第二百六十話 再会
「あれ? このクレープ生地ってもしかして……そば粉?」
なにやらチハヤが興奮している。
「チハヤ、そのソバコというのは何だ?」
「えっとね、お蕎麦が作れる穀物だよ。めっちゃ美味しいんだから!! そうだ、そば粉があるなら今度セリカに作ってもらおうっと」
「おおっ!! そういえばシバから聞いたことがあるぞ。『そば食いてえ!!』って散々言っていたからな」
「お兄ちゃん……三年もこの世界に居るのに何してたんだろう……」
「ま、まあ……ヤツも忙しかったのだ。自由に行動できるようになったのはつい最近のことだしな」
一応フォローを入れてくれるあたり、トウガは良い奴なのだと思う。
「あと、『コメ食いてえ』とも言っていたな」
「あはは!! それならもう私たちが見つけたから大丈夫だよ」
「そうか!! それはシバもきっと喜ぶだろう」
嬉しそうに目を細めるトウガ。あまり人族と馴れ合うことが無い竜人とここまで信頼関係を築くとは、さすがチハヤの兄だということなのだろうな。
「ところでトウガ、勇者とはどこで落ち合うんだ?」
「シバたちとは冒険者ギルドで待ち合わせしている」
「それなら好都合だな、俺たちも行くつもりだったし」
店にある全種類のクレープを堪能した後、俺たちはギルドへ向かうことにした。
「そういえばお前たちはなぜ王都を離れていたんだ?」
「ああ、そのことか。王都でシバがチハヤのすまーとふぉんを手に入れてな? 怒り狂った奴はリストにある奴隷商人とその顧客を片っ端から締め上げて妹の情報を探していたのだ。最終的にチハヤらしき目撃情報のあったダフードへ向かったんだ」
なるほど、入れ違いだったというわけか。
だがダフードか……マリアやエリンたちもそろそろ王都に来ている頃合いかな? ギルドへ行ったら聞いてみるとするか。
「わあ!! さすが王都の冒険者ギルドはおっきいね!!
チハヤの言う通り、王都の冒険者ギルドは、王国における本部機能を有しているため巨大だ。ダフードの冒険者ギルドも大きい方なのだが、規模感が全く別次元と言って良い。
「俺はここで飲みながら待つが、お前たちはどうする?」
トウガは待ち合わせ場所で酒を飲みつつ勇者たちがやってくるのを待つらしい。
「俺たちは別件でギルドに用事があるから先に済ませてくる」
「わかった」
一旦トウガと別れて受付カウンターへ向かおうとするが――――
「ファーギーが行くともれなく受付嬢が付いてきちゃうから私の後ろで黙ってて!!」
「それはさすがに――――」
「……何? 私変なこと言った?」
「すまん……仰る通り」
これまでのことを思い返せばまったく反論できない……。
ここはチハヤの言う通り大人しくしているとしよう。
「あれ? やっぱりファーガソン!! それにチハヤちゃん!!!」
ギルドの奥から聞こえてくる懐かしい声。
「「エリン!!」」
別れてからそれほど経っているわけでもないのに懐かしさで胸が一杯になる。チハヤも涙を浮かべてその細身の体に飛び込んだ。
「ファーガソンは私に抱きついて良いのよ?」
「フリン!! お前もいたのか!!」
「はい、フリンもいますよ~!!」
言うが早いか飛び込んでくるフリンをしっかりと受け止めて抱きしめる。
「道中大変だったろう?」
「あら、心配してくれるのですか? ふふ、嬉しい。一番大変だったのはファーガソンに会えないことだったかもしれませんね」
ギルドのど真ん中で激しくキスを求めてくるフリン。
「ちょ、ちょっとフリン!? ズルいよ!! 私だって我慢してたんだから!!」
無理やりフリンを引きはがそうとするエリン。
「まあ……こうなるよね。でもまあ、これなら余計な虫も寄って来ないから都合は良いのかも……」
