第二十九話 フランドル商会 ~ 馬車とオコメ ~
「馬車を購入したい。こちらとしては、五人以上乗れるサイズで、乗り心地に優れ、ある程度の積載性を備えたものを希望している」
あえて予算は言わない。
「なるほど馬車でございますね。かしこまりました。それでは条件に合うものを準備してまいりますので、どうぞこちらでごゆっくりお寛ぎくださいませ。リリア、頼みますよ」
「はい」
「リリア=フランドルと申します。皆さまどうぞこちらへ」
リリアと呼ばれた女性は、藍色の髪を後ろでキュッと束ねた利発そうなお嬢さんだ。見た目まだ十代くらいに見えるが、完璧に商会の制服を着こなしており、所作もずいぶんと慣れたものだ。名前から察するに商会の一族なのだろう。
案内されたのは、高級そうなソファーがある豪華な部屋。明らかにVIPルームだと思われる。
「当商会自慢のフラワーティーです。どうぞご賞味ください」
「わあ……良い香り。リリアさん、これお花のお茶なんですか?」
「はいチハヤさま、この辺りでしか採れない月光花を使用しております」
「あ、月光花って、蒼月庵で出てきたお花ですよね!!」
「ふふ、その通りですファティアさま、蒼月庵は当商会が運営する系列店の一つなのですよ」
大手商会とは聞いていたが、レストランまで経営しているとは驚いたな。だが、あれだけの立地にあれほどの庭園を展開できるとなると個人では難しいと思っていたから納得だ。あれほど希少な食材を安定的に供給できるのも商会の力あってのことだろう。
「もしかして満月の晩に飲んだ方が美味しいのではないか?」
「当商会では月光花を美味しく召し上がっていただくため満月の時に加工しておりますので、このままでも十分美味しいのですが、リエンさまの仰る通り、満月の下で飲まれるのが至高ですね」
リリアという女性、やはりただの従業員ではなさそうだ。我々の名前も把握しているし、年齢の割に落ち着きすぎている。幼いころから現場に出ていなければ身に付かない貫禄すら感じる。
ちょっと聞いてみるか。
「リリア、もし知っていたらで良いんだが、かの勇者が探しているというオコメについて何か知らないか?」
広範囲に情報網を持つ商会であれば、当然我々が知らないことも掴んでいるはずだ。教えてもらえるかどうかは別の話だが、どの程度情報を掴んでいるかは反応である程度判断できる。
「はい、当然知っておりますとも。当商会では早期から商機ありと判断して情報を集めておりましたので。ですが、現時点では、候補と思われるサンプルを世界中から取り寄せている段階でして……何分本物のオコメを知るものが勇者様ご本人しかいないので、非常に難航しております」
だろうな。チハヤの件でわかったが、異世界とこちらの世界では、まず食材の呼び名が違う。現物を知らない以上、探すのは難しいだろう。とりあえずサンプルを集めておくというのは賢いやり方だと思う。
そうか……もしかすると勇者が王都に滞在している理由は――――
「リリアさん、集めたサンプルはやはり王都へ行くのか?」
「はい、さすがですねファーガソン様、現在、各大手商会が競ってサンプル集めに奔走しており、集められたサンプルは王都にいらっしゃる勇者様の元で確認していただくことになります。まあ、我々のような地方が本拠地の商会は、やはり王都の商会と比べるとどうしても地理的に不利な部分はありますね」
そう言いつつも、リリアの表情を見る限り謙遜の域を超えていないように思える。勇者との接点という部分ではたしかに王都勢が有利だろうが、オコメがどこにあるのかわからない以上まだまだチャンスはあると思っているのだろう。
王都にも無いのであれば、これまでに交易が無い国にまで手を広げなければならない。本格的に輸入をするとなれば交易協定の締結から始めなければならず、商会レベルではどうにもならない。敵性国家ならなおのことだ。順調に行っても年単位の時間がかかるであろうことは容易に想像できる。
「実は俺たちもオコメを探しながら王都を目指して旅をしているんだ。それだけ商会が本気で動いているのなら近いうちに見つかるかもしれない、期待しているよ」
俺たちにはチハヤという本物のオコメを知る切り札がある。それを交渉材料にすることも出来るが、チハヤの素性がバレるリスクが大きすぎるから使うつもりはない。
最終的にオコメが食べられれば良いだけなのだから、正直どこの商会が見つけようと構わないのだ。
チハヤはオコメが見つかっていないと聞いて少し残念そうだが、王都に勇者がいる可能性は高くなった。おそらくはオコメが見つかるまでは滞在しているだろう。
「お待たせしました。ご希望の条件に応えられる馬車をいくつかご用意しましたので、実際にご覧になってお選びいただければと思います」
フランクさんが戻ってきたので、さっそく馬車を確認しに行く。
「実際にこの辺りを走らせて乗り心地を確かめていただけますよ」
用意されていた馬車は全部で六種類。
もちろん見た目も大事だが、乗り心地に勝るものはない。わずかな差でも長時間の移動では大きく響いてくるからだ。
順番に六種類乗ってみて、全員の感想を聞きながら三種類まで絞り込み、そこからもう一度、今度は荷物を追加して走らせてみる。
最終的にデザインは割れたものの、乗り心地で全員一致した馬車を購入することにした。一番のポイントは、荷物をたくさん積んだ時の安定性だ。
「フランクさん、この馬車を購入したい。本当は馬もセットで欲しいんだが……」
「申し訳ございません、お恥ずかしながら当商会でも現在お売りできる馬が無く……」
大手商会ですら馬が無いとは……本当に深刻な状況なのだな。
「ああ、それはわかっていたことだから構わない。馬はこちらで用意するから大丈夫だ」
「そうですか。では、その分勉強させていただきます。馬車本体一千万シリカですが、御者用の道具一式をお付けして、八百万シリカでいかがでしょうか?」
「問題ない。代金は明日ギルドから届けさせる。馬が用意できるまでそちらで預かっていてもらっても構わないか?」
「かしこまりました」
「安心してくれ、万一馬が手に入らなかったとしても返品はしない」
「お気遣い恐れいります」
最新式の馬車がこの値段は悪くない。おそらくは馬が不足していなければ売り切れていた可能性が高いだろう。そういう意味では幸運だったかもしれない。
もっとも、全ては馬を手に入れてからの話だ。
最悪の場合、アリスターさんの護衛依頼をキャンセルして出発を遅らせるしかないだろうな。