第二十八話 深刻な馬不足
「ねえファーガソン、妹のところには毎日行っているのでしょう? ついでにこちらにも顔を出してくださいな」
エリンは良くてフリンが駄目だという理由もないな。
「わかった。約束は出来ないが善処する」
「まあ……噂以上に素敵な殿方ですね。出遅れたのが悔しいですが……何かお困りのことがあれば協力は惜しみませんからいつでも遠慮なくいらしてくださいね」
「フリン、早速で申し訳ないんだが聞いても良いだろうか?」
「恋人や夫はいませんよ」
うん、まあ居なくて良かったよ……ってそうじゃない。
「実は馬車を購入しようと思っているんだが、受付で馬は難しいかもしれないと言われてしまってな?」
「ああ……そのことですか。はい、実は北部戦線に軍用の馬を持って行かれてしまったところに、ここしばらく馬を連れて来る隊商が立て続けに盗賊団に襲われてしまい……今、ダフードは空前の馬不足に陥っているのです。残っているのは仔馬か老齢、もしくは妊娠中の馬ばかり。しばらくは改善する目途は立っていませんね」
うーむ、タイミングが悪かったか。しかし馬が無ければ始まらない。
「そうは言ってもこれだけの規模の街だ、まったく居ないというわけでもないのだろう? 二頭だけで良いんだが、何とかならないか?」
「そうですね……そう言われてみたら数頭程度なら譲ってくれそうなところがあったような……ファーガソンがもう一度頑張ってくれたら思い出せそうな気がするんですが……」
見た目だけじゃなくて、中身もそっくりだな、この姉妹。
「わかった。思い出すまで容赦出来ないが大丈夫か?」
「やーん、ファーガソン怖いです~」
……本当にエリンじゃないんだよな? この人。
◇◇◇
「……領主?」
「はい、領主のところには有事に備えて余剰の軍馬がたくさんいますから、二頭ぐらいでしたら融通してもらえると思いますよ」
「なるほど……しかしどうやって領主に会えば良い?」
「そうですね……ファーガソンは白銀級なのですから、冒険者ギルドに掛け合えば謁見出来ると思いますよ? 一応私からも紹介状を書いて差し上げますが」
「悪いな、頼むよ」
「うわああん、疲れたよファーギー」
「お疲れ様、チハヤ大変だったろ?」
余程辛かったのだろう。半泣きのチハヤが抱き着いてくるので頭を撫でてやる。
文化や常識が全く違う世界から来たチハヤにとってはゼロどころかマイナスからのスタートだからな。この世界の人間にとっては当たり前のことが当たり前じゃないのはとても大変だったと思う。
「でも……ほら、じゃーん!!」
チハヤが名前の入ったギルド証を誇らしげに掲げる。
やっとこの世界で居場所が出来たような、そんな安心感もあるだろう。良かったな、チハヤ。
ギルドを出て紹介された馬車を扱う店に向かう。
「ファーガソン、馬がいないのにやはり馬車を買うのか?」
リエンが心配するのも当然だ。ギルドにも馬を求める依頼や張り紙がたくさん貼りだしてあった。
「大丈夫だリエン、馬に関しては目途がついたというか、あてがある」
「そうか、それなら良いのだが……最悪の場合、私が魔法で馬車を飛ばすという荒業も出来なくはない」
いや、俺たちだけならともかくそれはさすがに目立ちすぎる。面白そうだけどな。
「ですが……もしそのあてが駄目だったらどうされるのですか? 聞いた話だと次の馬がやってくるまで早くても半月ほどかかるとか……」
馬車が使えない場合、ファティアが一番直接影響を受けるからな。それはたしかに心配だろう。領主から馬を分けてもらえるかどうかは、正直俺にもわからない部分もある。
だが――――
「ハハハ、まあその時は魔物でも捕まえて馬車を引かせることにする」
冗談のようだが、馬ほどメジャーではないものの実際に魔物を使役しているケースもあるし、軍ではむしろ馬よりも主力として採用されている。野生の場合、調教が必要だが、そこはテイマーに依頼してお願いすれば良いだけのことだ。
「えええっ!? 魔物って馬の代わりになるの?」
「ああ、何種類か採用されているな。馬に比べて普及していないのは、やはり食費や管理にかかる費用の問題だろう。軍のように戦闘能力や頑強さを求められている場所であればそれでも良いが、荷物を運んだり馬車を引かせるなら、やはり馬が一番安くて適している」
それ以外にも、調教費用や専用の器具を購入しなければならないし、小さな町だと、馬用の厩舎しかない宿もあったりするからな。
「もしかして……飛竜……えっとワイバーンみたいな騎竜に乗った騎士とかもいたりして?」
「いるぞ。この国には居ないが、飛竜騎士団を持っている国も存在する。運が良ければ王都に使者として来ている姿を見られるかもしれないな」
「わあっ!! めっちゃ楽しみ~。早く王都へ行きたくなってきた!!」
よくわからないが、チハヤにとってはロマンらしい。まあ楽しみや目的は多い方が良いだろう。
馬車を購入するにあたって商業ギルドから紹介されたのは、街の中心部に本店を構えるダフードで一、二を争う大商会、フランドル商会だ。
貴族御用達の高級タイプから商業用の荷馬車まで、馬車であればなんでも取り揃えてられるのが強みなんだとか。馬車なら何でも良いというのならともかく、より良いものを比較吟味するのであれば、実車が多いところが良いだろうとのことだった。
「おお、なんだか高そうなお店」
「あわわ……本当に入るんですか?」
「どんな馬車があるのか楽しみだな」
たしかにいかにも敷居が高そうな貴族御用達の商会だと店構えを見ればわかる。最初は入りにくいかもしれないが、こういう店程、金のある客、信用のある客は丁寧に扱ってもらえるものだ。
それに手数料は高いが、希望すれば馬車以外でもなんでも揃えてくれるのが大手商会の良いところだからな。各街に支店があるところならば、そのまま信用を持ち越せるのも利点だったりする。
「いらっしゃいませ、フランドル商会へようこそ。本日はどのようなご用件でいらっしゃいますでしょうか?」
店に入ると、一番偉そうな男が真っ先に出てきて出迎えてくれる。
聞けばこの商会の会頭で、名はフランクさん。年齢は四十代から五十代くらいに見える落ち着いた感じの紳士。もちろんただモノではないだろう。
一流の商人は一目でその客を見極めると聞く。どうやら俺たちを上客として認識してくれたようだ。