第二百六十二話 白獅子宮
「……昨夜は随分とお楽しみでしたね」
セレスのジト目が痛い……。
「ま、まあ……久しぶりだったからな」
「ふーん……私なんて久しぶりどころか放置されているというのに……へえ……ふーん……」
駄目だ……何を言っても今のセレスには嫌味になってしまう。
「セレス」
「……なんですか?」
「愛してるよ」
「よ、よく聞こえなかったので、もう一度言ってもらえますか?」
「何度でも言うさ、俺はセレスを愛してる」
「ふ、ふーん……し、仕方ない先生ですね……わ、私も……愛してます!!」
飛びついてきたセレスを抱きしめてキスをする。
「意地悪なこと言ってしまいました……ごめんなさい先生……」
「気にしてないさ、俺はそんなセレスも愛おしくてたまらないんだ」
「も、もう……先生は意地悪です……」
これ以上甘い雰囲気を作ってしまうとお互いに辛い。話題を変えるみたいで本意ではないが、今日セレスと会っているのは別件についての報告を聞くためだからな。
「セレス、頼んでいた姉上の件だが――――何か分かったか?」
「ごめんなさい先生……手は尽くしているのですが……今のところ手がかりは……」
「いや、セレスが謝る事じゃあない。こうして協力してもらっているだけでもどれだけ有難いかわからないんだ」
正直期待していたわけではない。あのやり手の宰相が証拠を残しておくとは思えないしな……。これだけ探しても状況一つわからないとなると……関係者は全員口封じされた可能性が高いか……。
「正直ここまで手がかりが無いというのは明らかに不自然です。ある程度想定はしていましたが、やはり相当強引な力業が使われたとしか思えません」
悔しそうに唇を噛むセレス。
「……だろうな、俺も同じ意見だ」
「ですが……これは我々王家の責任でもあります。だから……もう一度一から調べ直してみますね。私は絶対に諦めませんから……」
「セレス……ありがとう」
俺も諦めるわけにはいかないな……。姉上、絶対に見つけ出してみせます。待っていてください。
◇◇◇
王都での式典が翌週に迫る中、俺たちはいまだウルシュにあるセレスの別邸で休暇を楽しんでいた。
転移をすれば一瞬で王都へ移動可能だからな。
ちなみに、ダフードの面々も仕事以外はここウルシュに滞在していて、エリンとフリンは、エレンやアルディナたちと久しぶりに家族水入らずの時間を過ごしている。
「え!? 俺が陛下に謁見?」
「はい、式典の前に是非とも会っておきたいと父上が」
まあ……セレスと結婚するのであれば、いずれは顔を合わさなければならないとは思っていたが……このタイミングとは予想していなかった。
「わかった。それで一緒に王宮へ行けば良いのか?」
「はい、先生の正装も用意してあります。今から着替えていただいて、すぐに出発しましょう」
冒険者としてであれば服装にはそれほど気を遣う必要はないのだが、今回はさすがにそうはいかない。
リリア、ネージュ、シルヴィア、アリス、アリシア、凄腕メイドたちがが寄ってたかって身の回りを整えてくれた。
「はあ……素敵ですご主人さま……」
「これは……危険ですね……」
「完璧ですファーガソンさま」
「魅力的すぎて恐ろしいですね……」
「これは……下手すると死人が出るのでは?」
口々に絶賛してくれるメイドたち。自分で言うのもなんだが、久しぶりに正装したせいか、いつもより五割増しに決まっている気がする。
まあ……セレスが用意してくれた服が最高級のオーダーメイドってことが大きいんだが。
「どうかなセレス?」
「…………」
俺の姿を見るなり固まってしまった。
「せ、セレス?」
「はっ!? す、すいません……あまりに素敵なので意識が飛んでしまいました……」
「そ、そこまでかな?」
「はい、実は私とお揃いなんですよ、それ。私の衣装は後程お披露目しますので楽しみにしていてくださいね?」
嬉しそうに腕を組んでくるセレス。
そうか……セレスとお揃いなのか……なんだか少し照れくさいな。
「先生、こちらです」
「ん? 王宮へ行くんじゃなかったのか?」
てっきり謁見の間に通されるのだとばかり……
「いえ、今回は公式の謁見ではなく……あくまでプライベートでということです」
なるほど、国王としてではなく、セレスの父親として会いたいと言う事……なのだろうか?
「プライベートなら正装する必要なかったのでは?」
「私が先生とお揃いを着たかったのです!!」
「そうか……それなら仕方ないな」
「はい、仕方ないのです」
ちなみにだが――――お揃いのセレスの衣装はめちゃくちゃ素敵で、普段はあまりしていない化粧までしているので、五割増しに可愛い気がする。つまり殺人的な破壊力だ。
「着きましたよ」
到着したのは王宮からほど近い森の中にある白亜の宮殿。大きさはそれほどではないが、洗練された質の高い意匠が施された外装を見ただけで特別な場所なのだとわかる。
「この白獅子宮は国王のみが入ることを許された場所です。私ですら国王に招かれなければ入ることが出来ません」
王女であるセレスや王妃ですら国王の許可なく入れないということか……。そんな場所に俺が入って良いのだろうか?
当然ながら警備は厳重、強力な結界が施されているため、ネズミ一匹侵入することは出来ないということらしい。
「なんだか緊張するな……」
「ふふ、先生も緊張されるのですね?」
「はは、俺も一応人間だからな?」
白獅子宮の内部は国王陛下の私室となるのでほぼ無人のようだ。王宮では当たり前のように控えている使用人の姿すら、ここでは見かけることはない。セレスはこの場所に何度も来たことがあるようで、勝手知ったる様子で迷うことなく進んでゆく。
「あの扉の向こうに父上が居ます。心の準備はよろしいですか?」
「ああ、いつでも大丈夫だ」
国王と言っても、俺からすれば遠い子孫みたいなものだからな。
「父上、セレスティア参りました」
『うむ、入るがいい』
部屋の中から重く威厳のある声が聞こえてくる。
「失礼します」
セレスが扉を開けて中に入り、続けて俺も部屋に足を踏み入れる。
(あれが国王陛下――――セレスの父親か……)
さすが王族、五十近いはずだが、見た目は三十代……いや二十台にすら見える。セレスの兄と言われても信じてしまうな。今回のイベントが王位継承ではないかと噂されていたが、実際に会ってみるとそれは無いと思えてくる。まだまだ現役どころか、むしろこれからというほど気力が漲っているしな。
「お初にお目にかかります陛下、冒険者のファーガソンです」
冒険者としてなら普段通りにするが、今回はセレスの親への挨拶だ。さすがに言葉を改める必要がある。
「よく来たな、余がライオネル王国国王レーヴァテインだ。まあ……この場所では気楽にレーヴと呼んでくれて構わない。それともお父さんが良いかな? ハハハハ」
「ちょ、ちょっと、父上!?」
セレスが赤くなって慌てている。どうやら思ったよりも気さくな人物らしい。




