第二十五話 デザート付きの朝食はいかがですか?
「しかしこの街の造りはたいしたものだな……」
大抵の街では井戸に頼っているが、このダフードでは各エリアにこうした水場が存在していて基本的に自由に水を得ることが出来る。もちろんこのまま飲むことは出来ないが、間違いなく庶民の生活に潤いを与えていることだろう。
「ふむ、ただ水汲みするのもなんだし、魔力認識の訓練をしてみるか」
昨晩リエンにコツを聞いたのだ。魔力を認識する良い方法は無いのかと。
すると彼女は、魔力は水瓶に入った水をイメージすると良いと教えてくれた。身体という水瓶に入った液体が魔力なのだと。
『両手を真っすぐ横に伸ばして左右並行に立ってみると良い。そこからバランスを変えた時に体内で移動するのが魔力だ』
体内にある液体をイメージする……か。なんとなく頭ではわかったつもりでも、実際にやってみると全くわからない。
『当たり前の話だが、魔力が多いほど移動する感じが掴みやすいから認識は容易だ。ファーガソンの場合は、魔力量よりも肉体に同化しているから認識は難しいかもしれんな、ハハハ』
魔力の操作とは、水瓶を傾けて必要な分の水、つまり魔力を出せるようになることらしい。魔力が多すぎても魔法が暴走するし、少なければ不発となり魔力の無駄遣いになる。失敗しても魔力を消費するなんて知らなかったよ。魔法使いすげえ……。
そして魔法には詠唱が必要だと思っていたのだが、リエンによるとそうでもないらしい。
『詠唱は魔力の出力を固定する効果がある。つまり詠唱と残存魔力に問題が無ければ魔法を失敗することは基本的にない。逆に言えば、魔力コントロールさえ完璧ならば詠唱など不要なのだ』
……とはいえ、リエンみたいな天才に限るようだが。
「よし、満水になったな」
重さはともかく、こぼさないように運ぶのは中々難しい。
ちなみに、リエンの見立てでは、チハヤの水瓶はわかりやすく言えば、巨大な池、もしくは湖のような巨大さで、それを動かしてコップに一杯の水をこぼさずに注ぐことが必要なんだとか。さすがのリエンも相当な集中力が必要だったと苦笑いしていた。
無理だな……出来る気がしない。っていうか出来るリエンがヤバい。チハヤはやる気満々だったが、普通に危険すぎるだろ……魔法が暴走したら止められるものなのだろうか?
そんなことを考えていたら、いつの間にか宿に到着していた。まあ、魔力については焦る必要もない。じっくりと取り組んで行けば良いだろう。
「ハンナ、これだけあれば足りるか?」
「ひええ……満水の水瓶を軽々と……は、はい、十分過ぎます!! ありがとうございます!!」
ドスン、と水瓶を元の場所に下ろす。
金は払っているが、毎晩大量に使っている手前申し訳なさもあったからな。
ついでに予備の水瓶にも水を入れておくか。桶の修理に時間がかかるかもしれない。
「うわあああん、本当にありがとうございましたファーガソン様」
「気にするな。また何かされたら俺に言ってくれ。奴へ百倍にした請求書を突き付けてやる」
一応エリンにも報告しておいた方が良いだろうな。ギルドにとって宿との連携は不可欠だから、これまでのことも含めて上手く対処してくれるはず。たしかに貴族は特権を持っているかもしれないが、犯罪を犯せば一般人よりも重く罰せられる。権力と責任はセットであることを忘れている連中が多すぎるんだ。
「あの……ファーガソン様、良かったら汗を流しませんか? 従業員用のお風呂でよろしければ」
言われてみれば朝の日課と水汲みでかなり汗をかいている。部屋で入っても良いんだが、皆を起こしてしまうかもしれないし……ここはお言葉に甘えておくか。
「悪いな、頼む」
「ハンナ」
「はい?」
「何だか悪いな、身体まで洗ってもらって」
「あはは、良いんですよ、ファーガソン様のおかげでたっぷり時間が出来ましたし」
なぜかハンナも一緒に風呂に入っているが、水が勿体無いから有効利用するのは大事なことだ。元々彼女たちの風呂だしな。
「ねえファーガソン様、お礼というわけではないんですけれど……私の部屋でもう一汗かいてみませんか? 良かったら朝食もご一緒に」
そうだな、腹も減ってきたし、せっかくの風呂水だ、もう一度利用した方が良いだろう。
◇◇◇
「おはよう……ファーギー……」
「す、すいません、思い切り寝坊してしまいました……」
「ふわあ……こんなに眠れたのは久しぶりだな」
日も高くなってきた頃、三人がのそのそと起きてきた。
「おはよう、三人とも。睡眠は大切だからな。今日は買い物をしようと思うんだが一緒に来るか?」
「お買い物? 行く!!」
「はい、私も行きたいです」
「おお、買い物か。もちろん私も行くぞ」
三人とも賛成してくれたので、予定通り皆で街へ買い物へ繰り出す。
「ファーギー、何を買うの?」
「色々買う予定だが、まずは馬車を買おうと思う。四人で旅をするなら必要だろうと思ってな」
御者は俺とファティアが出来るし、チハヤとリエンも少しずつ覚えてもらうつもりだ。奴隷商が使っていた馬車を使えないこともなかったが、チハヤも気分が悪いだろうし、色々改造してあって、あまり実用的とは言えなかった。
「馬車は良いですね。これで食材や調理器具を購入できます」
一番嬉しそうなのはファティアだ。
ファティアは雇われ料理人として旅をしてきたので、最低限の道具しか持っていない。せっかくならファティア自身の使い慣れた道具を揃えて欲しいし、各街で珍しい食材を仕入れたりしたい。そうなるとやはり馬車が必要になる。
「馬車が必要なのはわかったけど、お腹が空いたから先にお昼にしようよ?」
「うむ、チハヤの言う通りだな。腹が減っていては良い買い物など覚束ない」
そろそろお昼近いし、混み始める前に早めの昼食にするか。
「どこか行きたい店はあるか?」
連日サムに案内してもらっていたから、チハヤたちの方が街の中は詳しいはず。
「それならロール亭行きたい!!」
「あ、私も行ってみたかったんです、ロール亭」
「ロール亭? どんな店なんだ?」
「行けばわかるって。いつも混んでいて入れなかったんだよね」
早く行こうと促すチハヤ。
「俺は構わないがリエンはどうする?」
「私も行ってみたいぞ」
それじゃあ行ってみるか、そのロール亭とやらに。
「おお、もう結構並んでいるんだな」
「でしょ? ほら早く並ばないと!!」
ロール亭は朝市が開催される中央通り沿いにあって、立地の良さもあって昼時には行列必至の人気店らしい。
店の中がどうなっているのか、ここからではわからないが、香ばしいスパイシーな匂いが食欲をそそる。
これは楽しみだな。