン」
「え……ちょ、ちょっと待て、本気か? 冗談は嫌いだぞ? 泣くぞ?」
「……冗談だ。可愛いなエリンは」
「ファーガソンの意地悪!!」