第二百五十二話 ファティア勝負に出る
「はあ……」
思わずため息が漏れてしまう。
「どうしたのファティア? もしかして水着、良いの見つからなかったの?」
チハヤさんが心配そうに声をかけてくれる。この子は……本当に周囲をよく見ている。
「いえ……そういうわけではないんですけど……」
「ふーん……もしかして周りと比べて自信無くしちゃったとか?」
うっ……図星なんですけど……。本当に見え過ぎてませんか?
「は、はい……私……ただでさえ影薄いし……唯一の取り柄だった料理もセリカさまやアリスさんみたいな上位互換の女神が現れてしまうし……水着でアピールしようにも他の皆様みたいにスタイルが特別良いわけではないですし……」
かといってネージュさんみたいな過激な衣装を着る度胸もないですし……
「あはは……まあ……たしかにキラキラしたメンバー揃い過ぎだよね、ファティアだって美人だしスタイルも良いし、性格も良いしで文句なしなんだけど……この中で目立つかと言われればねえ……? 私だって全然目立つ自信無いし」
「で、ですよね!! でもチハヤさんは聖女という圧倒的な個性と存在感がありますから……」
こんなことでウジウジ悩むなんて私らしくないってわかってる。でも――――
「――――大丈夫だよ、ファティア」
「――――!? ち、チハヤ……さん?」
優しく包み込むようにチハヤさんに抱きしめられる。
「ファーギーはそんなこと気にしないってファティアが一番よく知ってるでしょ?」
「そ、それは……そうですけど」
たしかにそうだ、ファーガソンさんはそんなことを気にするような小さい人ではない。気にしているのは私――――私の弱くて狭い心。
「それに――――さ、私とファティアはこのパーティーの最古参メンバーなんだよ? この先どんなメンバーが増えようが、その事実は変わらない」
「チハヤさん……」
そうだった……一人だったあの頃のファーガソンさんを知っているのは私とチハヤさんだけだ。あの頃は今みたいに快適じゃなかったけれど――――それでも楽しかった。あの日々は私の宝物だ。
「ふふ、少しは元気出た? お節介ついでに言っておくけどね? ファティアって皆から羨ましがられているって気付いてる?」
「……へ? 私が羨ましい……? なぜですか?」
まったく心当たりがない。羨ましがられる要素など何一つ無いはずだ。
「ファティア、料理道具、ファーギーからプレゼントしてもらってるでしょ?」
「あ、あれは……仕事に必要だからであって……」
「そんなことは関係ないの。ファーギーが唯一プレゼントを贈った相手がファティアだという事実は変わらない。それにね、ファティアは一生ファーギーの側に居るっていち早く告白したでしょ?」
「あ、あれは……あくまでも料理人として……」
もちろんそれ以外の意味も込めて言ったのだけれど……
「だからね、ファティアはある意味別格扱いされているんだよ。もっと自信もって良いんだよファティア」
「チハヤ……さん」
ああ……かなわないな……この子は……チハヤさんは本当に――――
「ありがとうございます、チハヤさん。私、なんだか元気が出てきました!!」
「うんうん、それでこそファティアだよ」
抱きしめる手に力がこもる。あたたかい……他人の幸せを心から喜べる――――チハヤさんは本当に聖女なんだと思います。
「じゃあ元気が出たところで――――さっそく水着に着替えようか」
チハヤさんの目がギラリと光る。
「……へっ!? 海水浴は明日では?」
「何言ってるの? あの反則チートメンバーに混ざってアピール出来るわけ無いでしょ? 先手必勝!! 今から積極的に攻めるの!!」
「は、はあ……」
攻めると言われましても……
「今夜の海鮮パーティー、皆はドレスで登場する中、ファティアが水着で現れればファーギーの印象にバッチリ残るはず!!」
「ええええっ!? せ、セレスティアさまが主催するパーティーですよね!? そんなことしたらマズいですよ!?」
絶対にドン引きされますって!!
「大丈夫だって、パーティーといっても私たち身内しかいないんだし。それに――――すでにリュゼとネージュに一番槍取られている状況でのんびり構えている時間はないよ」
た、たしかに……正面から戦って勝てる相手ではない以上、チハヤさんの言うことにも一理ある……のか?
「ふふふ~、それにさ、ファーギーのことだから――――おおっ!! 料理も素晴らしいがファティアも美味しそうだ――――とか言って部屋にお持ち帰りテイクアウトしてくれるかもしれないよ?」
ふぁ、ファーガソンさんの部屋にお持ち帰りテイクアウト……!?
「……やります」
「良く言った!! 私が可愛くメイクしてあげるから頑張るんだよファティア」
――――とチハヤさんに乗せられてしまった。
今更後戻りできないし……覚悟を決めてやるしかない。
「ファーガソンさん!! 私が厳選した海鮮串焼き良かったらどうぞ」
「お、おう……あ、ありがとな」
め、めちゃくちゃ凝視されてる……は、恥ずしくなってきた……水着って下着と布地面積変わらないし……
で、でも――――こんなに熱を持って見つめられたことないかも……なんだか嬉しい。
「そ、それにしても……串焼き、ずいぶん見た目のインパクトがあるな……本当に食えるのか?」
「あはは……たしかに見た目はアレですけれど……味は絶品ですよ、イチオシはゴブリンフィッシュの目玉です」
「そ、そうか、ではいただこうかな」
「わ、私が食べさせてあげます!!
「そ、そうか?」
『嫌……ですか?」
『ば、馬鹿、嫌なわけないだろ」
なんだか恥ずかしがってるファーガソンさん……可愛いです。
「お、おい、ファティア」
「どうかしましたかファーガソンさん?」
「い、いや……色々当たってるなと……」
「馬鹿ですね、当ててるんですよ」
恥ずかしくて死にたい……チハヤさんに言われたからやってみたけど……本当に大丈夫なんでしょうか……変な子だと思われてないでしょうか。
「そ、そういえば今夜はずいぶん雰囲気が違うんだな?」
「チハヤさんに異世界風のメイクをしていただいたのですが……変……ですか?」
「いや、めちゃくちゃ可愛いぞ」
め、めちゃくちゃ……可愛いっ!? わ、私が……? 嘘でしょ……。
よ、よし、勇気を出すのよファティア!! ここで勝負に出るのです!!
「海鮮串焼きもおすすめですけれど……私を食べてみませんか……ファーガソンさん?」
顔から火が出るほど恥ずかしい。でも――――とうとう言っちゃった……。
「……良いのかファティア?」
「だ、駄目だったらこんなこと言いませんよ……」
まともに顔が見られない。
『部屋で待ってる』
耳元でささやかれた言葉が強烈過ぎて――――
せっかくの海鮮パーティーだったけれど、まったく味わう余裕など無かった……。
その後、ファティアの行動の一部始終を見ていた他のメンバーが次々に水着で参戦し――――海鮮パーティーはそのまま水着パーティーへと変貌を遂げたことは言うまでもない。