チハヤがなにやらブツブツ言っているが、怖いのであまり気にしないようにしよう。
「そういえば私たち勇者一行と一緒に王都へ来たんだよ、チハヤちゃんはもう勇者に会えた? お兄さん、なんだよね?」
「……まだ会ってない。会おうとしたらあの馬鹿……女の人たちとお楽しみ中だって――――」
いかん……せっかく落ち着いていたのにまた空気が――――
「あ、あはははは……でもチハヤちゃん、セイランもミヤビちゃんもとっても良い子だし、シバくんのこと大好きなんだよ? だから許してあげて欲しいかな~?」
「むう……べ、別に許すとか……もう大人なんだし好きにすれば良い……と思う」
チハヤも本気で怒っていたわけではないのだろう。ただ自分の兄が取られてしまったようでちょっと寂しくなってしまったということなんだろうな。
「それよりもファーガソン? 聞きたいことが山ほどあるんだけど?」
「同感です。ギルド関連の情報だけでも信じられないようなことばかり。全部説明してもらいますからね?」
エリンとフリンが詰め寄ってくる。
「ははは……さて、どこから話したら良いものか……」
話さなければならないことが多すぎる。どうしたものかと悩み始めた直後――――
「――――千早?」
「――――お兄ちゃん?」
精悍な顔つきだが――――たしかにチハヤによく似た雰囲気を持つ黒髪の青年がそこに立っていた。
「トウガに聞いたんだ……良かった……本当に千早だ……元気だったか?」
震える声でゆっくりと――――噛み締めるように言葉を絞り出す姿は――――妹を心配する一人の兄で。
「うん……大丈夫だよ、お兄ちゃんは……すっかり大人になったんだね……そっか……もう三年も経っているんだっけ」
「ああ、お前はあの時のまま……なんだな。会いたかったよ千早、抱きしめても良いかい?」
「え? 嫌」
ガーン――――冷たく突き放さされた可哀想な兄は膝から崩れ落ちる。
「ま、まあ……気にするな、チハヤはお前がパーティメンバーの二人とさっきまでお楽しみ中だったことを知っているから、なんというか嫌なんだろう」
「な、なるほど、そういうことだったのか――――って、お前は誰だ?」
辛うじて復活するシバだったが、今度はこちらに鋭い眼光を向けてきた。
「俺はファーガソンだ。この世界でチハヤの保護者兼パーティメンバーという感じかな」
「お前がファーガソン……そうか、妹を助けてくれたと聞いている。俺に出来ることなら何でもさせてくれ、本当に感謝しているんだ」
「ハハ、その言葉だけで十分だ。俺も無事に兄妹が再会できてうれしく思っているよ」
ガッチリと握手をする。さすがは勇者……とんでもない強さなのがわかる。
「なんだ……噂とは違ってアンタ良い奴なんだな、良かったらこれからも友人として仲良くして欲しい」
「もちろん喜んで。それより噂というのはなんだ?」
「あ、ああ……稀代の女たらしで常に違う女を連れて遊びまくっているとかなんとか……兄としては心配で仕方なかったんだ」
「そ、そうか……悪かったな余計な心配をかけてしまったようで」
あながち間違っているとも言い切れないところが辛い……
「ははは、まあ噂なんてそんなものだからな、でもセイランにはあまり近づくなよ? エリンさんから聞いたんだが、お前はエルフを魅了するんだろ?」
「セイラン? ああ、パーティメンバーのエルフだったか? わかった、なるべく必要以上に接触しないようにする」
「悪いなファーガソン、一応魅了効果を抑える魔道具を装備してもらっているんだが、念には念を入れておきたい」
なんだか凶悪な魔物になった気分だな。とはいえ他人の恋人を惑わす可能性があるなら俺の方も対策した方が良いかもしれない……良い魔道具がないかエレンに聞いてみるか……。




